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【SF短編小説】未来のSF作家

第1章:売れないSF作家


令和6年の東京、雨上がりの夜。街灯の光が濡れたアスファルトに反射し、街全体がぼんやりとした光の中に浮かんでいる。雑居ビルの一階にある居酒屋「赤提灯」から、酔客たちの笑い声と焼き鳥の香ばしい匂いが漏れていた。その片隅に、一人の男がグラスを片手に座っていた。

大松亮太、38歳。自称SF作家だが、世間的には「売れない作家」という肩書きのほうが正確だった。目の前には冷めたビールと、箸をつけた形跡のない枝豆の皿。彼は無精ひげを指で撫でながら、誰にともなく愚痴をこぼしていた。

「なんで売れないんだろうな……。俺の書く話だって、悪くないはずなのにさ。AIとか宇宙移民とか、時代の先を行くテーマだってのに、読者がついてこないんだよ。」

隣の席では、黒いスーツに身を包んだ男がビールを飲んでいた。年齢は30代後半から40代前半くらい。小柄だが、妙に存在感のある男だった。その男は、大松の独り言をしばらく黙って聞いていたが、やがて笑みを浮かべて話しかけてきた。

「お兄さん、SF作家なんだって?」

「ん? ああ、そうだよ。でも、売れないけどな。」

「いやいや、面白いじゃないか。俺もSF好きだよ。未来の技術とか、宇宙の話とか、ワクワクするよな。」

「お前もか……。だったら、俺の本買ってくれよ。まだ在庫が山ほどあるんだ。」

大松の自虐的な言葉に、男は肩をすくめた。

「まあ、それはともかくさ。俺、訪問販売やってるんだけど、ちょっと見せたいものがあるんだよね。」

そう言うと、男はスーツの内ポケットから古びた懐中時計を取り出した。金色に輝くその時計は、細かな彫刻が施されており、一見してただの骨董品には見えなかった。

「これ、タイムマシンなんだ。」

「は?」

大松はビールを一口飲んでから、男の顔をじっと見つめた。冗談を言っているのか、それとも本気なのか判断がつかない。

「タイムマシンだよ。過去にも未来にも行ける。ただし、使い方にはコツがいるけどね。」

「バカにしてんのか?そんなもん、あるわけないだろ。」

「まあ、そう思うよな。でもさ、SF作家なら夢があったほうがいいんじゃないか?これを使って、想像力を膨らませるのも悪くないだろ?」

男の言葉に、大松は少し興味を引かれた。確かに、目の前の時計は妙に魅力的だった。

「で、いくらだよ?」

「特別価格、一万円。安いもんだろ?」

「ふざけんなよ、そんなガラクタに一万円も出せるか。」

「まあ、そう言わずに。きっと役に立つよ。未来の大ベストセラー作家になるかもしれないぜ?」

男の口車に乗せられる形で、大松は財布から一万円を取り出し、時計を手に入れた。その瞬間、彼はまだ気づいていなかった。この奇妙な取引が、彼の人生を大きく変えるきっかけになることを。

居酒屋を出た大松は、時計を手にしながら「バカな買い物をした」と苦笑した。だが、酔いの勢いも手伝って、それほど深く考えることもなく、赤信号の横断歩道に足を踏み出した――その時だった。

第2章:昭和へのタイムスリップ


赤信号の横断歩道に足を踏み出した瞬間、大松は強烈な光に包まれた。頭が割れるような感覚と共に、世界がぐるりと反転するような錯覚に襲われる。彼は目を閉じ、反射的に懐中時計を握りしめた。

「なんだ、これ……!」

気づけば、大松は見知らぬ町に立っていた。周囲には古びた建物が立ち並び、車道を走る自動車はどれも黒塗りのセダンや懐かしいデザインのトラックばかり。見上げると、ビルの看板には「東芝」「松下電器」といった企業名が並び、文字はどれも昭和レトロな書体だ。

「え……?」

混乱する大松は、近くのゴミ箱に目を向けた。そこには新聞が捨てられていた。手に取ると、紙面には大きく「昭和45年」の日付が印刷されている。

「昭和45年……? 冗談だろ。」

彼は新聞を何度も確認したが、日付は変わらない。背中を冷たい汗が流れる。まさか、あの懐中時計が本当にタイムマシンだったのか?

「未来から来たってのか、俺が……?」

大松は頭を抱え、道端に座り込んだ。通りすがりのサラリーマンが不審そうな目で彼を見ているのに気づくと、彼は衝動的にその男の腕を掴んだ。

「俺は未来から来たんだ! 信じてくれ!」

サラリーマンは驚きつつも冷静に大松の手を振り払った。

「未来? あんた、SF小説の読みすぎだよ。そんな話、信じられるわけないだろ。」

そう言い捨てて立ち去るサラリーマンの背中を、大松は呆然と見送った。その言葉にショックを受けたものの、同時に閃きが訪れた。

「そうだ……この時代の人間には、俺が見てきた令和の世界なんて、まるでSFにしか思えないはずだ……!」

スマホ、SNS、生成AI。令和では当たり前だった技術や文化も、この時代では誰も知らない。ならば、それを題材にSF小説を書けば、大ヒット間違いなしだ。

「そうだよ! 俺が知っている未来の世界を、物語にすればいいんだ!」

彼はすぐに動き出した。紙とペンを手に入れ、この時代の人々が想像もつかない未来の技術や文化を描き始める。酔いもすっかり冷め、彼の目には強い決意が宿っていた。

「これで俺は、SF作家として一旗揚げてやる……!」

昭和の東京の片隅で、未来を描く一人の男の新たな挑戦が始まったのだった。

第3章:編集者の拒絶


大松は昭和45年の東京で未来を描いたSF小説を書き上げた。内容は、自分が知る令和の世界をそのまま再現したものだった。スマートフォンが生活の中心にあり、生成AIが文章や絵を生み出し、人々がSNSでつながる世界。彼にとっては当たり前の光景だが、この時代の人々にはまさに「未来」そのものだった。

完成した原稿を手に、大松は昭和時代で〈SFの鬼〉と呼ばれた敏腕編集者、福島義一の事務所を訪れた。

編集部は狭い部屋に机と本棚がぎっしり詰め込まれており、空気にはタバコとインクの匂いが漂っていた。部屋の中央には背筋を伸ばして座る福島がいた。50代半ばの鋭い目をした男で、その視線だけで人を射抜くような迫力があった。

「あなたが持ち込んだという原稿を見せてもらおう。」

福島は大松を一瞥し、短く言った。大松は緊張しながら原稿を差し出した。福島は黙々とページをめくり始める。部屋には紙をめくる音だけが響き、やがて福島は原稿を閉じた。

「……で、これが君の言うSF小説か?」

「はい! これが未来の技術や文化を描いた、まったく新しいSFです!」

大松は興奮気味に言ったが、福島の表情は硬いままだった。

「悪いが、これはリアリティがない。こんな技術が本当に存在すると思えるか? 読者が信じるか?」

「リアリティがない……? でも、これが未来では現実なんです!」

「未来の話だろうと、読者が信じられなければ意味がない。たとえSFでも、現実の延長線上にあると思わせる説得力が必要なんだ。」

福島の冷静な指摘に、大松は言葉を失った。令和では当然だった技術や文化も、昭和の人々には荒唐無稽に映る。それを思い知らされ、大松は愕然とした。

「これでは売れない。持ち帰りたまえ。」

福島は冷たく言い放ち、再び机の上の別の原稿に目を落とした。

大松は肩を落として編集部を出た。手に持つ原稿がやけに重く感じられた。

「俺の知ってる未来が、こんなに信じてもらえないなんて……。」

落胆しながら歩いていると、編集部の近くで一人の若い男が声をかけてきた。

「ちょっと待って! あなたが持ってた原稿、見せてもらえないかな?」

振り返ると、そこには小柄でメガネをかけた男が立っていた。彼は漫画家の芦塚一郎だった。

「福島さんが突っぱねたってことは、きっと尖った内容なんだろう。それ、僕に読ませてよ。」

半信半疑ながらも、大松は原稿を渡した。芦塚はその場でページをめくり始め、次第に目を輝かせた。

「これ、面白いよ! 確かに昭和の人には信じられない内容だけど、そこが逆に新しい。出版するべきだよ!」

芦塚の言葉に、大松は再び希望を見出した。彼の原稿は、この奇妙な昭和の世界で新たな展開を迎えようとしていた。

第4章:漫画家との出会い


芦塚一郎は、まだ無名に近い若手漫画家だった。だが、その才能はすでに一部の編集者や作家の間で注目され始めており、特に未来的な発想や大胆なストーリー構成で知られていた。彼は大松の原稿を読み進めると、目を輝かせて大きく頷いた。

「これ、絶対に面白い! 僕もSFが好きでいろんな作品を読んだけど、こんな発想は初めてだ。これ、出版しよう!」

芦塚の熱意に、大松は驚きつつも半信半疑だった。

「でも、福島さんにはリアリティがないって言われたんだ。昭和の読者には信じてもらえないって。」

「それがいいんだよ!」芦塚は身を乗り出して言った。「信じられないくらい未来的な話だからこそ、読む人の心を揺さぶるんだ。読者は驚きたいし、未知の世界を見たいんだよ。」

「でも……どうやって出版するんだ?福島さんがダメだって言ったら、他の編集者だって受け入れないだろ。」

芦塚は笑いながら言った。

「僕が協力するよ。この原稿を元に漫画のプロットを作って、一緒に出版社に提案しよう。僕の名前なら、少なくとも話は聞いてくれる。」

こうして二人は協力して作品を売り込む計画を立てた。芦塚のアトリエは、古い木造アパートの一室だった。そこに持ち込まれた大松の原稿は、芦塚の手によってさらに洗練され、視覚的なアイデアが追加された。

「スマホを持つシーンはこうだな……。読者が想像しやすいように、ちょっとだけ昭和っぽいデザインを混ぜてみよう。」

「なるほど、そうやって馴染みやすくするのか。」

二人の議論は深夜にまで及んだ。未来の技術をどのように描写するか、読者が興味を持つ切り口は何か。大松にとっては新しい挑戦だったが、芦塚の斬新な視点に触れるたびに、自分の作品がさらに面白くなっていくのを感じた。

数日後、二人は完成した企画書を持って、昭和時代でも革新的な出版社として知られる「新時代社」を訪れた。編集長は初め、懐疑的な表情を浮かべていたが、企画書を読み進めるにつれ、その表情は驚きと興奮に変わっていった。

「これは……面白い。今までにないSFだ。これなら勝負できる。」

編集長の言葉に、大松と芦塚は拳を握りしめた。そして、ついに大松の小説は昭和で出版されることが決まった。

数か月後、大松のSF小説『未来の風景』は書店に並び、たちまち話題をさらった。読者たちはスマホや生成AI、SNSといった未来の技術に驚き、憧れを抱いた。

「これが未来の世界か……!」

「こんな生活が本当に来るのかな?」

大松の作品は単なるエンターテインメントにとどまらず、昭和の人々に未来への夢と希望を与えた。そして、芦塚の漫画版も同時に連載がスタートし、大松の名は瞬く間に広まった。

しかし、大松には一つの不安があった。未来の技術を昭和に持ち込むことで、何か大きな影響を与えてしまうのではないかという疑念だ。その不安はやがて現実となり、昭和の時代は想像を超えるスピードで変わり始める。

第5章:昭和の未来化


大松の小説『未来の風景』は爆発的なヒットを記録し、彼は一夜にして昭和のベストセラー作家となった。読者たちはスマホや生成AI、SNSといった未来のテクノロジーに熱狂し、次第にそれを現実にしようという動きが始まった。

ある日、大松は街を歩いていて、ふと目にした光景に驚いた。街角で学生らしき若者たちが集まり、何かの試作品を見せ合っている。耳を澄ませると、「これが自動で計算をしてくれる装置だ」「これが会話を文字に変える仕組みだ」と話している。

「まさか……」

大松は胸騒ぎを覚え、彼らに近づいて声をかけた。

「それは何をしているんだ?」

若者の一人が目を輝かせながら答えた。

「あなたの小説に書いてあった未来の技術を実現しようとしているんです! これは音声を認識して文章に変える装置の試作品なんですよ。」

大松は思わず息を呑んだ。彼の描いた「未来」が現実の技術に影響を与え始めていたのだ。

その影響は、さらに広がっていった。企業はこぞって未来の技術を再現するための研究を始め、生成AIの原型とも言える機械学習装置や、スマホの前身となる小型通信機器の開発が進んだ。

「これって、やばいんじゃないか……?」

大松はその急速な変化に戸惑いを隠せなかった。未来の技術が昭和に登場することで、もとの歴史が変わってしまうのではないかという不安が膨らんでいった。

ある夜、大松は芦塚と飲みながらその不安を打ち明けた。

「俺のせいで、この時代が変わってしまうかもしれない。」

芦塚はグラスを傾けながら笑った。

「変わるのは悪いことじゃないさ。新しい時代が生まれるってことだろ? 君の小説がそのきっかけになったなら、それは誇るべきことじゃないか。」

しかし、大松の胸の中のモヤモヤは晴れなかった。

そんな中、昭和の変化はさらに加速していった。スマホに似たデバイスが街中で使われ始め、人々は新しいコミュニケーション手段に熱中した。大松の小説は次第に「未来を予言した本」として語られるようになり、彼は社会的な注目を一身に浴びた。

だが、その栄光の裏で、大松の中に重くのしかかる疑問があった。

「俺がやったことは、本当に正しかったのか?」

彼の描いた未来が現実に影響を与え、その結果として昭和の文化や生活が急速に変化していく。それが果たして「進化」と呼べるものなのか、大松には確信が持てなかった。

ある日、大松は街中である人物に呼び止められる。その人物は未来からやってきたタイムパトロールだった。

「大松亮太さん、あなたを歴史改変の罪で逮捕します。」

唐突に告げられたその言葉に、大松は呆然と立ち尽くした。

「俺が……歴史改変の罪?」

未来の技術が昭和を変え、もとの歴史を狂わせてしまった。その責任を取る時が来たのだ。

第6章:タイムパトロール


タイムパトロールの一団は無表情で、大松を取り囲んだ。彼らは全員、無機質な銀色のスーツを身にまとい、目にはデジタルディスプレイのようなゴーグルを装着していた。その姿は昭和の街並みにまるで異質な存在だった。

「あなたは、未来から持ち込んだ知識によって昭和の歴史を大きく改変しました。この影響は時間軸全体に波及し、平正時代に深刻な混乱をもたらしています。」

隊長らしき人物が冷徹な声で言った。

「平正時代……? それは令和より先の未来ってことか?」

大松は混乱しながら問い返した。

「そうだ。平正時代は令和の後、さらに進化した時代だ。あなたの行動が、その時代の技術や社会構造に大きな影響を与えている。」

「俺はただ、SF小説を書いただけだ! そんな大それたことをするつもりなんてなかった!」

「意図の有無は関係ない。歴史改変の事実が問題なのだ。」

タイムパトロールは大松を拘束し、彼の抗議を無視して懐中時計を操作した。すると、眩しい光が周囲を包み込み、大松の視界は真っ白になった。

目を開けると、そこは見たこともない未来都市だった。空中を行き交う車両、宙に浮かぶ建物、そして光る道路。全てが現実離れしていたが、驚くほど精密に作り込まれていた。

「ここが平正時代か……。」

大松は思わず呟いた。だが、その感動も束の間、彼はすぐに牢獄に連行された。

牢獄の中は広々としており、壁にはデジタルスクリーンが埋め込まれていた。看守が説明する。

「ここでは囚人は1日1冊、世界中のどんな本でも読むことが許されている。すべて電子図書館に登録されているからな。」

「本が読める……? それならSF小説が読みたい。」

大松がそう言うと、看守は不思議そうな顔をした。

「SF小説? この時代にはそんなジャンルは存在しないぞ。」

「え……?」

「現実の技術がSFの領域を超えてしまったんだ。今の人々は、SFという概念に興味を持たなくなった。」

その言葉に、大松は愕然とした。彼が愛し、命を懸けてきたSFというジャンルが未来の世界では消え去っていたのだ。

ショックを受けた大松だったが、次第にある決意が芽生え始めた。

「SFがないなら、俺がここで書けばいい。未来の世界にSFを取り戻すんだ。」

彼は牢獄の中で紙とペンを求め、執筆を始めた。令和の知識と平正の驚異的な技術を融合させた、新しいSFの物語を描き出したのだ。

彼の小説は瞬く間に話題となり、未来世界で「監獄のSF作家」として注目を浴びるようになった。平正の人々は久しぶりに未知の世界への想像力を掻き立てられ、大松の小説は次々とベストセラーとなった。

こうして大松は、歴史改変の罪人として囚われながらも、未来のSF作家として新たな道を切り開いたのだった。彼の物語は、過去と未来を繋ぐ架け橋となり、再びSFの火を灯す存在となった。

※この記事の画像及びテキストの作成には部分的に生成AIを利用しています。

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