「〜しか勝たん」の暴力性
マッチングアプリをやっていた頃、女性のプロフィールに「〜しか勝たん」という文言を頻繁に見た。
一番多くみかけた「勝たん」は「高身長しか勝たん」で、その他に「色白イケメンしか勝たん」「細マッチョしか勝たん」というものもあった。少し毛色の違うものだと「細美武士しか勝たん」なんていうものがあり、これにはもう「Zepp行けよ」という感想しか出てこない。
「〜しか勝たん」とは、要するに「〜が好き」という意味のインターネットミームなのだが、「〜しか」という限定の副助詞が使われていることからわかるとおり、やや至上主義的な意味合いがある。「高身長しか勝たん」を丁寧に言い直すと、「私は高身長の男性だけが好きなので、身長の高くない方はlikeして頂いてもマッチできないですごめんなさい」ということになり、すごく丁寧に言い直すと「誠に勝手ながら手前が探し求め、今生を添い遂げて参りたいと考えておりますのは天に聳え立つオベリスクのごとき長躯をお持ちの殿方様でございまして、恐縮ながらお背のお丈が日出づる処におかれます平均身長五尺七寸三分三厘(約172cm。1尺=30cm,1寸=3cm,1分=3mm, 1厘=0.3mmで算定)を惜しくも超えるべからざる殿方様につきましては、誠に僭越ながら仮に言い初められるというご幸運に預かることができたとしても、手前からはお応えできかねるかと存じ上げ候。ご自愛ください」ということになる。
これはきつい。「高身長しか勝たん」という文言を記した瞬間、その女性の世界からは一瞬にして身長172cm以下の男性は消え失せてしまう。XS〜Sサイズのメンズ服はユニクロからもGUからも無印良品からも消え失せ、それまで爽やかに笑顔で客の対応をしていた店員さんは「あの、これのXS〜Sサイズってありますか?」とこちらが聞いた瞬間、無表情になり両腕をだらりと垂れ下げ宙をぼーっと見つめ始め、力なく半開きになった唇の端からは涎が、呼吸することを止めた鼻腔からは鼻水がこぼれ落ち、一粒の雫となって枯れた大地に色とりどりの花を咲かせていく。
この男性側の苦悩に対する秋元康の回答は秀逸だった。『君しか勝たん』である。これはすごいと思った。何がすごいかというと、「君」を当てはめることによって「〜しか」による限定を無化しているのである。なんせ、君である。二人称単数の代名詞。そこには誰にでも座席が用意されている。通行人を「そこの君!」と呼び止め、「君しか勝たん!」と叫んだらたちまち「そんな切ない 切ない瞳で見ないで 表面張力いっぱい 涙が溢れそうさ……」と始められるし、突然唄い始めた男に(恐怖が)表面張力いっぱいになった通行人が涙に加えて小便を撒き散らしながら逃げていったとしても人通りが多い場所だったらすぐに次の「君」が補給されることだろう。私の地元の名古屋駅の前で唄ったとしたら、曲中に出てくる「君」はすべて違う人物になる可能性さえある。
わずか5分の間に8人との恋が始まり、そして終わった。「君しか勝たん」の威力はかくも凄まじい。一生分ともいえる恋をわずか5分間に凝縮してしまう可能性がある。最後の「Wow, wow, wow, wow, yeah」が表現しているのはおそらく悲しみでも慟哭でもなく、「うおっ(Wow)…うお?(wow)……え?(yeah)……だれ?(hoo)」という戸惑いだろう。あと最後から2番目の「君」は野良猫だろう。
我らが康のファインプレーにより、「〜しか勝たん」という史上最悪のミームに苦しめられていた男性たちは救われることになったが、ここで1つの疑問が残る。マッチングアプリにおいて男性側は女性に対して「〜しか勝たん」形式の要求をすることが極めて少ないのはなぜだろうか。単純に男がそれを言ってたらキモいというのはある。しかし「高身長しか勝たん」や「イケメンしか勝たん」がアリなら、「巨乳しか勝たん」や「美女しか勝たん」がまかり通っていたとしても不思議ではないではないか。
この問いについては、真っ先に次のような回答が思いつく。マッチングアプリの使用者の多くは男性で女性は少数派である。少数の女性を男性がとりあうという形の争いになっているので、希少な女性側は多少無理な要求をしても許されるが、男性側には許されないということである。
しかし私は、これとは別の説を主張したい。それは男性側の要求は今更わざわざ主張しなくても、すでに受容されているということである。長い間男性優位主義をとっていた日本では、社会の中に存在するあらゆる事物によって、女性は日常的に男性目線の美的基準を内面化するように教化されてきたのである。そして私はこないだスーパーに行った時に「〜しか勝たん」の元祖の可能性が高いあるお菓子を発見した。
「パイの実」。ここまでの「〜しか勝たん」についての私の分析を経た今、この製品名に眉をひそめない者がどこにいるだろう。「パイのみ!」である。この製品は言い切っている、「女性の価値は胸だ」と。
しかし単に胸だけということで女性を品定めするぐらいなら、男にはまださまざまな価値観が許される。胸が大きい女性が好きな男もいるし、貧乳が好きな男性もいる。しかしロッテは、そんな一抹の希望も粉々に踏み潰してくる。スーパーで憤怒の情を懸命に押し殺して菓子売り場を歩いていた私の理性は、ある名前のお菓子を見つけた瞬間に完全に崩壊したのだった。
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