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【漫画原作】フットモンキー ~ FooT MoNKeY ~ 第3回

#創作大賞2024 #漫画原作部門 #話題 #スポーツ #小説

本日6月9日は、バランサーズのシーズン初日だ。対戦相手は茶色のユニフォームが勇猛な掛川ブレイカーズであり、男連中はヤンキー気質のわりに全員が黒髪で統一されていたが、マネージャーが茶髪にするのは許したりもしていた。

髪の毛が、頭頂部だけ黒くなってしまっている、所謂プリンの状態になっていたり、連れてきている子供たちもその状態になっていて、現代社会の問題点を象徴するかのようであった。義理堅い選手が多く同じ所に住み続け、なぜかマンションの高層階に住んでいることを自慢している選手が多かった。

その殆どが土木作業の現場で働いており、不況の煽りを受けて仕事が厳しく、そんな綱渡りの生活で、いつも少しイライラしているのであった。そのため一見おとなしそうに見えるが気性が荒く、独身の選手は複数の女を連れていたりもした。

試合前にエースのつつみと、ピヴォの坪倉が話をしている。

「いよいよ今日は初戦だ。今年の運命を占う大事な一戦だ。気合い入れて行くぞ」

「はいよー。毎回熱いよね、堤」

「当然だろ。本気でやってんだからよ」

「そうだね。ははは」

 そしてホイッスルが鳴りブレイカーズボールでの試合開始となった。鷹揚にボールをキープしたアラの城崎からフィクソの堤にパスが通り、一気に走り出す。マッチアップしているすばるはあまりのことに度肝を抜かれる。

“はっや、流石は堤。県内最速は伊達じゃねえな”

 ブレイカーズのエース、堤 疾走蛇亜しっそうあは100m10秒台の韋駄天いだてんであった。

11秒台前半で走れる昴でも、横に並べばこの堤を止められるかは微妙であった。

“エグいな今の。左右に振れるだけで、それがもうフェイントになるんだよな”

このチームはロングパスが多く、堤を始めとしたイケイケのオフェンスで速い展開に持ち込み、速攻を仕掛けて来るのであった。堤はいわゆる『リベロ』と呼ばれるタイプのフィクソで、守備を起点に攻撃にも積極的に参加するようなスタイルであった。

双方速い展開で攻防を繰り返しての試合開始8分、堤と、アラの垣谷のスクリーンに反応した甘利が咄嗟に足を掛けてしまい、この試合初めてのPKとなった。これを堤が落ち着き払って決めた。ガンバ大阪所属、元日本代表の遠藤 保仁氏を彷彿とさせる、コロコロPKで1点をもぎ取った。

これは『パネンカ』と呼ばれるもので、UEFA欧州選手権1976決勝で、チェコスロバキア代表のアントニーン・パネンカがドイツ代表のキーパーゼップ・マイヤーにチップキックでPKを決め、チェコスロバキアを優勝に導いた時のものと同じだ。

そして試合開始13分、辛損がつま先で上げたコーナーキックに昴が合わせて、強烈なダイレクトボレーシュートが炸裂した。ここへ来て1対1の同点。

「おおっ!ナイッシュー昴さん」連は場を盛り上げようとする。

そして試合開始17分、ブレイカーズは陣形が崩れ、バランサーズのプレスを受けて攻めあぐねていた。

「坪倉、お前ボール持ちすぎだって」堤は少々イラッとしたようだ。

 ボールキープが苦手なピヴォの坪倉は、別記からのプレッシャーであっけなくボールを取られてしまった。攻勢から一気に形勢逆転してのバランサーズ側のカウンターで、酸堂からの長めのパスを、昴がヒールで華麗に流し込んだ。それを見た堤が、悔しそうに顔を歪める。ブレイカーズのレベルは全国的に見て決して低いわけではない。だが、堤が求めている水準に、チームが達していないということは否めなかった。

再開後、堤が蹴ったロングボールを城崎がダイレクトで流して、坪倉がシュートしてチャンスを演出するが、これは惜しくも外れてしまった。

そこからたもつが別記にパスを出したところでホイッスルが鳴り、前半が終了した。

ハーフタイムに入り、ブレイカーズ陣営はなにやら話をしているようだ。

「なんか、今朝食べたフルーツグラノーラが歯に挟まっててさ。気になるんだよな」

「しっかりして下さいよ土屋さん」

「それより聞いてくれよ。うちの子、昨日雲梯うんていで初めて向こう側まで行けてさ」

「おい、試合中に関係ない話すんなや」苛立った堤が思わず釘をさす。

「いいじゃねえかちょっとくらい。どうせ勝っても金になるわけでもねえんだしよ」

「それは、そうだけど――」

「だったら楽しんだ方がいいだろ?どうせ遊びなんだしよ」

高校2年生まで海外遠征に行くほど真剣に陸上をやっていた堤にとって、この発言は相当に面白くないものであった。だが社会人であるため、垣谷の言うことも一理あるという思いがあった。きっとどちらが正しいということはないのだろう。ただ同じチームで『勝ちに拘らない選手が居る』ということに、どうしても納得が行かないのであった。

一方のバランサーズは、堤の猛攻に対して失点が1ということもあり、わりと余裕を持って会話をしていた。昴と保は前半を振り返る。

「フットサルでは全員が攻撃に参加するってのはあるんだけど、流石にあそこまでホイホイ上がって来られるとしんどいものがあるよな」

「そうだな。マッチアップしてるのが昴じゃなかったら、ボコボコにやられてるかもしれないよ。後半も頼んだぞ」

「任せろよ、保さん。楽勝だろ?」

「ははっ。それは頼もしい限りだな」

 保を始めこのチームの選手は皆、エースである昴に大きな信頼を寄せているのであった。



 後半はキックオフでバランサーズボールからの開始となり、少々余裕があるためゆっくりとパス回しをした。だが、試合に対する不安があったのか、蓮がキープしきれず

垣谷にボールを取られてしまったが、放たれたシュートは枠を捉えきれなかった。

 バランサーズボールとなり、味蕾が危なげなくボールをスローし、アラの二人でパスを回し合い、隙を見てマイナス方向に下がった昴に対しフィードを出す。それを昴が、足を後ろに折り曲げてのシュートで押込み、鮮やかに得点を重ねた。これで、3対1。試合時間残り7分となり、実力差から考えてもほぼ試合は決まったように見えた。

 ブレイカーズボールでの再開で隙を伺いながら攻めるが、バランサーズのマークマンを決めて守る『マンツーマンディフェンス』は徹底しており、誰もマークマンから目を切ったり、守れないほど離したりはしていなかった。

 堤は苦肉の策で本来得意ではないミドルシュートを撃たされる形となり、これに味蕾が反応し、ボールが手を掠ったことでコーナーキックとなった。だが、ここでの攻めも城崎の上げたセンタリングを坪倉が苦し紛れにヘディングで合わせて、浮き球を味蕾ががっしりと両手で受け止める形となった。それを見た昴は、思う所があったようだ。

“あ~あ。フットサルはヘディングで点取るのめちゃくちゃ難しいんだよな。スペース狭いしゴール小さいし。このチームならショートコーナーにすればいいのに”

そうは思ったものの、試合中にそんなことを助言する訳もないので、昴はただ心の中でそう思っただけであった。『ショートコーナー』とは、センタリングを上げず味方にゴロでのパスを送り、ゴールを狙うことである。

ブレイカーズが体制を立て直す前に急な攻撃を仕掛け、体重移動でのフェイクで垣谷を抜き去った蓮のシュートを、土屋が右足を大きく出してのファインセーブで辛うじて止めた。それに対し保が拍手して場を盛り立てる。

だいぶ冷っとするような場面であったため、ゴレイロの土屋はボールボーイが出した新しいボールを不機嫌そうにねさせて具合を確認した。そして、あろうことかそれをだるそうに前衛に放り投げ、坪倉は愛のないパスに反応しきれず、保がトラップして縦に出したパスに蓮が合わせ、飛び出した昴にパスを通す。

そしてそのまま堤に対し左に反転する形で前に向き直り、左足でシュートを決めた。この追加点で4対1となる。

「上出来じゃねえか、蓮。いいパスだったよ」

「ありがとうございます。いい流れだったので連動できました」

 これで昴はこの試合3得点で『ハットトリック』を達成したこととなり、そのことで上機嫌となった。だが、ブレイカーズもこのままむざむざとやられる訳にはいかない。 

坂本のスルーパスを皮切りに堤が強烈なシュートを放ち、これまで俄然劣勢であったブレイカーズが息を吹き返す。カウンターに失敗したバランサーズからボールを奪取し、逆にチャンスとなった所へ瞬時に堤が抜け出し、手を挙げてフリーだということをアピールするが、垣谷はそれに合わせず城崎にパスを回してしまった。

明らかに不満を募らせた堤はふーっとため息を吐く。後衛まで戻った堤に城崎がパスを回すと、堤は一瞬立ち止まると2秒ほど目を閉じて怒りを爆発させた。

「やる気ねえのつまんねえんだよ!!」

そう言い放つと勢いよく走りだし、昴、蓮、保を一気に抜き去ってから弾丸シュートを放ってきた。恐らく10秒台前半は出ていただろう。味蕾が慌てて手を伸ばしたが、その勢いに乗ったシュートを止めることができなかった。キーパーは利き手と逆の隅は苦手とはいえ、完璧な形での得点と言えるプレーだった。

「くっ――」昴は悔しそうに顔を歪める。

「ドンマイ、昴」保は少し気を遣って声を掛ける。

「わりい、気い抜いてたよ」

「今のは仕方ないな。まだ2点も勝ってるし、大丈夫だろ」

「ありがとう。けど、もう絶対抜かれないようにするよ」

一瞬の隙を突かれたとはいえ、完全に止められなかったことに対して昴は意気消沈の様子であった。そして、“もし堤と互いのチームが逆だったら、自分にはブレイカーズを勝たせることができるだけの実力があっただろうか“とも考えた。

自分が上手いんじゃない、ただチームにタレントが揃っているだけなのでは?そう思うと、急にちっぽけな自尊心にひびが入ってしまうのであった。そして、その4分後、ホイッスルが鳴り響いて試合が終了した。快勝だが、バランサーズにとって少々後味の悪い終わり方となってしまった。

試合後、気になることがあったのか、昴が保に話し掛ける。

「保さん、凄い入念にストレッチするよね。プロの選手みたいじゃん」

「キング・カズみたいに長くやりてえからな。試合後のケアは大事なんだよ」

「社会人は時間との戦いもあるもんね。職場でだってしんどいしこと多いし」

「社会ってのは厳しいもんなんだよ。人に馬鹿にされるのも仕事のうちさ」

「保さん、仕事やめたくなる時ってないの?」

「やめねえよ。一人でいるうちには気付かなかったんだけど、子供ができると働き続ける理由ってのができるんだ。家族の顔を見たら疲れなんかふっとんじまうよ」

「そういうもんなのかな。まあ、転職のチャンスなんて精々30歳までだろうし」

「チャンスなら死ぬまであんだろうがよ。年齢にかこつけて諦めんなら、それくらいの気持ちだったってこった」

「けど、もしダメだったら――頑張ったことが無駄になったらどうすんの?」

「ダメだったらなんて考えてもしょうがねーよ。必死で喰らいついて行くんだろ?最初から上手くいくことなんてねーんだよ」

「俺、自信ないな――。堤みたいに絶対的な武器があるわけじゃないし」

「全部持ってるヤツってのが居ないように、何も持ってないヤツってのもまた居ないもんなんだよ。自分の持ってるモンを活かしきれよ」

「自分の持ってるモンか~」

「まあ考え込んでも仕方ねえよ。やってみなけりゃ0のまんまだろ。やったら何か少しくらいは変わるもんなのさ。そういうのを成長って言うんだよ」

「保さん、やっぱいいこと言うね。流石は教師」

「そうだろ?結局は何を取るかってことなんだよ。夢のために頑張るのか、目先の本当は大切でないことに時間を盗られてしまうのか。人から何と言われようと努力し続けるヤツがプロになれるんだ」

「俺でも――そうなれるのかな?」

「そりゃそうさ。きっと頑張ってるヤツってのは、神様が見捨てずに助けてくれるもんなんだよ。それを信じて頑張るしかない。暗闇を歩くのは怖いことだけど、手探りでもいい、前に進んだヤツだけがその栄光を勝ち取れるんだ」

「身に染みたよ――今の言葉」

「背伸びしてんなよ。等身大で、ありのままの自分でいいんだよ。人間できることなんて限られてるんだ。どんなに頑張ったって空は飛べねえよ。けどな、ジャンプして届くくらいのところなら、それは高望みでもなんでもねえだろ?」

「そうだよな。俺、なんでいつもこんなにビビってたんだろ」

「やるだけやってみろや。悩んでんのバレバレなんだよ。受けるかどうか迷ってんだろ?トライアウト。高く跳ぶためには一度深くしゃがまないといけないんだ。今まではその時期だったってことだよ。夢――掴み取ってみせろよ」

「夢――か」

“夢って、どうやったら叶うんだろう?”

昴はこの時から、それが頭から離れないのであった。



2002年6月17日。この日は珍しく二人とも2日間の休みが取れたので、瑞希みずきの家の前で待ち合わせて、静岡市清水区の静岡近代美術館に行くことになっていた。

家の前に到着すると瑞希が「会いたかった~」と駆け寄ってきた。フンワリした淡いパステルカラーのワンピースは、普段から瑞希を見慣れているとはいえ、かわいらしいと思えるのであった。車を飛ばし、パーキングに停めて美術館まで移動する。入場料を払って館内入り口の絵を見た所で、昴が何かを思いついたように提案した。

「そうだ!最後に一番気に入った作品を発表し合おうよ」

「それいいね、面白そう!お互いの趣向が分かるし――」

 不意に思いついたような発言だが、事前に友達からこのアイデアは教えてもらっていて折り込み済みであった。ゆっくりと館内を見て回り、落ち着いた所で話し始める。

「一周しちゃったね。どうだった?昴くん的にはどれが一番よかったと思う?」

「俺は荻須 高徳のグラン・カナルかな。なんかこのぼんやりとした感じが好きかも。水面の淡い色彩の光がずっと見てられるような良さがあるね。瑞希はどうだった?」

 荻須 高徳は『リトグラフ』と呼ばれる手法を得意としており、これは、平らな版に水と油を垂らしてその反発作用で絵を描く手法で、画家のタッチをそのまま反映させることができ複製も可能なものであった。

「う~ん、私は小磯 良平の踊り子がよかったかな。構成が知的で人物と背景の境界が明確なのと、清楚な色調なのに力強さがあるから。女の子なら、一度はこんな風に絵に描いてほしいかなって」

 小磯 良平はフランスで新進美術家の展覧会であるサロン・ドーヌに出品し卓抜したデッサンを根底に油絵技術の伝統を追求し、『文化勲章を受章した』人物である。昴はこういう時にお互いの趣向にケチを付けてはいけないということは分かっていたので、普段なら「何がいいの?」と言ってしまう所、グッと堪えて褒めることにした。

「そっかー、なんていうか上品な感じするよね」

「そうそう。親しみやすいんだけど、気品があるんだよね!」

 瑞希が嬉しそうにしていたのでなんだか昴も楽しい気持ちになった。美術館など一人では来ないようなところだが、こういうことならたまには来てみてもいいなと感じた。 

だが、無料で読める美術雑誌を手に取って語らっても、すぐに時間が経ってしまう。

“思ったよりも早く終わっちゃったな。近くのカフェを調べといてよかった”

 美術館デートは早ければ30分ほどで終わってしまうこともあり、その後のプランを練っておくことが必須であると考えられる。その後近くにあったカフェでリラックスし、二人の今後についての話をした。真剣な話題とあり、多少ツンケンしながらも話は進んでいた。すると会話に割って入るように、昴の携帯にメールが来て着メロが流れた。

昴は、それを横目で確認するが、わざわざ携帯を開いて確認しようとまではしない。別に不自然という程ではなかったのだが、それを見て瑞希は思うところがあったようだ。

「ねえ、携帯見せてよ」

「嫌だよ」

「なんで?やましいことないんでしょ?私のこと好きなんでしょ?」

「そうだけど、いろいろ見せたくないものとかあってさ」

「何?見せたくないものって?」

「うるさいな、何だっていいだろ」

「良くないよ、また浮気してるんじゃないの?」

「そんなことないよ。俺が好きなのは瑞希だけだって」

「じゃあ証拠は?」

「だから、俺が好きなのは瑞希だけだなんだって」

「携帯見せてよ」

「――。そんなこと言うんだったらもう別れる」

「――ごめん」

「瑞希は心配しすぎなんだよ。彼女なんだからもっと信用しろよな」

「――分かった」

会えば喧嘩かセックスか。そんな付き合いに、お互い嫌気が差し始めていた。

 だが、重たい雰囲気から明るい話題に変えようと、瑞希が努めて元気に話し始める。

「同棲するんだったら犬飼おうよ!私、ミニチュアダックスがいい♡」

「え~俺は柴犬がいいな~」

「それじゃ、近くのペットショップ見に行かない?せっかく清水まで来たんだし」

「それもそうだな。実際に見てみないと分かないもんだし」

「やったー。行こう行こう!!」

それから商店街の中にあるペットショップで候補の犬を見て回ることになった。元来動物好きの昴は、好きなものを目の前にしてテンションが上がっているようだ。

「あ~イヌイヌ、柴犬!!」

「チワワ!チワワ~!!」

「ダックス~」

昴の仔犬を見て喜ぶ『姿』を見て、瑞希は思わずキュンとしてしまった。

「もう~、子供じゃん」

「だってさー、かわいいんだもん」

「あっ、見て見て!ビーグル!!」

テンションが上がった昴を見て、店員が声を掛けてきた。

「よかったら遊んでみます?遊んでみないと分からないことってありますし」

「いいんですか?お願いします!!」

ゲージから出たビーグルは嬉しそうにシッポを振っており、それを見て瑞希も喜ぶ。

「ああ~可愛い!」

「だろ!やっぱいいよな~小型犬は」

それを聞いて、店員がすかさず畳み掛ける。

「男の子なんですけど、すっごい甘えん坊なんですよ」

「そうなんですね!いいなあ、かわいいなあ」

「もう~気が早いんだから~」

「この子がいいなー。なあ、飼っちゃおうよ」

「え~。いろいろ考えないといけないし、すぐには決められないな~」

「適当でいいんじゃない?飼っちゃえばなんとかなるって」

「そんなこと言うけど、トリミングだってシャンプーだって予防接種するのだって大変なんだよ。その子の一生面倒見るんだし、飼うのには責任が伴うものなんだよ」

「心配性だなー、もうちょっと気楽に生きようぜ」

「とにかく今日はまだダメ。同棲し始めて、よく考えてから決めよう」

「いいじゃん。飼うなら早い方がいいよ」

「自分たちのことも出来てないのに、犬の面倒なんか見られないよ!!」

「う~ん、それもそうだよね。分かった、また今度にしようーー」

昴は納得いかない様子だったが、瑞希の『自分たちのことも出来てないのに』という言葉には一定の理解を示すだけの根拠があった。



その後二人は、昴の家へ行って泊まることにしたのだが、彼は少々お疲れのようだ。

「眠い、腕枕して~」

「重たいよー」

「いいじゃん、ちょっとだけ~」

「もう~腕しびれちゃうよ」

「あ、そっか。ごめん」

そう言って頭をく昴を見て、瑞希はこれくらいの失敗ならまあいいかと思った。

それから一通り盛り上がると、昴は疲れて子供のように寝入ってしまった。

「可愛いんだよな~寝顔。起きてる時はあんなに憎たらしいのに。なんでなんだろ~?このままずっと寝ててくれたらいいのに。でもそれじゃ、つまんないか」

 そんな独り言を言うのも楽しいくらい、瑞希の生活は充実していた。それから化粧を落として歯磨きをした後、昴の隣で眠りについた。そしてそのまま朝を迎える。

「おはよう――なんかまだ眠い」

「え!?大丈夫?なんか声ちがくない?」

 そう言った昴の声は少し枯れてしまっており、夜中に布団を蹴ってお腹を出して寝ていたため、風邪を引いてしまったようだ。普段聞いたことのない声というのは新鮮味がありなんだか面白みがあった。

「ん?そう言えばちょっと喉がイガイガするかもーー」

「そうだよね!ちょっと待ててね」

 そう言うと瑞希はハチミツに生姜をスライスしたものを加えた『はちみつジンジャー』を作って昴に飲ませてくれた。これは味が良く、美容にも効果がある飲み物である。

「昴くん、風邪はどう?」

「うん。もうだいぶよくなったみたい。瑞希が看病してくれたお陰だね」

「そっかー、よかった~」

 子供のように燥ぐ瑞希を見て、昴はなんだか愛おしいと感じた。

「ありがとう、これはお礼しないとだよね。なんか欲しいものあったら言ってよ」

「欲しいもの?いいよそんなの。こんなの大したことじゃないんだしーー」

「いいからいいから。言うだけならタダなんだし、言うだけ言っとけよ」

「う~ん、ティファニーのオープンハートのネックレスとかかな~」

「ああ、あの真ん中に穴が空いてるヤツ?」

「そうそう。あれすっごく可愛いんだよね!」

 20代後半ともなればTスマイルを好む者も居るのだが、瑞希は少々感覚が若かったため、オープンハートの方がお気に召しているようだ。それから昴が元気を取り戻せたことで、背中合わせでくっつきながら、お互いに部屋の中で好きな事をしていた。瑞希はポッキーを咥えながら本を読んでいる昴を見て興味津々である。

「ねえ~なに読んでんの?」

「ん?サルトルだよ。存在と無」

「へえ~難しいの読んでんじゃん」

「そうでもないよ。慣れれば簡単だし」

そう言って昴は、眼鏡を外して目をこすった。暫くすると昴は本を読み切ったようで、少し退屈そうにした後、瑞希に話し掛けた。

「瑞希、瑞希~、――瑞希ってば!」

「うわっ、びっくりした!!」

瑞希は漫画を読んで集中していたため、昴が呼んでいたのに気づいていないようだ。昴がいきなり目の前に現れたので、かなりドキっとしてしまった。

「もう、ビックリするじゃん!」

「さっきから話し掛けてたよ。ねえ、ドリキャスやろうよ」

 『ドリームキャスト』とは今はなき平成のゲームハードであり、平成初期にはこういった名機が数多く存在していた。だがその過渡期を越えられたのはプレーステーションくらいのもので、だいたいはその荒波の中で駆逐されて行った。二人は少し迷った挙句レースゲームで対決することにした。

「負けたら罰としてダンスな」

「え~、何それ、キモ」

 そうは言ったものの特に嫌な気はしていないのであった。3レースほど行ったのだが、昴は手加減などしないため、慣れていない瑞希が3回とも負けることとなった。

「全然ダメじゃん。ほんと下手くそだな」

「はいはい、そうですね。昴くんは上手いですね」

「ははっ、負け惜しみじゃん。鈍いっていうか、センスがないんだよな~」

「しょうがないじゃん!こんなのやったことなかったんだし!」

「まあ、そう怒るなよ。たかがゲームだろ?」

 実際はたかがゲームなどということはない。こういった勝負事は喧嘩に発展する場合が多く、負けた方の感情に配慮することが大切である。瑞希が不機嫌になったことで、昴はもう少しやりたかったが、ゲームを終えてテレビの画面を戻すようにした。

すると偶然にもプロサッカーの試合をやっていた。

「おっ。高野出てんじゃん。すげえなぁ。上手かったもんな~アイツ」

「なに言ってんの?高野くんは後輩だよね?昴くんの方が上手かったじゃん」

「そうだったっけ?もう忘れちゃったな~『そんなこと』」

「そんなこと――?」それを聞いて瑞希はかなり不機嫌になったようだ。

「そんなことって、勝ってたはずの後輩に負けちゃってるんだよ。悔しくないの?」

「なんだよソレ。俺が高野より格下だって言いたいのかよ」

「そうだよ、だって高野くんはプロに――」

そこまで言って、瑞希は思わず言葉を詰まらせた。

「なんだよ、言えよ!その続き」

「ううん、いい。ごめん」

「謝んなよ、なんか惨めになるじゃんか」

 この頃の昴には感謝という概念が不足していたため、看病してもらったことや相手を煽っていたことなどを棚に上げてしまっていた。人間は持ちつ持たれつ生きて行くものであり、その埋め合わせがないと、いつかは相手に愛想をつかされることになる。

その後、二人して出掛けることになり身支度をして行った。瑞希は昴が真面目な顔で髭を剃っている横顔や、袖をまくり上げた腕から血管が浮き出ているのを見てドキっとしていた。昴は早々にシャワーを浴びて服を着替えると、髪をセットし始めた。それを見て瑞希はふと思ったことを言う。

「昴くんが家で髪セットしてるのって、全然見たことないかも」

「そう言えばそうだよな、俺らって瑞希の家に行ってばっかだったし」

「それってどうやんの?」

「これか?ワックスを髪を洗うみたいにして全体になじませる。この時に頭の後ろ側を中心にフワっとさせるのがコツかな」

「おー。様になったね」

「だろ?後は指で軽く流れを作ってスプレーで固定してお終い。慣れれば簡単だよ」

「すごーい。勉強になります!」

「まあ女の子はこんなセットはしないだろうけどね。参考までにね」

 こだわれば拘るほどに時間が掛かるものなのだが、昴は一度決めたらそのままであった。


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第四回 https://note.com/aquarius12/n/nee7d74e2dce0