まだまだ「ソンジェ背負って走れ」に夢中(撮影地まとめあり)
「朝、起きるためには夢を見なければならない」
「アパートの鍵貸します」「お熱いのがお好き」「あなただけ今晩は」の監督ビリー・ワイルダーの言葉だ。
「ソンジェ背負って走れ」はケーブルテレビtvNの月火放送のドラマで、週始めの憂鬱な月曜を心待ちにさせるときめきカンフル剤になったことで「月曜病治療薬」と呼ばれた。私たちには夢が必要なのだ。
「ソンジェ背負って走れ」が印象的だった理由はいくつもあるが、最大のひとつは、潤沢な予算が用意され、スター監督、スター俳優、スター作家がラインナップされた作品ではなかったことだ。
これはMBCの「恋人」、coupang playの「少年時代」にも思ったが、ニッチなプラットフォームからヒットが出るのは最近の傾向でもあると思う。
もうひとつ印象的だったのは、ドラマ視聴という枠を超えたところにまで話題性が波及したことだった。
10年選手の俳優ピョン・ウソクが一晩でスターになった瞬間をこの作品で見たし、彼が歌うOSTは今もチャートを賑わせている。
テレビやYouTubeのトークショーも賑わった。
「ユクイズオンザブロック」、キム・ヘユンと一緒に「サロンドリップ2」、終演後にピョン・ウソクは友人でもあるGirl's Dayのメンバーで「応答せよ1988」で主人公トクソンを演じたヘリの「혤's club」にも出た。
盛り上がっているところにさらに拍車が掛かった。
出演陣が最終回を視聴者と劇場で観る「最終回団体観覧イベント」の申し込みもアツかった。
終演後には監督や脚本家のインタビュー記事も出た。
特にドラマの脚本家が放映直後にインタビューに応じ作品の詳細を語ることは珍しいので、作品の裏側を垣間見ることができてとても面白かった。
作品から感じ取れる製作陣の「楽しんでもらいたい」というサービス精神は、こんなところにも現れていた。
日本のドラマ界では不幸なことが起きてしまったばかりだ。
何かと比べられる韓国ドラマだが、その製作システムの違いにより簡単には真似できないかもしれない。しかしどこまでも視聴者を楽しませようとする表現者のスピリットからは何かを得られるのではないかと思う。
未公開映像をまとめておいた。気になる撮影地も列記した。グッズのオンライン販売も始まる。
ひとつのドラマがもたらす周辺への波及効果は今までもあったが、今後はその部分まで含めて戦略的に企画製作されていく作品が増えるだろう芽を感じた。
「ソンジェ背負って走れ」のヒットの裏側を、供給された沢山のコンテンツをドラマを振り返りながら反芻してみる。
製作会社代表の一言から始まった
「ソンジェ背負って走れ」を作った製作会社の名前は「BON FACTORY/본팩토리」だが、ソルが働く映画製作会社の名前はその製作会社とそっくりの名前「BON CINEMA」だ。
こんなところにも遊び心が溢れているのがこの作品の楽しいところだ。
ユン・ジョンホ監督によると、「BON FACTORY」は名前のある監督、脚本家、俳優でたくさんのドラマを作ってきたが、今回はそうじゃないものを作ろうという製作会社の代表の一言から始まったと言っている。
なるほど同社の過去作を見ると「イケメンですね」「最高の愛」「主君の太陽」「キム秘書はいったい、なぜ?」「ボーイフレンド」「メランコリア」「マスクガール」など早々たる作品群だ。
製作会社の代表の提案の真意はわからない。
でも最近の韓国ドラマ製作における問題のひとつは、俳優の出演料高騰だ。 「涙の女王」のキム・スヒョンの出演料は製作費の1/3と報じられた(キム・スヒョンは否定している)。「イカゲーム2」のイ・ジョンジェのそれは1話あたり13億₩とも言われている。
「賢い医師生活」のジュンワン先生ことチョン·ギョンホは、ナ・ヨンソクPDのYouTube番組「出張十五夜」で「次回作がボツった。最近、6,7本の作品がボツった。台本が良かったのに残念」と言っていた。
その「賢い医師生活」や「応答せよ」シリーズを演出したシン・ウォノ監督は「良い監督、脚本家、俳優で決まっていたのにボツる場合が多い」と話していた。その位、現在のドラマ製作の現場は厳しい。
ドラマの主戦場が地上波テレビからケーブルテレビに移っていく過程で俳優確保の激しい競争が起きたこと、NETFLIXが韓国市場に本格的に投資し参入したことで、トップスターの出演料は高騰したと言われる。
製作される作品数が減るとキャスティング競争はますます激しくなり、トップスターも生き残りが厳しく、主演でなくても出演すると望む俳優も出てくる。新人俳優はなおさら競争は激しくなり、オーディションの数も減ったようだ。
そうやって「ソンジェ背負って走れ」は、監督も脚本家も俳優たちも決してトップスターではない人たちが集められて作られた。
これは厳しいドラマ製作状況を打破するひとつのチャレンジだったかもしれない。そしてそれは結果として大成功した。
★撮影地1/WE STAN CAFE(위스탠커피)
1話ではソルは採用試験に落ち、その後、過去と行ったり来たりするうちに状況は大きく変わり、ソルはこの映画製作会社で映画製作に挑戦することになる。
キム・ヘユンは建国大学卒業時の卒業制作で、自分でシナリオから書いた短編映画を制作している。劇中のソルはキム・ヘユンでもあったのだ。
お前はオレの星☆だ〜〜〜!
そういうわけで、このドラマにトップスターは出演していない。
ソル役は映画「ブルドーザー少女」のキム・ヘユンの演技を観た作家が彼女を念頭に置いて書いたというだけあって、ソルを演じられるのはキム・ヘユン以外には考えられない完璧なシンクロ率だ。
作家はソルが重要なキャラクターだと考えていて、キム・ヘユンが出演を承知してくれた時には「本当にソルになってくれるの?とBON FACTORYの代表に電話して、やった!と叫んだ。ヘユン、ソルこそ、運命のようにやって来てくれたのではないか」と話している。
ソンジェ役はどうだったのか。
企画から撮影まで3年という時間が掛かり台本も色々な俳優を巡ったとピョン・ウソクが「ユクイズ」で明かしていた。
ソンジェ役のキャスティングに難航したように思っていたが、イ・シウン作家は「難航したというより、水泳選手、高校生、大学生、30代の演技をしなければならなかったが、適当な俳優がいなかった。断られたのではない。イメージに合う俳優がいなかった」と言っている。
その後、NETFLIXオリジナル映画「20世紀のキミ」を観た作家は、高校生役で出演しているピョン・ウソクを観て「こんなイメージの俳優が良い。どうして気付かなかったのか」と思ったのと同時期に、ピョン・ウソクが台本を読みソンジェ役に関心を持っていたというのだ。
「初めてのミーティングでピョン・ウソクが入って来た時、ソンジェが歩いてきたと思った。スロー映像になった。私の頭の中のソンジェが歩いてくる!」と思ったと話している。
脚本家がシナリオに書くもの全てには脚本家の強いイメージがあるものだろうが、脚本家が書いた豊かな想像が詰まった台本を信じ、製作陣が一体になって台本を具現化しようとした粘り強さの賜物のように感じる。
ドラマに俳優というマーケットの中で格付けされたスターはマストではない、作品イメージに合った俳優がいれば良いと思わせる話だ。
そしてそのドラマの中のスターが、ドラマから飛び出し本当にスターになったというのがこの「ソンジェ背負って走れ」というドラマにもうひとつの輝かしい物語を付与している。
視聴者にとっての「気が狂いそうなスター☆」がいればそれで十分なのだ。
★撮影地2/汝矣島イークルーズ(여의도 이크루즈)
漢江のクルーズ船を借り切ってプロポーズの舞台を作っても、そのサプライズをソルに読まれてしまうソンジェ(笑)。告白のタイミングもプロポーズのタイミングもいつも逃してしまうソンジェったら、だめねえ。
スターは自分自身のステージでは不器用なのかもしれない。
「汝矣島イークルーズ」は、ディナークルーズの他に昼のアフタヌーンティクルーズや、夕方のサンセットクルーズなど様々なコースがあり、毎週金曜の夜には花火も楽しめる。予約サイト→
再び会いたい気持ちを叶えてくれる未公開映像
会いたい気持ちは劇中の2人だけじゃない。観ているほうも邪魔はしないから2人に会いたい。
韓国ドラマはメイキングやビハインド映像を必ず用意してくれる。
それらは劇の中の別の側面を観せてくれるし、演技する俳優の顔も知ることができる。
「ソンジェ背負って走れ」は珍しいことに、放送中に「未公開映像」をいくつか公開してくれた。
(字幕が無いとわかりにくいものは字幕をつけました)
◉3話未公開「ピョン・ウソク♡キム・ヘユンのしりとりで食事を賭ける!(カワイイ子たち…食事代はtvNじゃダメかな?)
◉4話未公開「愛の定義=ゆっくり寝てほしいという思い💙ソルソンジェにハマるトラップ」
◉5話未公開「“見る目がないな!!! ”ソン·ゴニ(テソン)の長所を語るキム·ヘユンの前で平常心を失ったピョン・ウソク www
◉5話未公開「種を咥えてくるなというピョン・ウソクの言葉にタイムカプセル🥚を持ってきた超キュートなツバメのキム·ヘユン💛」
◉6話未公開「スボムたちの笑みが止まらないお子ちゃまピョン・ウソク♡キム・ヘユンㅠㅠ(利用された自習室)」
「スボム/수범」とは「ソンジェ背負って走れ」のファンダムの名前で、「ソルソンスボム/솔선수범/率先垂範」という熟語から来ている。意味は「人の先頭に立って行動し人の模範となること」。
ソンジェが書き残したメモには「ごはんを食べに行こう」と書いてある。
◉6話未公開「その時、私たちは“ソルソンジェ”に夢中でした···☆★ピョン・ウソク❤キム·ヘユンを囲んで回るスボムたち募集(?)」
★撮影地3/サムキョホ遊園地(挿橋湖遊園地/삽교호 놀이동산)
13話でソルがお父さんとの思い出の場所にソンジェを連れて行くのがこの遊園地。
ソウルからバスで1時間30分ほどの忠清南道唐津市にあるレトロな雰囲気満載のサムキョホ遊園地。ドラマやミュージックビデオの撮影が多く行われ、最近はJTBCドラマ「秘密はない」6話にも出てきた。
海沿いの町には、水族館があったり魚介類を食べさせてくれる店もたくさんありソウルから日帰りができる。
空高く舞い上がる視聴率以外の数字
放送中からそして終演してもなお未だに、こんなに話題性を持続している作品が今まであっただろうか。
「ソンジェ背負って走れ」は決して有利なスタートではなかった。
●放送日の月曜、火曜は週始めもあり視聴率が出にくい
●スター俳優、スター監督、スター脚本家の不在
●タイムスリップものは反響を呼ぶのは難しい
以上は一般によく言われているが、それだけでなくこのドラマは当初、SHINeeの故ジョンヒョンファンからの反発も買っていた。
初放送日がジョンヒョンの誕生日であり、ソンジェが突然亡くなりソルがタイムスリップする2008年が、SHINeeのデビューの年であることが問題だった。tvNは編成もドラマの内容も偶然だと対応している。
(他に途中で監督が交代して再撮影されたシーンもあるとの話もあり、それを匂わす画像もちらほら見かけるが公式には言及されていない)
ところが1、2話(2024年4月8、9日)放送直後、「ソンジェ背負って走れ」は各種SNSのリアルタイムトレンドに挙がる。
またドラマに挿入されたOSTと劇伴(挿入曲)が、音源プラットフォームメロンの人気検索語上位を占めた。
2週目は、ドラマの後半に入り視聴率上昇を続ける同じくtvNの金曜土曜ドラマ「涙の女王」(2024年3月9日~4月28日放送)が持っていた話題性1位の後を追いかけて2位につけた。NETFLIXで配信されない月火ドラマが!?である。
話題性を見るグッドデータコーポレーションのプラットフォームインデックスによると「ソンジェ背負って走れ」は、5月4週目TV-OTTドラマ話題性調査結果で4週連続1位、「ピョン・ウソク」と「キム・ヘユン」の名前はTV-OTT出演者総合話題性調査で4週連続1位と2位になっている。
また2024年5月の韓国のOTTサービスTVINGの日毎視聴時間(1日の総視聴時間)が業界1位のNETFLIXを超えたと報じられた。
超えたのは5月28日の「ソンジェ背負って走れ」の最終回の日でもあり、KBO野球中継の日でもあった。
「涙の女王」が終演してからは独走状態だった。月火ドラマが!?である。
チャン・ドヨンは自身のYouTube番組「サロンドリップ2」でピョン・ウソクとキム・ヘユンがゲストに来た時に、話題の凄さを実感していない主演2人にその話題の大きさを、「砂時計級だよ!」と言っている。
往年の名作ドラマ「砂時計」(1995年SBS放映)は町から人がいなくなったと言われている。
海外の反応はどうだったろうか。
この作品はNETFLIXでの同時配信は行われなかった。
OTT楽天Vikiは配信6週目で、130カ国1位、米国を含む109カ国で6週連続1位を記録している(5月23日時点)。
日本のOTTであるU-NEXT(ユーネクスト)では、ドラマ全体及び韓流・アジアカテゴリーで視聴数1位、台湾iQIYIではドラマランキング1位、世界最大のコンテンツレビューサイトIMDbでは評価9.1点を出している。
音源チャートも反応した。
主演のピョン・ウソクが劇中バンドECLIPSEとしてOST15曲中5曲を歌ってしっかり聴かせてくれるがこのドラマの驚きと魅力だ(過去に「メリは外泊中」で劇中バンドのボーカル、チャン・グンソクがOST23曲中4曲を歌った)。
OSTのECLIPSE「シャワー/Sudden Shower(소나기)」がメロン日刊
チャート305位から3位まで上がり、6月8日にはBIllboard内のグローバルチャート200に199位に入ってきた。
2話で挿入されたキム・ヒョンジュンの名曲「そうだったみたい/그랬나 봐」は、「応答せよ1988」で使われたイ・ムンセの名曲「少女」(OHHYUK(オヒョク)がカバーした)のようにドラマ全般に印象的に使われたが、2話以降はOSTとして韓国のロックバンドN.Flyingのユ・フェスンがカバーしたバージョンが流れ、こちらも上位圏に名前を挙げている。
放送人の中では、OTT時代は視聴率は重要ではないと言われていたが、ここまで他のデータと視聴率が乖離する作品はなかったし、視聴率が高ければ話題性もついてくるという認識は壊れたと言われ始めている。
視聴率が高くても話題性がついてこない作品も容易に見つけられるというのだ。
周辺波及は止まらない。
連日行列ができたポップアップストアのグッズ販売、そのグッズのオンライン予約販売が10日から始まった。
台本集(シナリオ)もまた予約販売が開始され、予約だけでベストセラー1位を記録している。
『妻がここ2ヶ月ずっとスマホに張り付いている。オンライン販売されたものは海外でも受け取れるのかと聞かれたので何かと思ったら「ソンジェ背負って走れ」のグッズが欲しいと言う。サプライズで買ってあげようと思う』という海外住みの韓国人と思われる方の微笑ましいコメントを見かけた。
話題性の高さは周辺波及効果を次々に起こす。
このドラマがここまでになったのは、話題性、波及力が高いターゲット層へのアプローチ戦略が成功したと言われている。
製作費の1/3がスター俳優の出演費とも言われる昨今、製作陣たちがスター起用に拘らず納得するものを作ってきたことの結実という気がするが、コンテンツの消費のありようが変わる先例のように見える。
ところでこのドラマの製作費は、1話10億₩前後、16話で200億₩に満たないらしい。 (NETFLIX「京城クリーチャー」は700億₩、Disney+「ムービング」は650億₩、「サムシクおじさん」は400億₩。いずれも大スターが勢揃いだ)
これから叩き出していく「ソンジェ背負って走れ」が巻き起こした経済効果の数字が見てみたいものだ。多分、高校時代の撮影が行われた水原はソウルからも近いので、スボムがたくさん訪れるようになるはずだ。
ちなみにマルジャおばあちゃんを演じたソン・ビョンスク俳優は「台本を読んだ時にヒットすると思った」と言っている。
結局そこなのだ。作品性なのだ。
さすが!未来が読めるマルジャおばあちゃん。
★撮影地4/アヤジン海水浴場(我也津海水浴場/아야진 해수욕)
12話で音楽を止めると言い出したイニョクを追ってソル、ソンジェ、テソンがやって来たのがイニョクの故郷の海辺の町で、撮影地はアヤジン海水浴場だ。
江原道の束草(ソクチョ)の北に位置する高城(コソン)にある海水浴場で「サイコだけど大丈夫」の撮影地でもある。
ソウルから高速バスで約3時間、途中市内バスに乗り換えて約1時間だ。
韓国の江陵(KTXで2時間)を中心とした東海岸はロケ地のメッカで、江陵の注文津海岸は「トッケビ」、束草の海水浴場は「ボーイフレンド」の撮影が行われたところ。
江陵まではKTXが通っているので江陵まで行き、そこを起点としてバスで移動するというのもありかも。江陵には一度訪れたが、まだまだ懐かしい風景が残っているのと、美味しい水産物と意外なことにオシャレなカフェが多い。ソウルに飽きたら行きたい地方候補のひとつ。
原作とドラマはお互いを生かす
昨今の韓国ドラマはウェブトゥーン(コミック)原作がとても多いが、
「ソンジェ背負って走れ」の原作は、作家キム・パンの「明日の推し」(2021年9月から連載)というウェブ小説だ。ウェブトゥーンではない。
◉アイドルの話が中心の原作との違い
原作とドラマの違いを比べると、イ・シウン作家は原作の基本設定は維持しながら細部を変えてかなりの肉付けをしているのがわかる。
原作の主人公は23歳から18歳まで6年間のタイムスリップをするが、ドラマは34歳から18歳(2008年)までの15年間を行き来する。
原作のソルは就活中だが、ドラマでは事故で下半身が不自由になり、映画監督の夢を封印して動画編集の仕事をしている。
原作ではソンジェは水泳選手であったことはなくアイドル練習生でバンド名も「じゃがいもチヂミ/감자전」(まじか!)だ。
ソンジェの恋敵キム・テソンはドラマで作られたキャラクター。
原作ではソンジェの両親はカムジャタン屋をやっていて、ソルの父も健在で母は専業主婦…など
◉付き合うのはテソン、結婚はソンジェ
監督はじめイ・シウン作家の終演後のインタビューを読むと、面白かった理由はやはり仕掛けられていたのだなとわかる。
オタクとアイドルの話が中心の原作に、主人公2人がお互いに助け合うというもうひとつの柱を設定し、ストーリーを膨らませている。
タイムスリップの期間が長くなったことにより、2人の関係性がより深く描かれているし、 序盤ソルの足が不自由と設定したことで、過去でまだ足が不自由でないソルを追うヨンスの存在が緊張を高める。
OSTや挿入歌もうまかった。
「シャワー/소나기」は2人の関係性だけでなく、インディーズからアイドルに変遷していく過程にうまく寄り添うように使われて印象に残る楽曲になったし、昔話をベースにしてタイムカプセルに時計を仕込む工夫も巧みだった。
イ・シウン作家の脚色の思い切りの良さと細やかなディテール表現は鮮やかだし、ユン・ジョノ監督がロマンスシーンを担当、キム・テヨプ監督がコメディシーンを担当としたのも功を奏している。
そしてなんと言っても、32歳のピョン・ウソクと27歳のキム・ヘユンが高校生から30代を全く違和感なく演じたのが素晴らしい。
(追記:高校生から大人まで、水泳から歌唱まで、メロからコメディまで消化したピョン・ウソクは見返せば見返すほどによくやったと思う。今までの悔しさが全てエネルギーになったのかな。その苦労が顔に出ないのが憎たらしいが、隠しきれないものが涙になって溢れるところは愛らしい)
◉ウェブ小説も歴代最高売上を記録
SNSを見ていると韓国のスボムたちは、ドラマだけでなく小説のほうも楽しんでいる人が多いように見える。
ライトノベルのような気安さはあろうが、「直感的に伝わるドラマと違って、小説は表情のひとつひとつが書かれているので、さらに没入度が高い」というコメントも見かけた。
ドラマ放映後の5月1日に、3年前に出された原作ウェブ小説は歴代最高売上を記録し、連載されている「カカオページ」で視聴数は4倍、売上は8.2倍増加した。
また、連載中の同名のウェブトゥーンも視聴数が3.6倍、売上が5.5倍増加している。
原作があってのドラマで、ドラマになったからこそ原作も再照明されるどちらもが幸せな関係には、ほっとするものを感じる。
★撮影地5/春川大橋(춘천대교)
「冬のソナタ」の舞台で有名な春川(춘천)は、ソウルの龍山駅からITXに乗り1時間15分ほどで行けるところ。
春川大橋は5月1日から10月31日までは、日没から夜10:40まで噴水ショーが行われている。
2人の結婚はずっと匂っていた
9話、大学のMT(Membership Training)と呼ばれる合宿の様子が描かれる。先輩が「MTでキスした人は無条件に結婚する」という台詞と共に、ヨンソ大学にはこういう伝説が脈々とあることを知らされる。
イ・シウン作家がインタビューで言っている。
この作家の言葉を知ってあああ!!!となったし、なんてやさしい作家なんだ!とも思った。
16話展開のドラマだと大体、13,14話あたりで「サツマイモ/고구마」の展開と言われるじりじりする一波乱が設定される。
このうんざりする韓国ドラマの定石を作家は果敢に破ろうとした。
エンディングを明かしては面白くないという暗黙の了解を、スマートにかわした。
そして確かに私も「2人は結婚するんだな」と何回か感じることがあった。
◉新婦の魔除け
1話、7話でソルが目覚めると、おばあちゃんに口紅で顔に赤丸を描かれているというシーン。
韓国の伝統結婚式では新婦の顔に施される化粧で「ヨンジゴンジ/연지곤지」といわれる魔除けの意味があるもの。
イ・シウン作家が「おばあちゃんは私の代弁者」と言っているように、マルジャおばあちゃんはこのドラマではちょっとした狂言回しだ。
認知症のはずだが、潜在意識でソルの気持ちがわかっているみたいだし、そのソルを守るために魔除けの化粧をしたと思う。
なんたって、おばあちゃんは顔に惚れて結婚した旦那に苦労させられたようだったから(苦笑)。
◉新郎の入場
3話、ソンジェの部屋でイニョクが、告白はタイミングが大事だと焚き付けるシーンだ。
告白を通り過ぎて結婚のことを言ってるソンジェに笑ってしまったのだが、なぜか太字の部分はU-NEXTの字幕では表現されてなかった。
確かにこう言っているのだが、なんでこのソンジェの台詞はスルーされてしまったんだろう。すごい大事な台詞だったのに。
◉バスの終点は結婚式場
3話、ソンジェが降りたバスの車体に書かれた停留所名が気になった。
終点が「YHウェディングタワー/YH웨딩타워」となっている。
バスの終点がだ!バスの終点は2人の終点を匂わす。
「YH」の意味は当然ながら「Yeah!」だろうな(笑)Yeah!
◉結婚式の装飾
5話と10話で2人を盛り立てるのは、「青紗草籠/청사초롱」という赤と青の2トーンカラーの提灯だ。
昔、新郎が馬に乗り新婦の家に迎えに行く時と新婦が嫁に来る時に道を照らした提灯で、歴史ドラマでも見かけるし今でもクラシックな結婚式では使われているようだ。
自転車に乗る練習をするソルとそれを手伝うソンジェのシーンには、公園中にこの提灯がぶら下がっていたし、提灯が飾られた家の近所でキスする2人は、ソルのお母さんに見つかっている。
◉ライスシャワー
5話で、ソンジェとソルの兄が雑貨屋のテレビで北京五輪の重量挙げ決勝戦を見ているシーン。
見事、金メダル獲得の瞬間、店頭にいたおじさんが袋を重量挙げのごとく高らかに挙げ、ついでに米を結婚式のライスシャワーのようにぶちまけている。
そしてとうとう、ソルのお兄ちゃんの子供の1歳の誕生日「トルチャンチ/돐잔치」を祝う会では、家族みんながおめかしをし、ECLIPSEまで登場して、まるでソルとソンジェの結婚式のような幸せが描かれる。
終演した今から考えれば、色々なところにソンジェとソルの結婚を暗示するネタは転がっていた。
そしてそれは作家の視聴者に対する気遣いでもあった。
★撮影地6/ハンチェダン(韓彩堂/한채당)
宮廷料理を出すお店で、会食、宴会、イベントなどにも使われるお店。
ソウルの江北からなら小1時間で行ける。
焼肉屋から大きくなったソンジェのお父さんが経営するレストランは、マルジャおばあちゃんが焼肉を食べに行ったお店である。
認知症のおばあちゃんの徘徊のように描かれていたが、ソンジェがおばあちゃんを送ってきてくれることで、ソンジェとソルは再会する。
ソルのおばあちゃんはソルとソンジェを繋げるキューピッドみたいな役割でもある。
だってあなたのファンだもの
◉ポップアップストア
ファンの愛とはどこまで財布を開く購買力でもある(笑)。
だって、あなたのファンだもの!
最近の韓国百貨店のトレンドは「ポップアップストア」だ。
ドラマだけでなく、ポケモンやファッションブランド、アイドルのイベントがこのポップアップストアで開かれる。
汝矣島の「ザ現代ソウル(THE HYUNDAI SEOUL)」は地下2階をクリエイティブグランドとしポップアップストアの聖地と呼ばれている。
道理でこの百貨店は汝矣島という立地にも関わらず若者が多いわけだ。
「ソンジェ背負って走れ」のポップアップストアは、2024年5月23日から29日まで、このザ現代ソウル(THE HYUNDAI SEOUL)で開かれた。
1日1,500人限定の狭き門にクリア出来ても、お目当てのグッズが売り切れていないかがこれまた問題だ。
ストアでは、ポスター、フォトポストカード、オリジナルTシャツ、バッジ、カップルキーリング、エコバッグなど17種の企画商品が販売された。
キム・ヘユンがストアを訪れている。
ソウルの後は、6月5日から12日まで釜山のロッテ百貨店セントラルシティ店で開催されている。ソウルほどではないが釜山も行列は必至のようだ。
◉ついにオンライン販売まで!
オフラインのポップアップストアで完売するグッズも出る中、ついにオンラインで予約販売まで始めた。
ポップアップストアで販売していなかった10〜20代のソンジェとソルを象ったブロック型カップルキーリングや、「軍番か!(軍隊のIDプレート)」と物議を醸した「 Sオンラインで」ネックレスも販売する。
オンライン販売は6月10日から17日までで、海外配送も可。
オンラインサイト→「ソンジェ背負って走れ」
◉フォトエッセイ
オンライングッズ販売に先駆けて、「フォトエッセイ」も予約販売が始まっている。KOARIでも買うことができる→
放送とOTTの世界のドラマは、オフラインのイベントにも波及し、その波及は海外の視聴者のニーズに応えて、再びオンラインでグローバルに展開される。
好きな思いを形に残してそばに置いておきたいのは、オタクの究極の応援心理だ。行列に並ぶことも、グッズが届くのを待つ時間も、決して苦痛ではない。
どこまでも愛するものを待つ愛しい時間なのだ。
だってあなたのファンだもの!
★撮影地7/セゴチッ(쇠고집)
ソンジェのお父さんが経営している「グンドクカルビ」は、仁寺洞にある焼き肉のお店。
★撮影地8/TYPE漢江店(TYPE 한강점)
16話、ソンジェが仕事をしているソルに会いたくてやってくる漢江が見えるカフェ。
★撮影地9/ティアンパン(티앙팡)
2023年に戻らなければいけないソルをソンジェが追いかけるよと言う喫茶店は、梨大にある紅茶専門の喫茶店ティアンパンだ。
★撮影地10/ソウル レスケープホテル(L'Escape Hotel/레스케이프 호텔)
ソルが現在に戻り、ソンジェを死なせないために会うのが、明洞、南大門市場に近い便利な場所に位置するレスケープホテルのバーだ。
ベル・エポックのコンセプトで装飾されたホテルは新世界朝鮮ホテルが展開した新しいブランドである。
「Escape」というその名の通り、2人は何かから逃げるようにこのホテルのバーにやって来てそしてまた逃げるのだ(笑)
笑う路地には福来る
現代において家族と近所は鬱陶しく面倒なものになったからこそ、このドラマで描かれるヌリ洞34-1番地と35番地の路地で行われるしっちゃかめっちゃかは懐かしく楽しい。
トイレットペーパーも、ブラジャーも飛び交う、ボヤは出る、水漏れはする、レンタルビデオ屋の個人情報(ソンジェが借りるビデオは「氷の微笑」だ)は恥ずかしい(苦笑)、初恋は始まる、そして屋上には虹が出る。
11話で描かれるソンジェとソルが別れ難く、一晩をビデオを観て過ごした次の日の朝の騒動は何度観ても可笑しい。
①のシーンのバックに流れるのは、リチャード・サンダーソンの「愛のファンタジー」で、ええ、映画「ラ・ブーム」のあのシーンのあの曲ですよ(爆笑)
②のシーンに流れるのは、「人生はバラ色に見える」と歌ったエディット・ピアフの「La Vie en rose」で、 本当は先輩の結婚祝いだったはずの大量のコンドームは確かに「人生はバラ色」の時だったかもしれないが、若い2人の間に舞い散るそれはただの不謹慎である(笑)
③のシーンに流れるのは「ロミオとジュリエット」だ(爆笑)
キャピレット家とモンタギュー家の争いの中に飛び込んできたおばあちゃんのビニール手袋と柄杓の出立は、中世の騎士かなんかのつもりなのか(爆笑)
1990年前後を背景に描いた「応答せよ」シリーズが、ヒューマン7に対してロマンスが3くらいの割合だとすると、2008年前後を描いた「ソンジェ背負って走れ」はヒューマン3に対してロマンス7くらいの配分の違いはあるが、十分に心和ませ大いに笑わせてくれる。
ソンジェのお父さん役のキム・ウォネ俳優とソルのお母さん役のチョン・ヨンジュ俳優が流石にうまいが、ソルの家族に誠実であろうとすればするほどド壺にハマっていく困ったソンジェを演じるピョン・ウソクも堂に入っていて、このドラマの中で白眉のお笑いシーンじゃないかなと思う。
「ソンジェ背負って走れ」はロマンチックコメディでもありながら、ノスタルジックな風景をしっかり描いてくれるところは「応答せよ」と並び称されてもいいのではないかと思う。
「ソンジェ背負って走れ」の高校時代は「その年、私たちは」の撮影地でもあり世界文化遺産の水原華城(수원화성)がある水原(수원)での撮影が多い。
ソンジェのお父さんが焼肉屋さんだったのは、水原カルビが有名だからなんだろう。水原はソウル中心部から特急なら30分だ。
★撮影地11/モンテッド(몽테드)
ソルが高校生の時の家。
1階は「mang Ted」というカフェになっている。このお店のInstagramにも書かれているが、向かいの青い門のソンジェの家は個人宅なので要配慮物件である。「mang ted」のInstagram→
★撮影地12/行宮洞壁画村(행궁동벽화마을몽테드)
ソンジェとソルの通学路。
★撮影地13/水原城華洪門(수원화성화홍문)
11話、ソンジェが「嫌いだった雨が一瞬で好きになって今も好きだ」とソルに告白する場所。
★撮影地14/訪花隨柳亭 龍淵(방화수류정 용연)
5話で、ソンジェとソルが自転車に乗る練習をする場所。
池は「龍淵/용연」と言われるくらいで、龍が住む池という意味がある。
この池に映る月の景色は水原華城の中でも最も美しいとされている。
★撮影地15/城壁のあるソンジェとソルの通学路
記録より記憶に刻まれる作品の最終回
「ソンジェ背負って走れ」の最終回団体観覧イベントは、CGVを通じて前売りされたが、今年CGVで開かれたイベントの中でもっとも高い競争率を記録し、それを勝ち抜いた1000人が出演陣と共に劇場で最終回を楽しんだ。
「成功したオタク」の話だと思ってスルーしていたので、試聴参加が遅かったがこのドラマは「お互いを支え合う」という普遍的な話を終始していた。
私の韓国語の先生が「周囲のおばちゃんたちも見ている」というように世代を超えて愛された理由はそこにもあったと思う。
ターゲットに入っていない世代には少し間口が狭かったのは課題だろうが、「ソンジェ背負って走れ」の熱狂を見てきて、韓国ドラマの魅力や真骨頂はなんと言っても「メロ」だったり「ロコ(ロマンスコメディ)」ではなかったかと感じた。
最近、私はあまりNETFLIXオリジナルを見なくなった。
ただただ、見てて辛過ぎる。
いつからか韓国の映画やドラマの主流は、社会問題がゾンビやクリーチャーという形に変身し暴れ出すジャンルだと思われてる節がある。
MBCの「恋人」や、NETFLIXでグローバル配信はされたがtvNの「涙の女王」、「私の夫と結婚して」のヒットもそうだし、いやもっと振り返ってみると「冬のソナタ」があったのだ、という記憶をですね、時計を巻き戻し、過去に戻って確認してきてもらいたいのだ。
記憶は心に刻まれてるはずだから。
追記)撮影地のリンクはNaver Mapに飛ぶようになっています。
なるだけ固有名詞はハングル表記もしたので、それでInstagramを検索すれば最新の詳細な情報が得られると思います。良いロスをお過ごしください!