偶然とは
小田和正さんの代表曲、「ラブ・ストーリーは突然に」のように、日常の中に潜んでいたりする。
「あの日あの時あの場所で君に会えなかったら僕等はいつまでも見知らぬ2人のまま」なのだ。時代は変わり、いつでも逢いたい人には自分から逢いに行ける時代が来た。
文通より電話、電話よりメール、メールよりLINE、LINEよりなんならSNSのコメント欄に書き込んだ方が早くコンタクトとれる人もいる。しかし手軽さとは逆に私たちが失ったものはなんだろうか。
わたしは「偶然性」なのではないかと思う。
もちろん、通信環境さえあれば、出逢いのきっかけから派生して繋がりも作れるだろう。逢いたいと思えば、相手の許可さえあれば逢いに行けるし、やりとりだって簡単にできる時代だ。何か物事を始めるにしても、誰かと出逢うにしても、その場所に行けばことが進み、何かきっかけを得るだろう。それが必然だからだ。
でも、そんな時代だからこそ、私たちは「必然的な日常」の中に潜む「偶然」を探してるのかもしれない。
ウエディングの仕事で携わった新郎の父がいつもyoutubeで観てる自分の好きな人だった。
話が弾んだ人が、たまたま自分が移住したい場所で生まれ育った人だった。
待ち合わせで遅れた人を待ってる間寄った場所で、人生観を変えるような写真集に出会った。
自分を変えようと行ったハローワークで出会った人が、今後の親友になった。
目的を持たず、意図せずして起こった予想外な展開。心が自然体でいるときに生まれた奇跡。
しかし、この偶然を引き起こしてるのがもしも、必然だったとしたら。偶然とは一体なんだろう。
思い続ければ叶うといったもので、思うことをやめなければ必然となり、偶然はただの偶然ではなくなる。突然であるのかもしれないけど、そこからラブストーリーが始まるかもしれなければ、苦しい道が始まるかもしれなければ、日常を変えるような刺激に満ちたストーリーの始まりかもしれない。
いずれにしても偶然があるからこそ、その余白は人を生き生きとさせる。必然しかないストーリーの中で生きるのは、中身を知ってるサプライズと同じくらい味気ないものかもしれない。