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アピアランスケア専門の医師が心がけていること

2023年のがん罹患数予測によると、日本国内で年間1,033,880人ががんに罹患していることがわかっています。

1年間に100万人を超える方々が
何らかの、がん治療を開始していらっしゃるのです。
がん治療の数と同じ数の、アピアランスの変化があると思います。
100万通りのがん治療に、100万通りのアピアランスのお悩みがあると思います。

がんにかかりたくてかかる人なんていません。
でも、私のクリニックにおいでになる方々をはじめ、ほとんどの方が、がん治療に一生懸命取り組んで、がんと共に生きていらっしゃる、前向きな方ばかり。

ひとりでも多くの方の、アピアランスのお悩みを解決するためには

  • がんとがん治療に関する正しい知識

  • アピアランス改善のための適切な医療的介入

このふたつは最低限必要であると常々思っております。

今日はこのひとつめの
「がんとがん治療に関する正しい知識」
について、考えてみました。

アピアランスケアを必要とするがん患者さまのお悩みには
明確な原因があります。
がん罹患、そしてがん治療です。
これさえなければ、私の大切な患者さまには、こんなにもアピアランスの変化はなかったはず。

私もそうですが、何だかよくわからない、予測不能な辛いことって、本当に受け入れ難いですが
辛さの原因や、今後の見通しなど、概ねわかれば、少しは、やり過ごせるお気持ちになるのではないでしょうか。

患者さまはがんとがん治療によって心身ともに疲弊していらっしゃいます。
頑張ってください、なんて安易なお声掛けは控えてしまうほど、とっくに、頑張っていらっしゃるのです。

そんな患者さまのお悩みを解決する (あくまで) ひとつの糸口として、私が心がけているのは、いつものがん治療の場面やご家族との語らいの中などでは得られないような、専門性の高いアピアランスケアとしてのカウンセリングです。

例えば・・・
なぜ抗がん剤は、髪の毛などの脱毛をきたしてしまうのか。

「毛根など、入れ替わりの多い細胞の動きはがん細胞に似ているから、抗がん剤ががん細胞と認識してやっつけてしまう」
こういう説明の仕方もあるでしょう。

抗がん剤で (治療の種類としては化学療法といいます) 髪の毛などの脱毛が起きてしまうことを
化学療法誘発性脱毛症 (chemotherapy-induced alopecia ; CIA) といいます。
私自身、おぐしに関して「抜ける」とか「ハゲる」とか「薄い」とかそういう言葉遣いがとても嫌いなので、患者さまにもよくご説明して、CIAという言葉を用いるようにしています。
CIAは頭髪のみならず、眉毛、睫毛、そのほかの体毛全てに起こります。

抗トポイソメラーゼ薬 アルキル化薬 微小管阻害薬 代謝拮抗薬
といった種類の抗がん剤で、CIAが生じますが、CIAは

「化学療法から18.0日で開始し、治療終了から3.4月で再発毛」

Watanabe T, et al. A multicenter survey of temporal changes in chemotherapy-induced hair loss in breast cancer patients. PLoS One. 2019 Jan 9;14:e0208118.

という報告もあります。

21世紀初頭、CIAに関する分子生物学的な機序の解明が進み始めました。

Fas Signaling Is Involved in the Control of Hair Follicle Response to Chemotherapy

Cancer Res (2004) 64 (17): 6266–6270.

A Guide to Assessing Damage Response Pathways of the Hair Follicle: Lessons From Cyclophosphamide-Induced Alopecia in Mice

J Invest Dermatol Volume 125 Issue 1 Pages 42-51 (July 2005)

がん細胞は、その性質上、自動的にはアポトーシス(apoptosis ; プログラムされた細胞死)には至らないので、どんどん増殖してその領域を広げていくという特徴を持っています。
その動きを阻害するための抗がん剤のうち、いわゆる殺細胞性抗癌薬といわれる種類のものは、わかりやすくいうと、患者さまの全身を巡りながら、アポトーシスのスイッチを細胞に置いていく、という作用を以て、他の細胞も含め (←これが厄介ですよね) がん細胞をアポトーシスに導くことで、やっつけていくわけです。

こうしてCIAの機序のひとつとして
毛乳頭周囲の毛包細胞に発現したFasとFas ligandを介したp53依存性のアポトーシス

が説明されると思います。

そのほかにも

The α-Lipoic Acid Derivative Sodium Zinc Dihydrolipoylhistidinate Reduces Chemotherapy-Induced Alopecia in a Rat Model : A Pilot Study

Surgery today : the Japanese journal of surgery 41 (5), 693-397, 2011-05-01

こちらのグループは、毛乳頭細胞において抗がん剤による強い炎症が起きていること、また、抗酸化作用がアポトーシスを抑制する可能性があることを突き止め、抗炎症作用と抗酸化作用を併せ持つ、αリポ酸誘導体を注入したCIAモデルラットにおいて、CIAが軽度であったと報告しています。

これらは、CIAに関する非常にベーシックなお話ですが
おぐしのCIAに悩み、私のアピアランスケアを受けにおいでくださる方々はこれらの説明のあと、大変示唆に富んだお言葉を私にくださいます。

「EC療法の前後に心臓のエコーをするのはこういうわけですね」
「爪が割れやすくなったりするのも似たような理由でしょうか」
「これも抗がん剤の効き目の一部分という気がしてきました。原因がわかると、頑張って対処してみようという気持ちになりますね」

当然ながら、当事者でいらっしゃるがん患者さまは、私の説明を自分ごととして本気で聴いてくださいます。そのご理解のスピードと深さにいつも敬服しきりです。
私ももっともっと、専門性を高めていかなくちゃ。

昨今のがん治療は、新薬の開発、新規の治療法のエビデンスの蓄積などで進化を遂げ、その治療成績は著しく向上しています。
がん治療を行う理由は
がん細胞によって、患者さまの人生が短縮したり、社会生活を楽しむ機会が減ったりしないためなのですが
そのためにCIAを我慢しないといけない、という辛さは
これまで、長きにわたって、命と引き換えにやむを得ないものと考えられてきました。

がん治療において、まだまだ、殺細胞性抗癌薬は必要な薬剤です。
なかなか、その効果に取って代わるほどの治療法はまだありません。

現在、頭皮冷却療法など、CIAの予防並びに再発毛促進を目した新しいデバイスの使用もどんどん広がっています。

いつか、殺細胞性抗癌薬が、がん治療の場面からそっと退場するような日を待ちながら、それまで専門性の高いアピアランスケアで、患者さまのサポートを続けていこうと思っています。

次回は、ふたつめの、アピアランス改善のための適切な医療的介入というところで、CIAに対して私が行なっている再発毛促進治療の具体的なことをお伝えしてみようと思います。

長くなってしまいました。
ここまでお読みくださってありがとうございます!


がんと共に生きるあなたに、あなたらしい美しさを。

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