【漫画原作】フットモンキー ~ FooT MoNKeY ~ 第12回
#創作大賞2024 #漫画原作部門 #小説 #日常 #デート
AFCを終えて、日本代表の選手たちは足早に岐路に就いた。飛行機の中でも、昴の精神状態は悪化したままで、チームメイトの前だからと、どこか空元気で振る舞って
いるようだった。仲間との会話もそこそこに、瑞希と共に失意のまま自宅に戻った。
そして床に就き一夜明けても、昴の感情は昂ったままであった。
「勝てなかった。俺の技――通用しなかった」
「昴くん――」
「自信があったんだ――これなら行けると思ったんだ!!」
それから昴は徐に表彰状やトロフィーを捨て始めてしまった。
「何やってるの!?捨てないでよ!!私たちの思い出でしょ」
「もう要らない」
「みんなで勝ち取ったものなのに――大切なものなんじゃないの?」
「うるさいな、お前には関係ねえだろ」
「関係ない――?」
「チームも――サッカーももう辞める」
「そんな――」
「俺はもう終わったんだ!何もかも、もうやり直せねえんだよ」
「なんでいつも逃げるの?どうしていつも諦めるの!!」
「俺はプロになれなかったんだ。もう28歳だ。やり直すには遅すぎるよ」
「プロになれなくてもいい、サッカーやってる昴くんが好きだったのに」
「それじゃ食って行けねえんだよ。男はな、現実見て生きて行かないとダメなんだよ」
「それで大人になったつもりなの?夢を諦めて、自分を騙して、誤魔化して。そんなのちっとも偉くないよ!!」
「それと――前から思ってたんだ」
「何――?」
「俺たち――もう終わりにしよう」
「どうして!?こんなに好きなのに、――もう私のこと好きじゃないの?」
「お前、重いよ」
「好きだったのに――信じてたのに!!」
「もう勝手にしろよ。付き合いきれねえよ」
「酷いよ!!こんなのってないよ!!」
それから無言のまま家を出て、実家までの道のりを、どうやり過ごしたのかは、今となってはもう思い出せない。
東京の実家に帰って部屋で物思いに耽っていると、なんだか懐かしい物を見つけた。それは不意に見つけた、段ボールに入った20本ほどの古いビデオテープだった。何気なく手に取ったうちの一本を、軽い気持ちで再生し、ダラダラと見続けていた。
だが、後になって振り返る度にいつも思う。この時、手に取ったのが、このテープで本当によかったと。テレビ画面に映し出された小学校低学年生であろう自分は、満面の笑みで一生懸命にボールを蹴っていた。
「こうやって――上手くなったんだった」
いつかの試合であろう、その映像に映し出された自分は、外しても、外しても、ただ直向きにゴールに向かってシュートを撃ち続けていた。そして試合後のインタビューで今後の人生の目標について聞かれ、嬉しそうにこう答えていた。
「将来の夢は、プロの、サッカー選手になることです!!」
子供の頃の自分は恐らくそれほど強い気持ちで言ったわけではないのだろう。だが、その言葉を聞いた瞬間に、自分でも驚くほどに涙が溢れ、声を殺しながら嗚咽するほど泣いてしまった。
子供の頃は、自分の中にどこまでも続く青い空があったはずだ。人はいつからか自分の中に限界という名の天井を設けてしまい、無意識にその檻の中で暮らすことに甘んじてしまう。その限界を越えようとすることで成長を伴い、その努力を挑戦と呼ぶのではないだろうか。
“どうしてダメになってしまったんだろう?どうして人が――信じられなくなってしまったんだろう?”それからは実家に居る間中、そのことばかり考えていた。
「先生――」
いつしか昴は、自分の原点となった高校時代を思い返していた。それは、諦めとも、逃避行ともつかぬものだった。一方瑞希は、部屋に居ても気が滅入るばかりであるため、外へ出て気晴らしをすることにした。とぼとぼと河原を歩いていると、ロードワークをしていた友助と偶然にも出くわしてしまった。
「あ、瑞希さん!インドネシアから帰ってたんですね」
「う、うん。――昨日ね」
それから友助と並んで歩いていたのだが、先程のことがあるため、会話が頭に入って来ない。
「瑞希さん、今日はなんだか静ですね」
「うん、遠征でちょっと疲れちゃって」
「ホントにそれだけなんですか?なんか、いつもと様子が違うようなーー」
「そう?大丈夫だよ」
それから河原を歩きながら、妙に口数が少ない瑞希に友助は業を煮やしたようだ。
「やっぱり何かあったんじゃないですか?僕でよければ言って下さいよ」
「う~ん。友助くんには敵わないなーー」
瑞希はそう言うと、言い難いことではあったが、徐に口を開いた。
「実はねーー昴くんと別れちゃったの」
「えっ!?そうなんですか」
「うん。昴くん最近荒れてて、帰ってから大喧嘩しちゃって」
「そうだったのかーー。なんだ、それなら、そうと言ってくださいよ。僕でよければ、相談乗りますし」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなーー」
友助は川沿いの土手に腰を下ろし、瑞希が話し始めるのを待った。
「昴くんね、私の初カレだったんだ。だからホントに大好きで。好かれようと思って、あれこれ無駄なことやったな~」
「別れようと思わなかったんですか?瑞希さんなら、他に付き合える人くらい、いくらでも居ると思いますけど」
「昔はああじゃなかったんだよ。強くてカッコよくて、みんなの憧れだったんだ」
「どうして、そうなっちゃったんですか?昴さん、あんなに上手いのに」
「10年前のあの日から、私たちの歯車は狂ってしまったの」
「聞かせてくださいよ。10年前――何があったのかを」
友助がそう言うと、二人の間に暫しの沈黙が流れた。
「全国大会に行けるかどうかっていう、大事な試合に日だったの。その決勝戦の最後のシュート、昴くんね――撃てなかったの」
瑞希は恨めしそうに、その時の情景を思い返している。
「全国に行くのが、プロのスカウトの条件でね。それで結局、プロになるっていう話はなくなってしまって、それからあんな風に荒れるようになっちゃって」
「大学からでも、プロになれますよね?歓応私塾大だったら、宇津美とか後藤田とか、サッカー部でプロになった人、いっぱい居ると思うんですけど」
「お父さんとの約束でね。高校生の時にプロになれなかったら、進学して医者になるっていう話だったの。それでサッカーと勉強を両立しないといけなくなってしまって」
「昴さんって――確か大学中退してましたよね?」
「そうなの。単位は大丈夫だったんだけど、結局は勉強しながらプロの選手を目指すのが辛かったみたいで、遊び歩くようになっちゃって。それから、高卒区分で警察の試験を受けて、実家から離れた沼津で働くことにしたの」
「そうだったのか――」
「大変だったんだから。それが元で、両親が離婚しちゃって。昴くん、今はお母さんの旧姓を名乗ってるの」
「えっ!?じゃあ、室井って旧姓なんですか?」
「そう。堺と室井だから、あんま変わんないんだけどね」
瑞希は当時を思い出し、懐かしそうに空を見上げた。
昴は、わりと思い立ったら即行動に移すような所があり、ビデオを見た翌日に、私立観応私塾高校のグラウンドへと足を運んでいた。昴が辺りを見渡すと、普段通りに練習をしていたため、容易に先生を見つけることができた。
「先生――」
「――堺!?堺じゃないか!!」
「はい、ご無沙汰してます」
「元気にしてたのか?あれから心配してたんだぞ」
「すみません、顔を出そうとは思ってたんですけど、なんだか来づらくて」
「そうか、サッカーの方はどうなんだ?まさか辞めたりはしてないよな」
「はい。フットサルをやってて、楽しんでプレーできてます」
「そうか、今年のトライアウトも受けるんだろ?日頃の練習の成果を見せてくれよ!」
「トライアウトはーーもう受けてないです」
「何!?プロになるの諦めたのか?」
「諦めたっていうか、社会人として職務を全うすることにしたんです」
「お前、そんなんで本当にいいのか?大事なもの、見失ってやしねえか?」
「えっ!?」
「チームに居た頃のお前はそんな奴じゃなかったはずだ。夢、忘れちまったのか?」
「俺、先生のように立派な社会人になりたくて、警察官として頑張って行くことにしたんです」
「馬鹿野郎!!俺はお前にそんなことを教えた覚えはねえぞ。若いのにもう隠居暮らしか?甘ったれんのもいい加減にしろ!!」
「先生――」
「お前はチームの誰より強かった。昔のこと、全部忘れちまったのか?大学に行けず、夢を追えなかった荒木のことを。あれほど泣いて、お前に夢を託した窪田のことを。
お前は全部忘れちまったのか?」
「そんな――俺はただ、世の中の役に立ちたくて――」
「御託は聞きたくねえんだよ。負け犬みたいになっちまいやがって。あれほど『自分のやりたいことをやれ』って口を酸っぱくして教えたのに!!それは、お前が望んだ人生だったのか?」滝川は尚も熱弁を奮う。
「失礼なんだよ。周りの人にも『自分自身にも』な。できなくなってからなら仕方ねえ。けどな、お前にはまだその『可能性』ってもんがあんだろ。なんで、それを捨てちまうんだよ。なんで、もっと自分を信じられねえんだよ!!」
話しながら先生が涙声になってしまったので、忍びない思いで一杯だった。
「もう一回考え直してみろ。悩みがあったら、またいつでも来い」
引導を渡してもらうつもりだった。だが、こうも期待を掛けられては引くに引けない状況であった。結局、昴はどうしていいか分からなくなってしまった。
それから途方に暮れながら歩いていると、頻りに昴に視線を送ってくる人物がいた。身長180cmほどで細身だが体格がよく黒髪のソフトモヒカンがよく似合っていた。
「昴――昴だよな?」
「勘九郎――」
「やっぱり。10年ぶりだよな。今何やってんだよ、みんな心配してたんだぞ」
タイミングが良いのか悪いのか。先ほど話した荒木 勘九郎と道端でバッタリ出くわしてしまった。
「俺――プロになれなかった」
「そんなことはもういいよ。今は何やってんだ?懐かしいな。俺、この近くの消防署で働いてるんだ。今日これから時間あるか?ちょっと飲みにでも行こうぜ」
「静岡で、警官やってる。カッコ悪りーよな、あんな大見え切ったってのによ。お前に合わす顔なんてねーよな」
「何がカッコ悪いんだ?汗水垂らして働いて、立派な事じゃないか。サッカーは、まだ続けてんのか?」
「フットサルクラブで細々とやってる。瑞希がマネージャーになってくれて」
「瑞希!アイツとまだ続いてたんだな。良かった、それ聞いて安心したよ」
「――瑞希とは別れた」
「そんな――何があったんだ?」
「あいつとは喧嘩ばっかでさ。付き合うのが嫌になったんだ」
「あんなに大事にしてたじゃないか、宝物のように。お前の一番大切な人だろ?」
「そんなんじゃねえよ。女は泣かすもんだろ?掃いて捨てるほど居るんだしよ」
「何言ってるんだよ?どうしちまったんだ」
「もういいんだ――」
「昴、お前――」勘九郎は憐れむように昴を見つめた。
「弱くなったな。女子供は泣かさねえって、口癖のように言ってたのによ。昔、俺らが嫌ってた大人そのものじゃねえか。あの時のお前は死んじまったのか?」
「俺はプロになれなかった。俺にはもう夢も希望もねえんだよ」
「はっ、いい言い訳を見つけたな。続ける時は、それに勝ちたいと思うもんだ。お前は負けてんだよ、他ならぬ『自分自身』にな」
「お前に何が分かるってんだよ!!」
「俺が憧れたお前は、そんなダセェ奴じゃなかった。見たくなかったよ、そんな『姿』」
「なんだよ、何熱くなってんだよ。ダセェのはお前だろ」
「熱くなって何が悪い。真剣にやっている人を笑うのは、日本人の良くないところだ。ホントどうしちまったんだよ、お前」
「どうもこうもねえよ――終わったんだ、俺は」
「それで瑞希に悪いと思わねえのか?」
「いらねえんだよ、あんな女」
「じゃあ俺がもらってもいいのか?」
「何!?」
「いいんだな?」
「――いいわけねえだろ!!」
それから二人は約10分間、心行くまで殴り合った。共に疲れ果てて、仰向けに倒れ込んだ後、徐に勘九郎が昴に話し掛けた。
「どうだ?スッキリしたか?」
「ああ。悪かったな。巻き込んじまって」
「気にするな、昔の誼みだろ。それより、そのフットサルチームってどんな感じなんだ?」
「かなり強いんだけど、結局は、みんなで和気藹々って感じかな。今、アタリンも同じチームに居て、一緒にプレーしてるんだ」
「そうなのか?なんだ、それなら俺も誘ってくれれば良かったのに」
「あんなことになった後だろ。言い出しづらくってさ」
「それもそうか。なあ、俺もそのチームに入れてもらってもいいか?」
「多分いいと思うよ。俺はもう戻れそうにないから、アタリンに話つけとくよ」
「まだそんなこと言ってんのか?また昔みたいに三人でやれるんだぞ」
「チームメイトの一人とも大喧嘩しちゃって。もう戻るの無理そうなんだ」
「まあ、そう言うなよ。それより、フットサルってミニサッカーみたいなもんだよな?ちょっとルール違うって聞いたけど――」
「だいたい、そのイメージで合ってるけど、細かい所が結構違うんだよな。今から軽く説明するよ」
それから昴は、フットサルのルールをかいつまんで5分ほどで説明した。
「ざっとまあ、サッカーとの違いはこんなとこかな」
「分かりやすかったよ。これで試合に出ても安心だな」
「背番号はどうする?つけてみるか、10番。お前ならみんな納得すると思うぞ」
「冗談はよせよ。つけられる訳ねーだろ」
「まあそれはそうだよな。9番でいいよな?現役の頃からそうだし」
「ポジションはどうする?俺もお前もフォワードだが、決定力はお前の方が上だよな」
「そういうことにしといてくれると助かるよ。お前の方が体力あるし、今回は譲ってくれよな、ピヴォ」
「いいぜ、後から入った訳だし、アラでも十分ゴールは狙えるしな。それで行くか」
意外とあっさり譲ったので拍子抜けしたが、これも勘九郎なりの気遣いなのだろう。その後は与太話に花が咲いたのだが、今日はもう遅いということで岐路に就いた。
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第十三回 https://note.com/aquarius12/n/n681809e0d398