早く大人になりたい?
海空先生の哲学を理解出来ないままの私。
突然、「またドライブするぞ!」とベンチから立ち上がり歩き出した海空先生。
私も慌てて立ち上がり、後を追った。
車に乗りこみ30分弱走って、ショッピングセンターの駐車場に到着。
この30分弱は、あまり話をしなかった。
ちょうど西日に向かって走っていたので、海空先生はサングラスをかけて運転していた。
私はその横顔を見つめていたかったが、なんだか恥ずかしくてチラチラ見ているだけだった。
駐車場から建物内へ向かいながら
「俺さ、研究室に籠ってたからさ、お腹が空いてるんだ。
食事してもいいかな?」
「いいよ~
先生、卒業のための研究なんだよね?
大変なのに、時間を作ってくれてありがとう!」
と伝えるのが精一杯だった。
「大丈夫だよ。
稀琳と話をしたかったからさ。」
ファミレスのようなところへ入り、海空先生はハンバーグセットを注文。
私は緊張のあまり、お腹が空いていなかったので、悩んでいると
「俺が支払うから、好きなものを注文しろよ!」と気遣ってくれた。
悩んだ挙句、私はコーヒーゼリーを注文した。
待っている間、他愛もないことを話す。
周囲からは仲のいい兄妹みたいに見えていたかもしれない。
出来るだけ“先生”と言わないように気を付けた。
注文したものが運ばれてきて、海空先生は意地悪そうに
「そのコーヒーゼリー、あんまり美味しくないぞ!」
なんて言いながら、ハンバーグを食べる。
「そんなことないよ~、こっちも食べる?」
なんてふざけた。
食事も終わり、海空先生とピッタリくっついて歩く。
でも、手も繋いでくれないし、肩を組むこともなかった。
ショッピングセンターの2階を歩いていくと、吹き抜けになっていた。
1階はキッズスペースのようになっていて、小さな子どもたちが遊びまわっていた。
そこの手すりにもたれかかる海空先生の隣で、私も手すりに手をかけて1階の子どもたちを眺めていた。
「稀琳さぁ、下に行って子どもたちと一緒に、わぁ~って遊んで来いよ」
と笑いながら言うので
「先生も一緒に子どもたちと遊ぶ?」
と私も笑いながら答えた。
「稀琳だけ行ってこいよ~
俺はココで見てるからさ!」
「えぇ~、一緒の方が楽しいよ!」
って。
少しの沈黙の後、
「ねぇ、稀琳は早く大人になりたい?」
私の顔を覗き込むように見て、真面目な表情で聞く海空先生。
「早く大人になりたいと思ってるよ。
先生と同じくらいの年齢になれば、彼女にしてくれるでしょ?」
私の本心は、【早く大人になって、先生との子どもが欲しい】だったけど、そんなことを言うと海空先生を困らせそうで、伝えられなかった。
「彼女か…」とつぶやくと、それ以上、この話題については触れてこなかった。
【やっぱり、まだ付き合ってる人がいるんだよね】
と思いながら、手すりをギュッと握った。
海空先生は「そろそろ行くか?」と言いながら、歩き始めた。
私はまた、隣にピッタリ寄り添いながら歩いた。
海空先生は、車の中で思い出したかのように
「そういえば、今日は補講ってことになってたんだよな?
もう遅いから、家まで送ろうか?
あ、それだと親に嘘ってバレちゃうなぁ」
「駅までで大丈夫だよ。
先生、気を遣わせちゃってゴメンね。」
「じゃあ、家の近くの駅でも大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
と、この会話以降、海空先生は思いつめたような表情で、海沿いの道路を運転していた。
これは1992年10月25日のエピソードの一部です。
まだまだ続きます。
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