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【隻眼の残像(フラッシュバック)を見るか迷っている人へ】「名探偵コナン」の諸伏高明に命を救われている。


 いよいよ今年もコナンの映画公開が近づいてきた。
 タイトルは隻眼の残像(フラッシュバック)
 4/18の公開まで、あと三か月と少し。

 予告やポスター見る限り、知らない人が出ているし、正直楽しめるか不安だ。今年は見なくてもいいかな……という方へ。

 とにかく今年のコナンの映画を見てほしい。

 雑念もままあるが、とにかくその一心でnoteに登録し、この文章を書いた。

 まだ公開されていない映画を薦めるのはどうかと思うが、見てほしい。

 タイトルが大言壮語に思われるかもしれないのだが、正直これ以外に思いつかなかった。
 これはオタクの勝手な宣伝で、ある種の憑きもの落としだ。

 とりわけ後半は怪文書です。

【記事の構成】


 以上の3点だ。
 読むのは1だけで良い。

 もしも興味を持って映画を(もしくは当該キャラクターが登場する漫画かアニメを)観てくれれば、これに勝る幸福はない。というか、それ以外に目的がない。
 諸伏高明を知る人間を、一人でも増やしたい。ただそれだけだ。

 なお、これは論文ではない。情報の真偽については注意したが、出典や引用、注釈はないことを踏まえて読んでほしい。ただの呻き声だ。

【まえがき】

 先に言えば、記事にはタイトル以上のことはない。

 名探偵コナンに登場する諸伏高明(もろふし たかあき)に命を救われているオタクが、キャラクターを紹介し、魅力を列挙するだけだ。
 後半は個人的な語り。お焚き上げだ。

 諸伏高明をご存じでない方へ。

 誰?と思われたであろう。今年の映画の予告でちらっと出てます。ポスターにいます。口髭、黒髪、この特徴を踏まえて、みんなご存じ毛利のおっちゃんではない方の人です。

 原作の登場回、あるいは今年(2025年)の映画を見てほしい。
 見てくれと言われるほど見たくない気持ちになる方もいるだろう。分かる。しかしどうか、後生です。これを逃したらあと十年あるかどうか。多分。

 これは好きが高じて書き出したど素人の文なので、本気でキャラ情報を把握したい方は公式サイトを見た方が絶対に良いです。

 ご存じの方へ。あるいは好きな方へ。

 膝を打つような考察や高尚な分析はない。本当に全くない。あらかじめご了承ください。映画、楽しみですね。

 あとは狂ったオタク文を眺める人が好きな人間もいると思うので、存分に眺めてやってほしい。
 私は誰かが好きなことを延々と語っている姿や言葉が好きなので、同じ感性の人がいれば幸いだ。


1.諸伏高明というキャラクターについて(本題。ここだけ読んで)

 諸伏高明。
 名探偵コナンの登場人物であり「もろふし たかあき」と読む。

 読み仮名がしつこいと思われるかもしれないが、この前AIに「名探偵コナンの諸伏高明について教えて」と遊びで尋ねたところ「諸伏高明(もろぼし たかあき)」と返されたので、悔しくなった。

 なぜか和装をしているキャラと言われた。諸伏高明は十数年スーツ一着しか着てない(※ここ最近、映画効果で私服が増えた。とても喜ばしい)もちろんファンとして和装はいくらでも見たい(※原作者の青山先生が描いた年賀状で着用していた。感謝しかない)。

 何としても正式な名前を教え込まなければいけない。

 なのでゲシュタルト崩壊を目指して「諸伏高明(もろふし たかあき)」と言い続ける。

 そして「原作を読んで」も繰り返します。

 少しでも気になったらここを閉じ、原作を読むかアニメを見るか四月に映画を見てください。

 本題に戻ると、この人は正直「名探偵コナン」のキャラクターの中ではメジャーとは言えない。

 マイナーである。脇役だ。決して頻繁に登場するキャラクターではない。

 古今東西オタクにとって好きなキャラとはメジャーなものだが、世間の認知度はそうだ。

 毎年欠かさずコナンの映画を見るという方でさえ、おそらく「誰?」と反応するだろう。
 
 今年の映画で登場が確定したので、今回は冒頭で紹介されると睨んでいる。なので初見の方も安心!だが、諸伏高明、枠役でいながら設定が深いので、あらかじめ知っておくとより楽しめるかもしれない。

 ひとまず、諸伏高明について特徴を列挙する。
 今回の映画に関わってくるものもあれば、恐らくないものもある。

 所属する長野県警(映画に出る)についても多少は察せられると思うので、映画を楽しむ参考にしてほしい。

 妄想は含まない。全て原作漫画において描かれたことや台詞を参照にした。
 が、いかんせんオタクの早口である。偏った視点があるのは勘弁願いたい。

 推理漫画(推理ラブコメ)として事件の根幹にあるネタバレは濁したり避けたりしているつもりだが、どうしても避けられない部分があった。申し訳ない。

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諸伏高明(もろふし たかあき)

【基本情報】
・名探偵コナンの登場人物
・長野県警 県警本部 警部(登場時は後述の理由で所轄署に所属)
・三十五歳 男性
・口髭、黒髪、色白、吊り目
・基本的にネイビーのスーツ

【人物】
・コナン界の国内最高学府である東都大学(現実でいうところの東京大学)法学部を首席で卒業。 
・大学卒業後、国家公務員試験(キャリア)ではなく地方公務員(ノンキャリ)として長野県警に所属。

・頭脳明晰、警察官として優秀。

・基本的には誰にでも敬語を用い、穏やかかつ冷静沈着。感情的に声を荒げることはないに等しい。映画であるかも?知らん。

・一人称は「私(わたし)」

・名前は三国志の諸葛亮孔明を由来としており、後述する幼馴染からは名前を音読みしてコウメイと呼ばれている。
(登場時は所轄署に所属しており、「ショカツのコウメイ」刑事という洒落も兼ねて登場している)

・台詞に故事成語を多く含む
(これだけだと何を言っているのかと思われるだろう。が、本当にさらっと故事成語が出てくる。なんなら初登場のセリフがそれである。他のキャラクター(主に三国志に精通している博学な毛利蘭さん)が内容を解説してくれるのだが、それがないと凡人には何を言っているのか分からない。映画でもここで?というところで言ってくれるらしい)

【関係者とエピソード】

■大和敢助(やまと かんすけ)

・幼馴染かつ同級生で事あるごとに競い合ってきた仲。大和がとある事件の捜査中に雪崩で行方不明になり、周囲に死亡と認識された際、諸伏高明は上司の命令を無視して単独で他県に足を運び、かなり強引な捜査をし(中略)結果的に病院に運ばれた大和警部を発見した。

・上記の件で左遷され諸伏高明は所轄署勤務となる。

・明らかに友人の為に自身の進退を賭した行動をしているが、特に恩に着せた発言はない。敬語は崩さず憎まれ口を叩く。職務中だろうとプライベートだろうと「敢助くん」と名前で呼ぶ。険悪を装い、犯罪者への罠を張ることもある。詳しくは原作を読もう。

■小橋葵(こばし あおい)

・諸伏高明が好意を抱いていた相手。作家である彼女は彼をモデルに「2年A組の孔明君」という本を出版している。小橋葵は別の男性と結婚しており、3年前に亡くなっている。

・諸伏高明は上記の小橋葵の本を今でも大切に愛車のグローブボックスに入れている。

・また、彼女に関連のある殺人事件の容疑者にもなった。

■諸伏景光(もろふし ひろみつ)とその関係者
・後述する理由で幼くして離れて、東京で育った六歳下の弟。

・諸伏景光も警察官だが、所属は兄と異なり東京の警視庁。

・公安の潜入捜査官として、コナンでおなじみ「黒ずくめの組織」に潜入。スコッチのコードネームを与えられていた。

・潜入捜査中に死亡している(理由は原作を読もう)。

・弟の死については長く知らされていなかったが、とある物を介してその死と理由を察するに至る。が、公的には現状も死亡が認められている状況ではなく、諸伏高明もそれを口外は外はしていない。

・諸伏景光の幼馴染のひとりが降谷零(安室/バーボン)

・中学生の降谷零と大学生の諸伏高明は、諸伏景光を介して出会っている。

・現在は表向き「安室」として挨拶を交わした。

【両親】
・両親は故人。

・諸伏高明が中学生のころ、自宅に押し入った犯人に殺害された。

・事件当時は林間学校だった諸伏高明のみ不在。帰宅して両親の遺体を発見する。小学生の弟は母親に隠されていて無事だったが一時的に失声症になり、兄は長野、弟は東京の親戚に預けられる。

・事件の犯人は長く逮捕に至らなかった。

・詳しくは原作(こちらは警察学校編)を見よう。

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 長い。
 長すぎて読み飛ばした人は原作を読んでほしい。多分そのほうが分かり易いので。

 初登場は65巻。

 この記事、ここまででいいです。あとは原作を読むかアニメを見て下さい。

 正直、長野県警には諸伏高明だけではなく、今回の映画に出演する警察官がいる。

 とても魅力的だ。が、この記事が三倍ないし五倍になってしまうので大鉈を振らせてもらった。

 気になる人は「コナン 長野県警 登場回」で検索したほうが手っ取り早い。

 しかし、どう考えても設定盛り過ぎである。
 誉め言葉だ。

 書いていて息切れしそうになった。正直2回は休憩した。

 これでも涙を呑んで削った項目が多く、ファンの方はなぜあの人を紹介しないのかと不満に思われるかもしれない。網羅しきれていないのは、読む楽しみを残したかった為ということにして欲しい。

 しかし刑事ドラマの主役だとしても、もう少しあっさりとしたキャラ設定ではないだろうか。

 コナン映画のお決まりである、初心者にも優しく往年のファンも楽しみにしている、冒頭の語りはご存知の方も多いと思う。

 「オレは高校生探偵、工藤新一。幼馴染で同級生の毛利蘭と遊園地に~」で始まる一連のあれだ。
 
 実に波瀾万丈で明瞭簡潔なあらすじだと思う。これを聞いてコナンの世界観に入れる発明だ。

 が、これを諸伏高明でやろうとすると、一個一個がやたらヘビーだ。

「幼馴染で腐れ縁の大和敢助が雪崩で行方不明になった折、警部としての進退を意に介さず他県警にて強引な捜査をした結果、飛ばされました」

 例えるならばこうだろうか。この冒頭は生命の危機とは別の意味で重い。
 社会人として重すぎる。会社勤めは友人でも自分の立場の為にはそうそう危うい橋は渡らないのではないか(当社比)。

 なんでこんなインフレみたいな設定で取り澄ました顔をされているのか。

 繰り返しになってしまうが、諸伏高明は名探偵コナンの登場人物においてはマイナーである。

 原作においては四年に一度、オリンピックの周期で登場するか否か。アニメも同様である。

 でありながら、この濃さ……と思われるだろうが、ここには長期連載ならではの理由もある。

 彼の初登場から認められる設定は「孔明イメージ」「故事成語」「有能」「幼馴染の二名に対する情」だった。

 少なくとも弟や両親の話は、その時点では存在しなかった……と思われる。

 これは原作者である青山先生が「高明と景光(スコッチ)が兄弟になったのは顔が似ていたため」「諸伏両親の事件は警察学校編のため」といった旨を答えていたので、元々の諸伏高明は潜入捜査官の兄でも、犯罪被害者遺族でもなかったことは確かだ。
 
 言葉を選ばずに言えば後付けと呼べるかもしれないし、実際にそうなのかもしれない。すべては原作者のみぞ知るだ。

 個人的にはとても奥行きが深くなった、と思う。

 たとえば、諸伏高明の登場時に既にあった、行方不明になった幼馴染の大和敢助を見つけ出したエピソードについて。

 周囲からは死んでいる扱いを受けながらも形振り構わず見つけ出そうと奔走した理由は、彼への友誼があったに違いない。
 また、彼の生存を信じるに足る論理的な根拠が、凡人には見えない点にあったのかもしれない。

 だが、それだけではなく。
 両親が殺害されて遺体を発見した件を踏まえると「子供のころ、遺体という決定的な物証が提示されたあの時と違う」「何もできず間に合わなかった過去ではなく、まだ間に合うかもしれない現在諦めたくはない」という……彼なりの感情が滲み出ていないだろうか。

 これぞ深読みと見せかけた妄想だ。無かったものを見出すのは悪い癖だと思う。
 はっきりいって無粋でしかない。
 とはいえ正解ではないことは承知で、想像を膨らませる楽しみは、それを唯一の回答だと押し付けない限りは許されると思いたい。

 とにかく列挙した情報からも察せられるだろうが、多面的に味わい深い…といってはなんだが、沁み入るキャラクターである。

 ちなみに幼馴染の大和敢助(やまと かんすけ)も、凡そ少年漫画とは思えない過去をお持ちである。敢(かん)の字が勘でないことに注意して欲しい。彼の幼馴染で上原由衣(うえはら ゆい)という女性刑事もしかりだ。

 大和敢助、私は勝手に長野県警3名の太陽的な存在だと認識している。

 繰り返すが、並べた情報で少しでも興味を持った方はぜひ原作を読んでほしい、もしくはアニメを。そして映画を見てください。

どうぞよろしくお願いいたします。

 おそらくここまで読んで下さっている方はごく少数だと思う。あとは個人的な憑きもの落としです。

 2.私がどのように出会い、長野に命を救われたか感謝の弁(長大な余談。飛ばしていい)

 名探偵コナン。
 子供の頃から当たり前のように触れていたコンテンツである。
 毎週のようにアニメを見ていたし、映画も毎年見に行っていた記憶がある。
 原作漫画も飛び飛びではあるものの、家族や自分でも購入していた。

 小学生のうちにどこかで、距離が開いたと思う。

 理由はもはや覚えていないが、アニメも毎週ではなく時間が合えば見る程度になっていたし、映画も金曜ロードショーで見るほうが増えていた。原作は買っていなかった。
 
 再燃したのはゼロの執行人が世間で話題になり「へ~、久々に見てみよう。はまれたら良いな」と軽い気持ちで見に行ったことがきっかけだった。

 結果として私は当時世間で言われていた「安室の女」にはなれなかったのだが、彼の部下の風見裕也が好きになった。苦労人だが自分の仕事はする、などと思っていた。

 風見裕也は原作には出てこない(後に逆輸入される)のだが、その時何となく、原作を再履修しようと買って読み直した。

 「これでひな人形の左右を覚えたし京風が逆だと知ったんだよな」とか「ベルモットとジョディ先生のエピソード好きだったな~」と昔を懐かしんで読んだ記憶はある。

 なぜそこから長野県警ひいては諸伏高明に転げ落ちたのかがまるで分からないし、全く記憶にない。

 長野県警の面々のこと自体は、薄ぼんやりと知っていた。諸伏高明よりも、先に登場した大和敢助、上原由衣の二人のほうが印象に残っていた。諸伏高明については、何となく髭の人いるな~程度だったと思う。

 確か、その時はまだ弟の存在が判明する前だったはずだ。弟はキャラとしては存在していたが、兄弟ではなかったはず。この辺りは曖昧だ。

 恐らくだがコナンを読み返す中で諸伏高明の初登場のエピソードをきちんと読んで「は?この人東大出てノンキャリ?冷静沈着で良く分からない言葉を使って自身の頭脳とデータしか信奉しませんみたいな顔して友人の為に進退を擲ってる!さらっと流されたが!しかも初恋?の人の本を大切に持っているって、花を供えに行くって……内に入れた人間に対して最高に情の人じゃないか!」などと思って興味を惹かれたのだろう。

 変わり者に弱く、一見冷静に見えて情の厚い、他がどう思おうと自分で決めたことを完遂する人間に弱いので、多分そうだ。

 暴力ではなく知性で先手を取り犯人を捕らえる、あるいは十分な人数を用意して捕らえる、といった在り方も好ましかった(アクションはコナンの醍醐味なので否定をしているわけではない)。

 幼馴染の大和敢助と仲良く喧嘩をしている様も、その実、彼に何かあれば即断即決で自身の出世などポンと投げ出すのも友情の一言で片付けるには重く、味わい深かった。

 これがガチ恋?リアコ?夢?なのか自分で良く分かっていない。そう名乗るには情熱が足りない気がしている。

 憧れ……というほど自分とは比較にならないし、このキャラに恥じない人生を!とも思えない。異次元過ぎて。自分の価値はそこまで高くない。

 とにかく好きなキャラクターだ。大変に好ましい在り方をしている。生き様が気になる。知れば知るほど幸せになれ!と願う。

 結果のめりこんでいった。

 原作で長野の幼馴染三人が和気藹々としてくれればいいし、亡くなった幼馴染で彼をモデルにした本の作者である彼女を大切に思い続けるのもいいし、推理ラブコメの名に恥じず、孔明でいうところの月英(奥さん)ポジションの方が出てきて幸せになるならそれでもOKです。とりあえず本人の望むまま生きてくれ!という感じだ。

 ちなみに私は諸事情で髭を整えている人への印象が良くなかった(髭の方すまない。今まで関わった人間のせいです)が、諸伏高明に改善させられてしまった。

 あれよあれよという間に長野県警全員が好きになり、原作を読みアニメを見るだけでは飽き足らず、二次創作を漁り(二次創作が分からない方はそのままで良い)、自分で書くなどもし、供給がないため長野に足を運んだ。

 勿論、長野に行ったところで彼らの限定グッズがあるとか、そんなことはない。いわゆる聖地巡礼というやつで、結論としては聖地関係なく長野県に嵌まった。

 二、三カ月に一回のペースで足を運んだ。

 金曜日の仕事を終えたら、ひとりその足で飛行機で東京行きに乗り、終電は終わっているので東京に一泊。土曜日の始発で長野に行き、日曜日に帰るということを繰り返した。

 家族の理解あっての強行軍である。本当に助けられた。

 別に作品への愛情の発露でも何でもない。

 今思うと、あの長野へ通った日々は、ある種の逃避だった。

 その時の私の仕事は、フルタイムで残業代は出ないが残業はたくさんあった。

 また、休日は朝から業務端末をチェックし、トラブルがあれば対応しなければいけない。

 休みにもかかってくる電話となれば緊急事態であり、取らないわけにもいかない。

 最悪の時は現場へ行かなければならないし、それは出勤扱いにも時間外労働にも加算されない。普通の休日として処理されるだけだ。

 この様に、休みでも何となく気が休まらない状況だった。

 なので地元に根を張るより、いっそどうあがいても早々には帰ってこれない土地に飛んでおけば、最悪のことが起きようと電話とPCのみで対応するだけ!と割り切ることができたのだ。

 見慣れない環境にいる自分は普段よりも無敵だった。

 好きな場所にいるというだけで、張り合いがあった。

 地元にいるよりも呼吸が深く、泥水の中から清流に移動した心地だった。

 何より、長野に行くということはそれなりに金額を要する。

 先に述べた通り、私の住まいからは飛行機+新幹線で向かう必要があり、往復料金とホテル代は軽く家賃である。

 そのようにお金を使う以上、身を粉にして働かなければならないと自分を鞭で叩いていた。

 ある種の自傷行為だったのかもしれない。

 ここだけ書くと長野行きがただの忙殺による散財だったように思われるかもしれないが、正直行かなければもっと早く潰れていただろうと思う。

 コナンに出てきた川中島の古戦場跡地や、県警本部のある県庁舎はもちろんのこと、善光寺の賑やかさや山門から眺める街並み、戸隠神社の杉並木、白馬の雪山、松本城の荘厳さと城下町、諏訪湖の眺めと諏訪大社に酒蔵巡り、蓼科の温泉宿、上高地の水の色彩とせせらぎの音、野沢温泉村の温泉巡りとスキー……定番だが間違いない蕎麦に日本酒、ワインや旬の素材を使ったレストランなど、どれをとっても美しく楽しい記憶が山ほどある。

 出会う人にも恵まれた旅で、日々考えることが仕事だけしか頭になかった人間は、確かに息を吹き返していた。

 長野にも行ったのだからと石川にも足を延ばし、なるべく能登産の物を買うという行動も、それまでの自分であれば実行できなかったと思う。

 とても楽しかった。

 好きなキャラクターを追って、同じ趣味の人と盛り上がり、旅行でストレスを発散する。

 人生で一番充実していた。

 しかしながら、それが続けられなくなった。
 
 直接的な要因は今も分からない。

 考えられるのは、大きなプロジェクトが終わったことだった。記憶さえ残らないような滅茶苦茶具合で、毎日終電後にタクシーで帰宅していた。

 結果として無事に終えたが、認められるわけでもなかったので、気が抜けたのかもしれない。

 積もり積もった結果というのが無難な気もするし、見栄を張っていた限界がきて怠惰が表出したのかもしれない。

 とにかく、私は会社を病欠することが増えた。

 原因は頭痛だったり嘔吐だったりめまいだったりした。

 一番はとにかくベッドから起き上がることができなかったからだ。体が動かなかった。そして眠れなくなった。

 水を飲みにいくことさえ億劫で、軽度な脱水症状らしきものに陥ったことは数えられない。

 もちろん食欲はなかった。
 動かずとも体重が40㎏に落ちていたのはさすがに衝撃だった。

 出勤してもPCの画面が揺れて三十分と集中できず、文章を読んでもまるで理解ができなかった。

 今でも後遺症があり、理解能力は健康状態の七割程度しかない。

 言うまでもなく、当時の生産能力は地に落ちていた。

 ここで本当に迷惑をかけたのは直属の上司と同僚であり、家族であり、友人たちである。
 
 今でもただただ申し訳なく思う。思ったところで当時かけた迷惑を拭えることは二度とできないのだが。

 こうなる以前からうっすらと実行する気のない希死念慮は持っていたのだが、当時はとにかく会社のエレベーターホールの窓の前を通り過ぎるたび、そこから飛び降りることを考えていた。トイレの窓もしかりだ。

 それなりの階数だったし、幸い(?)窓の下は低いビルの屋上で、人はいない。飛び降りたところで通行人を巻き込む心配がなかったのだ。

 でも地面と比べるとちょっと高低差が足りないかな、即死するというよりは痛みに嘆きながら誰にも見つからずにじわじわと死ぬのかな、失敗するのは避けたいよな、まぁどうせ自分でも馬鹿なことをしたと思うんだろうな、などと考えていたはずだ。

 だが成功するにせよ失敗するにせよ、発見した人の心的負担は免れない。片付けは大変そうだし、それこそ警察だって駆り出される。税金と労力の無駄をかけたくはない。

 それに、突然飛び降りたら会社に、少なくとも一緒に働いている人には迷惑だろう。

 という思考のルーティーンでなんとか衝動を抑えて過ごしていた。

 病欠時に家で死ななかったのも、いつだったか事件現場清掃人、特殊清掃などの本を読んだことがあったからだ。

 人間のご遺体の処理は、素人目に見てもやっぱり大変だ。

 どこまで現実に沿っているかはともかく、警察小説で遺体がひん剥かれて解剖されたり、検死されるのも読んでいて、死後のこととはいえ「何だかなぁ」などと感じていたのも生き延びようとした理由かもしれない。 

 人間、何でも読んでおくものである。

 その浅い生存理由が、ぷっつり切れるか否かの瀬戸際だったともいえる。

 振り返って、自分の努力が足りなかったと言ってしまえばそれまでだ。もっと耐え忍ぶことはできたのかもしれない。効率よく仕事をこなせれば、あるいは考え方を変えることができれば。

 もしも人間の努力や忍耐の平均値というものがあるのならば、私は努力や忍耐が平均よりも下だ。

 論理的な思考・機転が利く・鋭敏、そんな言葉とは縁遠く、生来優れた箇所はない。
 かといって懸命に努力を重ねるわけでもない。その時その時の場当たり的な対応で生きている。
 自分が劣っていると認めて、だから何をしても無駄なのだと、ずるずると怠惰を許してしまうのだから、全くもって会社からすると有用性はない。
 ほんのわずかにあったはずの、社会にとっての人間的な価値を自分から投げ捨てた、とんでもない屑だ。

 と、自分を酷評するのはここまでにしておく。客観的事実だとしてもだ。

 もしも同じ思考をしている人がいてこの文章を読んだ時に、この自虐はそのままその人を追い詰める刃になってしまうだろう。

 辛い思いをした方がいたら申し訳ない。

 SNSは、一見自虐のように見えて、努力している・あるいは諦めたくない・一歩踏み出そうとする他人を刺す言葉に満ちている。
 私も自虐をすることで、他人の人生を巻き込んで腐すような真似をする人間になりかけたと思う。
 今も、もしかしたらその癖は残っている。だからそうならないように注意したい。

 屑とか、生きている価値がないとか、そんなことはない。この手の思考から生き延びて朝を迎えたのだから。それだけで偉い。

 生きているだけで偉いとは、本当に責任感も何もない言葉だが、意外とそんな根拠のない言葉で命をつなぐこともあった。

 さきほどの鬱々とした言葉は当時の私の、ただの思考である。こんな無駄な人間は死のうとか。だが死ぬのにも迷惑をかけるなとか。

 別に誰かにそう言われた訳でもない。むしろ体調を気遣われてばかりだった。

 迷惑をかけたのは事実なので、内心は定かではないが、それでも言葉にせず優しさだけであたってくれた彼ら彼女らの心を勝手に負の方向に決めつけるのは、あまりにも愚かだ。

 今考えると自分の中で客観性らしきものを持とうとして、自分を虐待しているだけだ。

 こいつは今でもふとした時に心に差し込み、苛まれるが、もう常連になった。別に来てもいい。誰かにその不快をぶつけるわけでもないのだから。本音は来ないでほしいけど。

 接客業をしたことがある人は分かると思うのだが、悪意を持った迷惑な客(客ではないもの)も数をこなすと慣れてくる。すごく嫌だし二度と来るなと思うけれど。来るものは仕方がない。そのうち出禁にできるはずだ。

 話がとてつもなく脱線したが、そしてこれからも脱線し続けるのだが、一応最後には着地する予定なので安心してほしい。

 病欠を連発する中、原因を追究すべく、内科、脳神経外科、整形外科、婦人科、と病院を巡ったのだが原因はわからなかった。

 とある上役に心療内科を薦められて、何とか予約を取った。

 受診する旨を別の上役に伝えたところ「そういうところは行けば何かしら診断をするものだから」と言われた。

「そうですよね」と愛想笑いを返したと思う。

 事実かもしれない。耳に痛い正論だったのかもしれない。ただ、これはこれで刃となって私を苛んだ。口にした人間は三分で忘れているだろうことを。私は愚かにも引き摺っている。
 自分はただの詐病ではないかと自分でも疑い、ずっと考えていた。

 結果的に適応障害と自律神経失調症という、確かに「ありがち」と呼ばれそうな診断名で休職し、辞職した。
 
 以上である。

 この世の中、履いて捨ててもまだいくらでも転がっていそうな、実にベタなドロップアウトだ。

 実のところ私はそもそもフリーターからの(前向きに表現すれば)叩き上げで社員になったので、正道らしいものから外れたショックは人より薄めだった。

 元からメインストリームとは無縁の人生だったので「また外れたな」と思っていた。

 別にその程度で生きている奴はここにいるので、大抵の人間は生きていていいのではないかと思う。そもそも誰が生きていていいとか他人が決めることではないので断言はしないが。

 もしも、あなたが追い詰められたときにこんなやつも生きているのだからと、思い出して心の中で安心材料にでもなれば良い。

 犯罪を犯してもいなければ入院したわけでも、誰かを攻撃し傷つけたわけでも会社で泣いて喚いたわけでもない。淡々と、形は一身上の都合、円満退職である。

 ただ、苦手な仕事なりに愚痴も怒りもなく頑張っていたつもりだったけどな~まぁ会社にとって「つもり」とか数字にならんのは要らないよな~という諦めと自分は社会人にはなれないのだな、という失望はそこそこあった。

 ちなみに、辞めて八カ月くらい経った頃だろうか、ようやく「いや、しかしあの時のあれは明らかにおかしかった」(ここでは書けない以下略)という、どこにいたのか分からない怒りが間欠泉のように湧いて来たので、自分は頭の回転が悪いのだと思う。
 それを当時会社でぶちまけなかったのだから、血の巡りの悪さに感謝だ。

 会社以外の周囲(身内や友人)からは辞めたことについて報告したところ、「良かった」と心から安心された。

 さて、やってきたのは虚無である。

 この状態で次の職に就いたところで迷惑でしかない。とにかく治すのが先だと思った。

 療養といっても、薬を飲んで気を楽にして、眠れる様に生活を整える毎日だ。

 会社を辞める前もそうだが、辞めてからも娯楽に触れることは出来なかった。

 あんなにも好きだったものに手を触れる気力もなく、読んでも心が動かなかった。

 各SNSでは前向きな人格を演じてみていたが、それは「そこでくらい真っ当な人間でいたい」という見栄があった。

 大体が趣味で繋がったアカウントだからこそ憂いのない楽しい場にしたかった。

 これは幸運だが、フォロワーさんは良い人ばかりで、心優しい人ばかりに恵まれていた。
 彼ら彼女らの趣味の、そして日常の投稿に、間違いなく元気を頂いていた。
 自分の後ろ向きな発言で影を落とすより、架空でも愉快な気持ちでいたかった。

 大事なペルソナだったと思う。それがなければ思考回路のすべてが地の底に落ちていただろうから、文字や写真だけでも無理やり明るく振舞う社交的な場所もあってよかった。

 しかし空元気をもってしても趣味は何一つ楽しめそうになかった。四六時中頭が痛いとか吐き気がするとか体が動かないとか文字が読めない画面が見れない以前に「楽しんではいけない」という強烈な思い込みがあった。

 多くはないが貯金はあったので、それを切り崩し「どのようにじわじわ腐り落ちようか」くらいの心地だった。

 薬を飲みながら療養を続けて少し経ったころ、一応起き上がることは出来るようになって、ささやかな問題に直面した。

 実はコナンの映画の最速上映(公開日の0時から上映される)に参加する予定を、随分前に立てていたのだ。

 その年の映画に推しである長野県警が出ないことは分かっていたのだが、コナンに嵌まった者として、一度くらいは最速上映というものに参加してみたいと思っていた。

 勿論、田舎である地元で公開されるわけはないので、東京まで飛行機で飛び、宿泊する前提だ。

 予約した当時、先に述べた通り仕事で大きな案件を抱えて、それが映画公開前には終わっているので、いわゆる自分へのご褒美にもなるかと思っていた。

 映画を見て、ホテルに泊まり、夜が明けたら長野にも行くという、相変わらず無茶なスケジュールを立てていた。

 飛行機もホテルも随分前に予約し、料金も払った。

 しかし今は無職だ。

 どう考えても楽しんでいい道理がない。どうしたものか。

 迷った挙句、映画の座席が取れたら行く、取れなかったらキャンセルするという運に賭けた。判断能力も戻っていなかったので、サイコロを転がす他になかった。

 回線が混雑していたが、意外とすんなり席が取れた。これは空席を作るわけにはいかないという一念で、単身東京へ飛んだ。

 実のところ、出発直前まで自宅のベッドに転がり、悩みに悩んでいたが、田舎者にとってこの機会を逃せば二度目はないという可能性も理解していた。

 都会の方には来年もあるかもしれない。だが地方在住の自分には今年だけ!という特有の執念があった。

 そして映画館へ到着し、満席の中でふと暗澹たる気持ちに襲われた。

 本来は有休を活用して見る予定だったのに、仕事を辞めて、何もせず、ただ娯楽だけを享受するために飛行機で移動までして、何をしているんだろうか。

 本来この席に座るべきは、もっと日々努力を積み重ねている、純粋なファンであるべきでないか。

 こんな人間が封切の、せっかくの楽しい映画を見る資格などない。
 やっぱりチケットなど取らず、すべてをキャンセルして寝ておけばよかったのかもしれない。

 という、今思うと映画に失礼極まりない思考だった。人間はどこまでも自虐的になれますという証左です。ご査収ください。

 結論、映画は楽しかった。あの時見た映画が百万ドルの五稜郭(みちしるべ)で良かった。
 頭の端には申し訳なさが居座っていたが、それでも本が読めなくなって、娯楽全般で心が動かなくなっていた中で、ドキドキしながら活躍を見守り、感情の動きで少し汗ばんだのは、とてもよいストレス解消になった。

 そして来年(つまり2025年)の予告である。

 ファンではあるものの、長野県警が映画に出ることはあっても、予告に出るほどメインで扱われることはないと思い込んでいた。
 漆黒の追跡者(チェイサー)の都道府県警勢揃い、のような。
 出たとしても、そういう扱いだろうと。

 決して馬鹿にしていたわけでもない。大好きだからこそ、冷静にならなければと思っていたのだ。映画を見る層にとってはマニアックだから、数字が必要な以上、華やかなメインキャラで回すだろうなどと。

 だが、私の予想は全くの見当違いだった。

 「疾きこと風のごとく…私が風を吹かせて御覧に入れましょう」

 しばらく見ることもできなかったが、以前は繰り返し、何度も見ていた声が吹雪の闇の中に流れた。聞き間違えなかったし、聞き取ることができたことに驚いた。

 顔色を変えず、声も出さず、特に大きく反応もせず、淡々と席を立ち「最後凄かった……」「コルボー」「予告誰の声だっけ?」といった談笑の中を一人で進み、タクシーをアプリで呼び出して、ホテルに戻った。

 本当は声を出すとか、口を覆って喜ぶとか、何なら腰が抜けるとか、そういうリアクションをしてみたかった。

 喜びの出力は人によって違う。

 顔に出ないが浮遊感に包まれてホテルの椅子に腰かけて、天井を見上げた後スマホをいじった。

 とりあえず、ふせったーを使ってxに投稿した。喜びと動揺をこめて。本当はこの動揺を誰かと分かち合いたい。だが、長野県警好きを公言しているアカウントが、映画終了直後にふせったーの投稿を連発したら、それだけで何があったか察せられる。ネタバレだろう。まだ見ていない人も多いのだからと、一度で堪えたと思う。二度だったかも。

 入浴して、長野好きな人のふせったーを見た。大抵の人が動揺していた。夢ではなかったことを確かめて「ああ、来年まで死ねそうにない」と感極まってほんの少し泣いた。
 仕事を辞めて泣いたのは、というか、ここ数年で泣いたのが初めてだったかもしれない。

 ちなみにこれまで漫画や映像作品、小説で泣いたことはほぼないので、その意味でも衝撃だった。

 唯一記憶に残っているのは多感な頃に「アルジャーノンに花束を」の最後のページで泣いたことだけだ。

 ただ正直、喜びの涙というより「あと一年も人生を投げ出さずに生きないといけないのか」という絶望のような重み、しんどさも含んでいた。

 たかが映画で、と思われるだろう。

 当時の私にはこの先の人生の展望がなかった。人間と関わることが多すぎる仕事だった反動か、しばらくは人間の社会に関わる気力がなかった。それでいて社会で働く方々に羨望の眼差しを向けていた。

 積み上げていた貯金をついばみ、ほぼ横になり、その時の東京行きのように立てておいた予定だけをこなす為に惰性で生きていた。

 人生設計など見通せない。見通して絶望するほどの気力もない。いつ切れてもいいや、というのが救いでさえあった。

 その無気力で使えない体を引きずった状況で「あと一年後」に超高級なニンジンをぶら下げられた馬である。遠すぎた。

 楽しみだ。念願だ。お祝いだ。まさかと思った。嬉しい。本当に喜んでいるはずだ。

 だが一年も走らないといけない。こんなに先が見通せないのに。

 誰にも言わなかったが、こんなにも好きなものについて、純粋に歓喜できなかったことが情けなかった。

 結局その日はほぼ眠れず、日が昇り始めたころだったか、予約していた新幹線(始発)で長野に向かい、呆然と、長野県庁を詣でた。といっても外から見るだけなのだが。
 我ながらほぼ記憶がなく、スマホの写真も県庁舎以外にない。

 長野県の映画館でもう一度映画を見ることも考えたが、体が限界だったと思う。
 長野の空気を吸ったことに満足して早めにホテルにチェックインしたと思う。

 次の日に戸隠神社の奥社参道を歩きながら決めた。

「とりあえず、来年の映画を見るまでは生きよう」

 生き方は何でもいい。公開初日まで生き延びればいい。もちろん犯罪や公序良俗に反することはしない。自分の今ある貯金の範囲内で生きよう。社会からすれば落伍者でもいい。迷惑かけてないのに人様の人生に口出す奴はただ自分の人生に満足していないだけの変態だから気にしない。でも、眠れないのと頭痛と嘔吐は治そう。治してそれでも駄目なら、まぁそこまでだ。

 動きながらここまで詳細を決めたわけではないが、運動不足の体を引きずって石段を登りながら、これに近いことは決めていた。

 とにかくそんな開き直りのような決意とともに長野を後にした。次の予定はなかった。

 帰ってからは反動のように一度引きこもり、散歩を覚えて、引き続き療養に専念した。

 そしてしばらくしてとある学習へ舵を切った。

 先日無事に修了したが、身についたとはお世辞にも言えない有様だ。

 元々の理解力も乏しく、さらには先の繰り返しになるが、仕事を辞めた時の私は文章を読むことも出来なくなっており、日本語の理解そのものに苦しみ、記憶力も使い物にならなかった。

 ただ、当たり前に起きて、当たり前に通学し、一日を学習に費やすという日々は間違いなく社会復帰のリハビリにはなった。

 とはいえ体が一気に健康になるかといえばそんなことはない。

 全くない。

 相変わらず、毎日薬を飲まなければ眠れない日々を過ごしており、頭痛はまだ週二日で共存している。

 何のきっかけもなく「死にたい」「死ななければ」「遺品は少ないほうが遺された側が楽だからなるべく全部捨てよう」などと暴威のような衝動に襲われることもある。

 様々な要因で衝動を宥めることに成功はしているが、家族や友人らのことさえ考えられなくなるほど視野狭窄に追い詰められたときに「ああ、でもせめて来年の映画を見るまでは生きよう」というワードは随分と気を紛らわしてくれた。

 家族より娯楽かよと薄情にも見えるだろうが、後ろ向きで狭い考えというものは、家族や友人、その他大切な人のことを考えに考え抜いた結果として「どう考えても今後の為には自分は早めに死んでおいた方が彼ら彼女らの利益になるだろう」という結論を弾き出すことがある。バグである。

 その時は「来年の映画だけは自分の人生の出来不出来とは関係なく楽しみだから、それを生きて見届ける」という子供のような理由が、底に落ちない為の救命ブイになってくれた。

 そして何とか今日この日まで生きている。

 あと三か月と少し、努力は出来ないかもしれないが、生きることは頑張れるだろう。

 結論が長くなったが、これがタイトルの正体である。

 勿論、コナンと、長野県警と、諸伏高明と出会っていなければ自分が命を落としていたかといえば、そんなことはないだろう。

 なんだかんだと理由をつけて生き延びていたと思う。だが、ここまで回復していたかは定かではない。

 少なくとも激務の最中、長野に足を運び、呼吸をするように気を紛らわすことは覚えられなかっただろう。

 長野に行けたならば石川にもいける、なんて思えなかっただろう。

 退職後、とにかくあと一年は生きようと決めることもできなかったと思う。

 美しいものを沢山見ることができたきっかけがコナンであり、長野県警であり、諸伏高明であることはれっきとした事実だ。

 生みの親である青山先生。感謝の言葉しかありません。本当にどうか健やかにお過ごしいただければ幸いです。ありがとうございます。

 アニメについては、実は時折「もっとこうしてほしいなぁ」などと一視聴者として贅沢にも思ったりもする。

 しかしながら、スタッフの方々はただただ自分の仕事をしているのだし、そこには感謝しかない。

 自分にとって完璧な娯楽など存在しないので、うまく付き合っていこうと思う。

 諸伏高明の声を当ててくださっている速水奨さん、あなたが声という形で魂を宿らせ、魅力を引き出してくれたキャラクターのおかげです。ありがとうございます。

 コナンに関わる方の仕事で命が救われた。

 しかしここまで書いておいてなんだが、この言葉や思いは、いささか重過ぎる気がする。

 医師や看護師、救急救命士、消防警察自衛隊、介護や保育、その他インフラに関わる方であれば、事実として受け止められる台詞かもしれない。

 しかし一般的な仕事では、正直なかなかないのではと思う。

 エンタメではどうなのだろう。生憎エンタメを作り出す方が友人知人にいないので不勉強だ。

 本来は削らすにいてほしいが、きっと今でもどこかで命を削って作品を生み出している方はいるだろう。受け手がエンタメで命を救われることはある。

 しかし、仕事をして命を救われたと言われても重いのではないか。

 自分に置き換えると「え」となりそうだ。ただ仕事をしているだけで、他人の命を背負えるだろうか。

 もしかしたら言われ慣れてらっしゃるかもしれないが。

 たとえ事実であっても、相手が慣れていらっしゃろうと、自分の命の片棒を預けるようなことは口にできない。言う側だけが楽になる様な気がする。

 もちろん「助けられた」と伝えることが悪いわけではない。あくまでも私の感情の問題である。

 この作品があるから生きているとか、そうやって生死など天秤にかけず、吹けば飛ぶような軽い存在としてエンタメを心から楽しみ、応援をしたいと考えた。

 なので、ファンレターなどで御礼を伝える際は「いつも楽しんでいます。これからも応援しています。お体ご自愛下さい」だけに留められると思う。

 ファンとして重すぎて、とぐろを巻いた情念は、こうして怪文書としてネットの隅で形にできたから、もう大丈夫だろう。

 はじめに憑きもの落とし、と書いたのはこれだ。

 それを見るのが生きる目的で、それが終わったら何もないなんて、娯楽作品に傾けるにはあまりにも重すぎる思考を昇華させて、今度の映画をフラットに楽しみたかった。

 『好きなキャラクターが映画に登場する。どんな活躍が見れるのか楽しみだ』

 感受性が子供に戻るわけでもないが、子供の時のように素直に見ようと思う。

 2024年、娯楽を楽しむ資格はないと思いながら「ああ、来年の映画を見るまでは死ねそうにない」などと、陰鬱のまま舞い上がって涙を流すという情緒不安定さから、少しは回復した。

 見るまで死ねないという思いは確かに私をここまで持ち上げてくれた。
 それ自体は絶対に間違いではない。

 だが見終わった後も、もうそれで終わりにはならないと思う。

 今の目標は学生時代のように、文庫本を一気読みできるようになることだ。目指せ京極夏彦一気読みだ。

 とはいえいくら本を読めても、どんな映像作品を楽しんでも、諸伏高明をはじめとしたコナンに登場する人物のように、聡明で博学多才になることなど、私には不可能だ。

 いつまでも愚かであり、人生二回り遅れ程度の知性かもしれない。二度と過去のように本を読み、それを記憶することは出来ないのかもしれない。

 社会への貢献など夢のまた夢かもしれないが、貢献しなければい生きていけないなど恐ろしく冷たい理論だ。私は結局、また誰かと関わる仕事で、少しでも社会の歯車として働けると思う。

 とりあえずバイトで社会復帰しつつ、就活中である。

 
 別に借金をしたりはしないが、貯金を切り崩し細々と暮らしている身だ。

 映画が公開されても、例えば何十回と通いつめたり、出るグッズ全てを購入したり……といった、華やかな行動は出来ない。
 興行成績や経済効果への貢献はあまりできないと思う。もちろん、出来る人はやってほしい。この資本主義で作品の直接的かつ効果的な応援は、なんといってもやはり数字である。よろしくお願いします。

 私は私の人生を回そうと思うし、その範囲で応援する。どう転んでも、今年は最速上映には行けないだろうと思う。正直、最速上映はファンだけで構成されており、満員の映画館でありながらとても素晴らしいマナーの中映画を味わえるが、致し方ないことだ。

 複数回は見ることは確定しているが、果たして二桁いくかは謎だ。ランダムやトレーディング、くじといった商法には手を出さないだろうし、確定で手に入るグッズも、自分が大切にこの先五年は管理できる(眺められる)ものに限定すると思う。足るを知るというか、今自分にできることがそれだ。

 いつか自分が健康的に、そして経済的に落ち着いたときに、このお祭りに本気を出せなかったことを悔いるかもしれない。その時はその時で、できる形で応援しようと思う。

 そして、今自分ができる応援とは何だろうと考えたときに、思いついたのがこの、もはや何と呼ぶべきか分からない長文だった。長すぎて引く。脳みそ内臓売り出し!という怪奇文だ。

 こんなものは公開しなくてもヒットする!とてつもなく跳ねる!長野のファンが量産される!とは思うのだが、それでも微力を尽くしたかった。そしてこの情念をお炊き上げしたかった。

 これで(せめて前半で)映画に足を運ぶ人が一人でも増えればよいと思う。

 もっと軽やかに関心を惹くように紹介しろ!とは我ながら痛感している。こんな狂ったオタクを見にでも、劇場に来てほしい。

 何せ今回は長野県警はもちろん、眠りの小五郎こと小五郎のおっちゃんも大活躍。なんでも長野県警よりも出るそうだ。

 小五郎のおっちゃんが渋格好いい映画といえば水平線上の陰謀(ストラテジー)だ。普段コナンを見ない人にもこの映画のおっちゃんは格好良かったと評価されていた。思い出されて良いと言われる映画、理想的だ。

 大ヒットして、さらには何年後であっても、しみじみと評価される映画になればいいなと、一ファンは願っている。

追記

 言うまでもないが、私が回復したのは、ただ来年の映画を待ち望むことができたからではない。

 適切な医療に関わったこと、周囲の人々の理解と献身的な支え、さまざまな社会の福祉、それら全てが噛み合い、こうして何とか命を繋ぐことが出来た。

 もしも今、何らかの不調に悩まされている方がいたら、
 どうか病院に行くことを諦めないで欲しい。恐れないで欲しい。

 周囲の手助けを求められるならば求めていい。難しい場合は然るべき機関に助けを求めて欲しい。

 健康になって映画を観て頂けるならば、とてもありがたい。


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とのやま
気が向きましたら投げ入れて下さい。全て隻眼の残像を応援するための映画代として使わせて頂きます。