【漫画原作】フットモンキー ~ FooT MoNKeY ~ 第10回
#創作大賞2024 #漫画原作部門 #小説 #ライター #恋
10月28日、日本代表はウズベキスタン代表との準々決勝の日を迎え、昨日の雨空とは打って変わって清々しい天気であり、嘘のような快晴であった。
スタメンは焔、金、林、港、硯と静岡代表で固めており東海ベスト5と言っても過言ではない編成であった。見るとウズベキスタン代表が、それぞれ1メートル程その場でジャンプしながらアップしていた。それを見ていた焔が、港に話し掛ける。
「どうでもいいけど、あっちのチームズボンの丈短くね?」
「あんなもんだろ」
「あんな高くジャンプしたら、なんかはみ出て来そうじゃね?」
「大丈夫だろ」
「それになんかオッサン多くね?」
「人は歳を取るものだろ」
「若いマネージャーに先越されて水飲まれちゃってね?」
「レディーファーストなんだろ」
「っていうか、全体的に雰囲気暗くね?」
「それは俺もだろ」
息が合っているのかいないのか。一抹の不安を抱ながらの試合開始となった。3分後、日本代表側のスタンドで、マナーの良いファンを中心に熱心な応援が繰り広げている中ウズベキスタンボールでのキックオフとなり、キレのあるパス回しから、特徴的な陣形を組んできた。
ウズベキスタン代表の、この『クワトロ』は、フィールドプレーヤーが横一線に並ぶシステムで、ゼロトップシステムはスペースの使い方が難しいため珍しい。ほかに使用しているチームはなかったが、彼らはこの攻めに相当な自信があるようであった。
そして、フェイントから抜け出した一人の選手をベンチから見ていた昴は、その動きに思わず目が釘づけになった。
“うわっ、ナイトメアじゃん。珍しい”
バティルのこの『ナイトメア』はボールに逆サイドの回転を掛け自らはディフェンスの反対側を通り、三日月のように躱す技であった。結構な難易度であり、成功させるには実力差が必要であったりと、相当に高度な技である。
バティルはこの高等技術を難なく熟しており、繰り出された浮きあがるシュートは、傍から見ている以上に軌道が読みにくく、あの硯が弾いて対応する程のものであった。
結果コーナーキックになり、アラのナルクルが正確に蹴るセンタリングに合わせて、ヘディングで押し込もうとするが失敗。続いて、『サリーダ・デ・バロン』と呼ばれる、ボールの出口を作ってピヴォをドフリーにする戦術を用いて決定機を逃さなかった。
得点したバティルは人差し指と親指でL字を作り、機関銃のパフォーマンスを見せる。
そこから何度か危ういシーンがあったものの、失点については問題なさそうであった。それよりも気になったのは、それほど危険でもないようなプレーでも、前半開始わずか8分でPKが5回も出ていることであり、これはかなり異様なことであった。それは、恐らくある一人の審判の所以であり、この人物が矢鱈と笛を吹きまくっていた。
だが、両チームとも堅守のゴレイロを中心としたディフェンスで互いにゴールを割る気配がない。ここでいよいよ、満を持してといった感じで、キャプテン林がフェイクを掛けてウズベキスタンゴールを脅かそうとする。
「おっしゃ、行くぜウズベキスタン!」
林のこの『ダブルタッチ』は、両足で素早くボールを弾いて左右に振り、どちらかに抜き去るというもので、利き足に関わらず左右どちらにも抜けるため予測し難く、守り難いという技だ。林はアラのバティルを瞬時に抜き去り、シュートを放つ。
だが、これはゴレイロのウルマスが弾いて、跳ね返って来たボールをキープしている際に、後ろにいたナルクルに、ボールを取られてしまった。普段ならそんなミスを犯すことはなかったのだが、どうやら味方から出ている声が聞こえなかったようだ。
ウズベキスタンの観客はマナーは良いが、応援グッズとして鳴らしていたカルナイのチャルメラのような音が煩く、日本代表はこの音で味方の声が聞こえず何度かボールを奪われてしまっていた。そして、前半14分、ナルクルの飛び出しに反応した焔が、少しやり過ぎかと思われる程のスライディングをお見舞いしてしまった。
これに対し、審判の目が光る。即座に歩み寄ると、高らかにレッドカードを掲げた。
「な、なにィ!?レッドカードだと!!」
焔は予想外の一発退場に、動揺を禁じえなかった。実はこの審判は、レッドカード・アナコンダと呼ばれ、大げさな裁定や誤審が目立つ人物であり、選手たちから蛇蠍のように疎まれ畏怖されているのであった。これには猿渡監督も納得が行かず抗議するが、審判団の裁定が覆ることはなかった。
ナルクルは顔にできた大きめの痣を摩りながら、自らの幸運にほくそ笑んでいた。
ここで日本代表のタイムアウト、キャプテン林が皆に語り掛けて鼓舞する。
「沈むなよ!まだ前半、これからって時だろ?」
「今までだってトラブルなんていくらでもあったさ。俺たちなら乗り越えられる!」
「6月の選抜を思い出せよ!俺ら東海エイパースの底力を見せてやろうぜ!!」
こういった場面での林の言葉には、場を纏めてしまうような不思議な力があった。
彼の人望と求心力には監督の猿渡も大きな信頼を寄せており、林はこのメンバーだと実力的にレギュラーではないのだが、その熱意に満ちた『キャプテンシー』を買われ、主将としてチームを率いているのであった。
そして試合が再開され、ピヴォの位置に金、アラとして袴田が出場することとなった。不満が募りそうな展開ではあるが、日本代表の観客席では熱狂的なファンが、基本的に過激な行いはせず、マナーを守って観戦できていた。
よくサッカーはラグビーに比べファンのマナーが悪いなどと言われるが、品行方正なファンも居るんだということを知ってほしいと思う。それから前半終了までの8分間、試合は荒れることなく進行して行き、ハーフタイムに移行した。
これまでの試合を振り返り、ピヴォのブリは少々悲観的に試合を捉えていた。
「ああ、このままでは俺は役立たずのオンボロだ。国へ帰って卵をぶつけられても仕方がないくらいだ。誇り高きオオカミの意思を守り通さねば」
「大丈夫よ、ブリ。きっと神のご加護があるはずだわ」
「そう言ってくれると助かるよ。君はいつだって優しいんだね」
「当然よ。私はあなたのフィアンセですもの。さあブリ、チームに勝ちを齎して!」
そう言うとマネージャーのニサは、温和に微笑んだ。この二人は小さい頃から許婚として育てられており、7歳年は離れていたが兄妹よりも深い仲であった。
後半に入ってからも、ウズベキスタン代表の選手たちはチーム全体の纏まりがよく、それぞれ個性を活かしたプレーができていた。そして彼らはここで速い展開でのクロスを使ってきた。この『ジャゴナウ』は斜線の意であり、ピヴォが作成したスペースに、フィクソが走り込むプレーである。ここで瑠偉、璃華、瑞希、瑚奈が感想を述べる。
「それにしても凄い『アジリティ』ね。常にこちらが後手に回っているわ」
「そうですよね。この俊敏性は相当に窮屈なものだと思います」
「土壇場って感じですよね。この攻撃、わりと怖いですもん」
「あっ、カナブン!!」
ここでフィクソのサリベクが、黄色の髪を振り乱してシュートを撃ち込み、惜しくも外れたが、このチームは良いシューターばかりで、まるで全員が点取り屋のようだった。
弾かれたボールを続けざまにブリがシュートに変え、クロスバーへと当たり、それから地面へと叩きつけられた。これはゴールラインを割っており、あわや勝ち越しゴールかと思われるものであったが、硯が素早く蹴り出してチーラしたボールがサイドラインから出ると審判たちは何事もなかったように試合を続行した。
これにウズベキスタン代表が怒り、ベンチの選手たちも一緒になって審判たちに詰め寄った。すると、暫くモメていたのだが、興奮してにじり寄ったナルクルにアナコンダが手をクロスして体当たりしてしまった。これにアナコンダは苦い気持ちで顔を顰め、徐にポケットに手を突っ込んで、自らレッドカードを出して退場した。
「お前が退場するんかーい」
藪が小声で言った独り言に、瑞希は思わず笑いが止まらなくなってしまった。
協議の結果、このゴールはノーゴール扱いとなり、それから、13分間、互いに狙い続けてはいたが、双方ゴールを割ることはできず、2対2の同点のまま後半が終了し、互いに苦しい中での延長戦となった。
フットサルでは延長戦は僅か5分間とサッカーに比べて短く、前後半合わせて10分しかないという1ゴールの価値がとても高いものとなっている。そして、休憩を挟んで迎えた延長前半、これまで奮闘していたものの、何かの不調を感じてはいたサリベクは頭痛を訴えてピッチを退き、交代でポニョのアルティカリが出場した。
延長後半に入って時間は残り5分となり、日本代表としては、なんとかここで決着を付けたいところであったが、粘りを見せるウズベキスタン代表に苦心惨憺していた。
そしてここで、優位に立ったウズベキスタン代表は、露骨に時間稼ぎを行って来た。
これは『セラ』と呼ばれるもので、自分たちに有利に働かせるために行う牛歩戦術であった。そしてここでも試合は動かず、結局はPKへと縺れ込んだ。審判がコイントスを行い、日本代表からのキックとなった。会場全体が固唾を飲んで見守る。ニサも花のように美しい二人のマネージャー、グル、アイムと共に肩を組んで応援していた。
キッカーは港。丁寧にボールを置き、タイミングをずらし引っ張るようにしてゴール左横の良い位置に蹴り込んだが、これは惜しくもパウ(ゴールポスト)に当たってしまう。
あと僅かで得点と言うところではあったが、ウルマスのプレッシャーは強大なものであった。続くバティルの強烈なシュートがあわや得点かと思われたが、硯はゴール右隅の難しい位置でのシュートを左手を、使い片手で弾くという形で止め切ってみせた。
「うほおおおお」
吠えている硯に対し、チームメイトたちはその働きに見合った激しいリアクションを見せる。次のキッカーへと移り、藪、ブリ、林、ナルクル、袴田、サリベクの順にPKを行うが、シュートは全てゴレイロに阻まれてしまった。
そしていよいよ最終キッカーとなる。キッカーは金であり、彼はPKに絶対の自信を持っていた。そして大きく深呼吸すると、意外にも何の小細工もなしにシュートした。シュートは、そのままウズベキスタンゴールへと突き刺さり、日本の選手たちは歓喜に打ち震えた。値千金の一撃に、ウズベキスタンサイドは意気消沈の様子であった。
5人目に向かって上手くなっていた日本代表に対して、上手い選手から蹴って行ったウズベキスタン代表は、ポニョのアルティカリが緊張した面持ちでシュートを放つも、これが浮き球となってしまい、クロスバーの上を通過した。PKまでも延長戦に縺れ込むかと思われたが、これは日本代表に運があったということだろう。昴は出番がなかったことに悔しさを感じつつも、チームの勝利を素直に喜ぶことができていた。
本日10月29日はAFC準決勝の当日である。この試合では決勝戦に向けて戦力を使用することになり、出場機会の少なかった藪、笑原、昴、躾、とサブゴレイロの馳川が出場することとなった。試合前に昴と笑原、藪が話をしている。
「韓国ってどんなチームなんですか」
「韓国か――上手そうな選手ばっかなんよな。体デカいし、体力あるし」
「フィジカル強そうですよね。藪さんはどう思いますか?」
「ラフプレーが多いイメージやな。気性が荒いチームやわ」
「ラフプレーかー。苦手なんすよね、俺。そういうの」
「悪勝善敗のこの世の中で勝つのは常に悪い人間や。フェアプレーとかカッタルイこと言うとるような甘ちゃんは、この大会には要らんねや」
「おっ、言うねえ。藪ちん」
「せやろ。所詮世の中やったもん勝ちや。けどな俺は仲間に手え出すヤツは、何人たりとも許さへん。来る者拒まず去る者殺すや。笑原――気を付けろよ」
5分経って試合開始。ゴレイロを任せれた馳川は試合外ではさほど喋る印象はなかったのだが、試合中はしっかりとコーチングし卒なくディフェンスを統率できていた。
韓国代表の攻撃を防ぎ切った馳川は、前線へとパスを送り、それを受けた藪は、その思いに応えるよう鷹揚にフェイントを掛け、アラの姜 砕人を置き去りにし、すぐさまシュートまで持って行った。
藪のこの『ベルカンプターン』は、つま先で引いたボールを、逆足のつま先でバックスピンを掛けながら持ち上げ体を逆方向に回転させるという技で、ディフェンスの虚を突くことができる、センタリングを上げる際にも使われる技であり、元オランダ代表でアイスマンの愛称でも知られるデニス・ベルカンプも得意としていた技である。
鮮烈な先制点で1対0とした日本代表に対して、韓国代表は跳ねるようにステップを踏みながら均等にきっちりした陣形で攻守を確立していた。2、2で正方形を作るこの『ボックス』と呼ばれるスタイルは、堅実で盤石な韓国の固い結束を象徴していた。
ここで金が、フィクソの崔 凶説から言われた一言に一瞬怒りを覚えるが、重ねて言われた言葉に憤慨する事なく冷静に自らを律していた。そして今回の審判はしっかりと崔のこの『カチンバ』を見抜いていた。
これは、相手を怒らせるために審判の見ていない所で挑発行為を働くことで、悪辣な行為とされている。イエローカードを出された崔は不満の様相であったが、退場処分を喰らっては事だと、それ以上の抗議は行わなかった。ここで流れを変えたかったのか、韓国代表のタイムアウトが入る。
この日の両チーム観客席は荒れに荒れており、マナーを守れないサポーターが発煙筒を焚いたり、怒号を響かせたり、時には他のファンといざこざを起こしてしまったりと、迷惑行為を働いてしまっていた。勝ち負けに真剣でありエキサイトするのは分かるが、節度を守って観戦することがファンの務めであると言える。
「なんやガラ悪いな」藪は笑原の方に向き直って、そう言った。
「お前が言うなや。今どき社会人で金髪てイカツ過ぎやろ」
「お前かて茶髪やんけ!それに金さんかて金髪や。それはどうなんや」
「俺のは地毛だ」これを聞いた金がベンチから身を乗り出して意見する。
「そうなんすか?やっぱ金さんパねえっす」笑原はこれに得意の太鼓持ちで応じた。
前半9分、試合が再開され一人の選手にボールが渡ると、会場が大きくどよめいた。
アラの姜 砕人はチュルチュルの愛称で親しまれており、これは楽しむの韓国語であるチュルギダから来ていて、陽気で愛想のよい選手だからであった。スピード感のあるボール捌きからのフェイントでリズミカルに藪を躱し、先程のお返しとばかりに放ったシュートが日本ゴールに突き刺さった。
この『オコチャダンス』は斜めに転がしたボールを逆足で跨いで弾くというもので、即座に速い展開に持って行ける技である。喜んだチュルチュルと趙 特急は両掌を上に向けてゆりかごのように揺らし、ゴールパフォーマンスを楽しんだ。
そして、膠着状態が続く中、ホイッスルが鳴らされ、試合は1対1で折り返された。ハーフタイムに入ると、チュルチュルとポニョの尹 門破が何やら激しく揉めている。
「尹、交代についてなんだが――」
「いや、俺はいい」
「お前の力が必要なんだ。今日だけなんとか――」
「俺は死んでも、試合には出ない!!」
「なんなんだよ、その変な信念は!しょうがないな――」
「俺の心は大雨なんだ」
そう言って尹は恨めしそうに右脚をさすっていた。
後半が開始され依然日本代表ペースで試合が運ばれて行った。だが、韓国代表も当然負けてはいられない。ポジショニングを上手く調節して、巧妙にチャンスを伺う。韓国代表のこの『シン・バロン』は、オフ・ザ・ボールの際に敵を引き付ける戦術であり、正確無比、規則正しいフォーメーションが売りの彼らに合った戦術であった。
試合は後半6分、アラの趙 特急のシュートが馳川の手に当たり、あわや骨折かと思われるほどの危険なシュートだったが、馳川は顔を顰めながらも文句一つ言わず、黙々と前線へパスを送った。このファインセーブを見て確信を得た猿渡監督は、決勝のスタメンを硯から馳川にしようと決心したようだ。
ここでも瑠偉、璃華、瑞希、瑚奈が感想を述べ合う。
「それにしても凄い『スタビリティ』ね。これを崩すのは相当に骨が折れるわ」
「そうですね。この安定性はこちらとしては相当に厄介な感じがします」
「なんだか悲しいくらいに洗練されてます。まるで軍隊みたい」
「あっ、テントウムシ!!」
後半4分、試合に動きが見られない中、ここまで大人しかった躾が、何か狙っているように見えた。それに感づいた藪が急いで声を荒げる。
「やめろ、躾!!」
藪の静止も虚しく、躾のスライディングを受けたチュルチュルが、右脚を抱えて倒れ込んでしまった。怒りに震えた藪は躾の胸倉を掴み、吐き捨てるように言い放つ。
「どんな理由があろうと、やってええことと悪いことってあるやろ。最低やお前は」
「試合に勝つためには、手段を選んではいられないだろ。これもまた戦略なんだ」
「あーあーやってくれよったな。国際問題やぞ」笑原が怠そうに怒りを込めて言う。
「俺はどうなってもいい。これが俺なりのチームへの貢献なんだ」
「相手の選手や、チームの評価は二の次なんか?ご立派なこってすな」
そう言うと藪は拘束を解き、その場を離れた。この間、審判を交えつつ揉みくちゃになりピッチは荒れまくっていたのだが、5分経ち漸く試合ができる状態になると躾には当然レッドカードが出され、韓国ボールでの試合再開となった。ここでチュルチュルは必死に試合に出ようとしたが、痛みに耐えかねてその場に倒れ込んでしまった。
仲間が抱えて起こすが、もう試合に出られるような状態ではない。
「放してくれ、瞬栄との約束があるんだ」チュルチュルは悔しさに涙していた。
そして退場となった躾の代わりに、やってみたいからとフィクソとして金が出た日本代表は後半6分、韓国代表のゴレイロ鄭 九尾を警戒しつつ藪が放ったコーナーキックに昴が合わせて、1点追加して2対1とした。これに韓国代表は負けじと奮起する。
韓国代表は崔 凶説と趙 特急、朴 輪具のクロスでディフェンスを惑わせ良い形でオフェンスまで持って行くことができた。これは『パラレラ』と呼ばれる攻めであり、フィクソが斜め前に走り込んで、アラがボールを出してピヴォに繋いでシュートするという高度なプレーである。そしてここでピヴォの朴 輪具の放ったシュートが日本代表ゴールへと吸い込まれ、これでも、韓国代表はしぶとく喰らいついて来る。
「やるな、韓国!やっぱ根性あるぜ」
手痛い失点の場面だが、強敵相手に交代で入った金はなぜだか嬉しそうであった。
「おっしゃ、いっちょやったるか!」
そう言うと笑原はボールを綺麗にトラップして、フェイクを掛けてアラの趙 特急を華麗に抜き去り、強烈なシュートを放って韓国ゴールを割ることに成功した。
笑原のこの『スプリングターン』はインサイドで転がしたボールを、アウトサイドに弾くことによって逆側に回転して抜くという技で、緩急をつけてコンパクトに動ける為使い勝手が良い。日本代表はこの得点で3対2として再度勝ち越すことができ、焦った韓国代表が2回目のタイムアウトを取ると、上機嫌の笑原が嵐山に話し掛けた。
「あらっしー出んでええんか?なまってまうやろ」
「やめとくわ、もう時間ないし。俺は怪我しとうない」
「試合出てる俺にソレ言う?まあ、誰かさんの所為で荒れてるもんな」
「俺は痛いのは御免やわ」
「慎重派やもんな、あらっしー」
「っていうか、そのあらっしーって言うのやめろ。なんか嫌なんや」
「ほななんて呼んだらええん?」
「それは――思いつかんな」
「じゃあやっぱあらっしーやな」
「ほなもうそれでええわ」
「ええんかい!適当やな」すかさず藪がツッコミを入れる。
この三人は育った環境こそ違えど、それぞれの個性を認め合っており、親友と呼べる仲であった。そして『あのこと』が起こる前はもう一人、梅田大学時代の同級生である雷句を加えて関西カルテットとして活躍していたのであった。そしてその後10分間、韓国代表の渾身のパワープレーも上手く嵌(はま)らず、あえなく敗退という結果となった。
試合後、猿渡監督は何を思ったのか、ダウンをしている日本代表の選手たちの横で、コーチ陣と共にボールを蹴り始めた。その華麗な妙技の前に、全員思わず息を飲んで
見とれる程であった。今、現役復帰しても、十分通用するのではないかと思える程に。
「どうだ上手いだろ?俺はこう見えて全国ベスト4、プロで14シーズン試合に出て、187点も得点を上げてるんだぜ。それに1度、代表としてワールドカップにも出てる」
そう言うと猿渡は、先程と打って変わって少し涙ぐみながら言葉を紡いだ。
「だが俺はもう歳だ。この42歳の体では若い頃みたいに思うようにプレーできない。俺はお前らが羨ましいよ。一度でいい、決勝という最高の舞台に立ってみたかった」
「「監督!?」」
「お前らは日本の全フットサラーの憧れなんだ。俺たちに、大きな夢を見せてくれよ!」
対する林は恥を忍んで発言した猿渡の思いを汲み、それに藪、袴田が呼応する。
「みんな!明日は優勝して、この泣き虫の監督を胴上げしてやろうぜ!」
「そうや、せっかくここまで来たんや。これはもう優勝するしかないやろ!」
「俺らジャパンハプロリーニスの強さを証明する時が来たようだな」
この猿渡のパフォーマンスで、日本代表はさらに結束を固めることができたようだ。
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