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【短編小説②】お礼の品
ある日、平凡なサラリーマンの松下は、仕事帰りに公園で奇妙な光景を目にした。木陰で倒れている中年男性を見つけたのだ。
「大丈夫ですか?」
松下は慌てて男性に駆け寄った。男性は目を開けると、かすれた声で言った。
「水を……少し……」
松下は急いで近くの自販機でペットボトルの水を買い、男性に渡した。男性は一気に飲み干し、ほっとした様子で息をついた。
「助かった。あなたのおかげで命拾いしました。」
そう言うと、男性はスーツのポケットから小さな箱を取り出し、松下に差し出した。
「これをお礼に。とても貴重なものです。」
松下は戸惑いながら箱を受け取った。銀色の金属でできた、精巧な小箱だった。蓋を開けると、中には小さなボタンが一つだけついている。
「これは……?」
「押すと幸運を引き寄せる装置です。」
男性は微笑みながら説明した。
家に帰った松下は半信半疑だったが、好奇心に駆られてそのボタンを押してみた。すると、翌日から驚くべきことが起きた。
出勤途中、たまたま立ち寄ったコンビニで買った宝くじが高額当選した。さらに、会社では突然の昇進が決まり、美人の同僚から食事に誘われる。すべてが順調すぎるほど順調だった。
「本当に幸運を呼ぶ装置なんだ!」
松下は驚きとともにその効果を楽しんだ。
しかし、ある日ふと気づいた。なぜか周囲の人々が不幸に見えるのだ。通勤電車では隣の乗客が財布を落とし、会社では同僚が重大なミスを犯し、恋人と別れたという話も耳にした。
松下は次第に不安になり、その装置のことを考え始めた。
「もしかして、これが幸運を引き寄せる代わりに、他人の不幸を吸い取っているんじゃないか……?」
気味が悪くなった松下は、あの男性を探しにあの公園に戻った。しかし、公園には男性の姿どころか、彼の痕跡も見当たらなかった。
数日後、松下は装置を捨てることを決意した。遠くの山奥まで行き、深い谷にその装置を投げ捨てた。装置は転がり落ちて見えなくなったが、松下はそれを確認して安心した。
「これで、もうあの奇妙な幸運から解放される。」
帰り道、松下は久しぶりに穏やかな気分になった。だが、家に戻ったとき、テーブルの上に見覚えのある銀色の小箱が置かれているのを見て、ゾッとした。
「捨てたはずなのに……!」
松下は震えながら小箱を手に取ると、また中を開けた。すると、ボタンの横に新しい文字が浮かび上がっていた。
「二度目は手遅れ」
その瞬間、松下の携帯電話が鳴り響いた。会社からだった。電話の向こうでは、慌てた声が告げる。
「松下くん、大変だ! 今朝の取引、君のミスで全て台無しだ!」
さらに間髪入れず、別の番号からの着信。今度は銀行だった。
「申し訳ありません。貴方の口座に不正な動きがあり、残高が全て消えています。」
次々に襲いかかる悪い知らせに、松下はただ呆然とするしかなかった。そして、頭の中にあの男性の言葉がよぎる。
「幸運には代償がある。」
松下は目の前の小箱をじっと見つめた。その銀色の光沢が、どこか不気味に見える。
「押すべきか、押さないべきか……」
悩む松下の指が、再びボタンに近づいていく。だが、その瞬間、家中の電気が突然消え、全てが真っ暗になった。
翌日、松下の部屋はもぬけの殻だった。彼の姿を知る者は誰もおらず、同僚たちは口を揃えてこう言った。
「急に辞めるなんて、どうしてだろうね?」
一方で、あの公園では銀色の小箱を手にした新しい人物が、木陰で不思議そうにそれを眺めていた。