砂塵の彼方
クリスマスのある日
私は、翌日に控えたコンサートに胸を膨らませていた。
毎年恒例のクリスマスライブ。弦と歌声が響く、贅沢な時間。
ところが、ある一報が多くのファンに混乱をもたらした。
「梶浦由記退所 Kalafina解散」
スポーツ紙のそんな記事から始まった動揺は、瞬く間にネットの海に広がってしまった。
「解散するの? 好きだったのに残念」
「一度ライブ行ってみたかったのに」
「大好きだった!びっくり」
Kalafina解散というトレンド一位の言葉と、
そんな無責任な言葉が踊るタイムラインを眺めながら、明日のライブのことを、その先に決まっている10周年ライブのことを想った。
翌日のクリスマスライブ
1月の10周年ライブ
2月のジョイントコンサートと、梶浦さんの退所とそれに伴うファンクラブ解散に関する正式な通知
3月の対バンライブと、映画公開
4月のKeiko退所のお知らせ
ずっとずっと、夢ならいいのにと思っていた。
でも全部現実で決定したことで、この手の決定が覆ることはないと社会人になった私は痛いほど理解していて。
そんな遣り場のない痛みを抱えながら、梶浦由記さんのファンクラブ最期のライブに行った。
初日は最初から泣く。
二日目もほぼ一緒なのにまた最初から泣く。
前回のFictionJunction のライブには行けなかったから、私にとっては3年ぶりの梶浦さんのライブで、懐かしさや変わらない安堵感、どうしても変わってしまった部分への悼み。
それでも美しい旋律を奏でる歌姫達と、ミュージシャンの人たち、楽しそうにピアノを弾く梶浦さんの姿に「来てよかった」と心から思った。
私が梶浦さんと出会った「ツバサ・クロニクル」を主に担当している伊東えりさんは大阪と千秋楽だけだったから、特に千秋楽は這ってでも行こうと思いながら、バッティングした予定を詰めて猛暑の中走った。
そして、奇跡をみた。
Dream Portーー夢の港
梶浦さんとRevoさんが10年前にやった奇跡のコラボ。
当時まだ中学生で「ライブに行く」という発想自体がなかった頃にあった夢の時間
KalafinaがはじめてKalafinaとして舞台に立った、始まりのイベント
5年前の20周年記念ライブでも実現しなかったものが、まさか今このタイミングで再演されるなんて、思ってもいなかった。
アンコールでまさかの全員登場で、おもむろに是永さんがアコースティックギターを手に取った瞬間混乱して思わず隣にいた友人に縋って、爪を立てたことに怒られて、息を詰めて肘掛を握りイントロからあの語りに至って確信を得て、思わず呻き声をあげた。
それは間違いなく、いつか聴きたいと願ってそして叶わない願いと諦めていた『砂塵の彼方へ…』だった。
察した人たちで浮き足立つ会場の中、さらにサングラスをした男性が現れて、会場が叫び声に包まれる。
歓声というより叫びだった。それなりの人数が混乱と狂喜のままほぼ反射的に立ち上がって、そのまま座った。
10年ぶりの共演
もうやることはないだろうと殆どの人が諦めていたあの曲が、いま演奏されている。
私も、友人も、隣に座っていた見知らぬ女性も、近くに座っていた顔も見えない誰かも
少なくない人たちが、色々な思いを抱きながら泣いていた。
私は、いつか聴きたいと思っていた曲の再演を観ることができた喜びと
始まりの再演にあの二人がいない。そのどうしようもない悲しさと
今のこのタイミングでこの曲を、Revoさんが歌いに来てくださったこと
三重の意味で涙が止まらなかった。
ーー風を超えて 遠い岸辺へ心は行けるのだろう 遠くさざめく永遠の音楽が僕等を招くから……
砂を超えて遠い岸辺で僕等は出会うだろう
あの日重ねた歌声をこの胸に
砂塵の彼方へーー
あの寒いクリスマスから半年とすこし。
季節は半周して、茹だるような暑さの季節になって
それでもまだ傷は癒えずにいる。
きっと、大人だから思っていることの全部を言えない人もたくさんいて
社会人だから出来ないこともたくさんあって
でも、それでも私たちは
あの日重ねた歌声を胸に、 砂塵の彼方で再び出会えた
それだけで十分だと思った。
その事実だけで、救われた。
あの日見た光景を
客席から見た揺れる沢山の手を、その向こうで音楽を奏でる人たちのことを、私はきっと一生忘れない。
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