死について
職業柄、死というものに直面する事が多い。
普段無意識に閉じてる蓋がたまに開く事がある。そんな時って、死について、いろんなこと考える。
私が最後に息子に会ったのはご飯もパクパク食べて車も運転できて、自分の足で歩けて、意思疎通もはっきりとできる姿。亡くなったことは今でも実感がわかない。
亡骸もない。仏壇を作っても、供養塔婆を建てても、どこか他人事のように手を合わせる自分がいるのを感じている。
私は病院で働いていて、看護助手をしている。
地域包括もある療養病棟で、ターミナル、社会的入院、リハビリ目的…いろんな方が入院されている。
比較的、高齢の方が多いが、年齢層は20代から90代まで。家族背景も様々だ。
先日、私と年齢が近い、患者様が亡くなった。
家族は限られた時間だけど毎日のように、面会に来てた。
医療職ではない私が見ても、もうお別れの日が近いことは見てとれるような状態だった。
そして、その日は来た。
一時帰宅し、家でレベル低下、そして病院へ。
なかなか、母親が受け入れられず、姿カタチが無くなることを拒んでいると聞いた。
普段はそうでもないのだけど、その日の自分の体調、メンタル、状況…
いろんなものが重なって、自分の感情とリンクしてしまい、仕事中は特に閉じてる蓋が開く時があって、
この日は一気に押し寄せ、いろんなことを頭が巡った。
※私自身のグリーフログ※
息子は6年前、海の上でいなくなった。航海中の出来事。落ちたところも誰も見ていない。その日の夕方まで普通に働いて、ご飯を食べて、お風呂に入り、洗濯まで干してあった。
働き出して1か月足らずの息子の部屋には、必死で覚えようとしたのか、覚書のノートが広げたままの状態で。
車やパソコンのカタログなども置かれていた。
船内にいた人たちの情報も乏しくて、何故いないのか、なにがどうしてこうなったのか、わからないまま。
追求することも、どこかを責めることも、何をどう責めてよいかもわからなかった。
その作業は私を逆に苦しくさせ、私は成り行きに任せた感じになり、現在に至る。
現実、未だ息子は私のところには帰ってきていない。
亡くなったと言うのが嫌で、いなくなったと言う言葉を敢えて使う事が多い。
でも、どこかで、あの状況下で起こりうることを何パターンも想像してる。
事故、自死…なんなら殺人まで想像してしまった。
事実は、息子と再会するまで、永遠にわからない。
あれから、6年経った。
息子がいないことに慣れた自分がいる。そんな時分が嫌だったり、そうでないと生きてこれなかったと思ったり。
動かなくてもいい、喋らなくてもいいから、自分の元へ帰ってきてほしい。
骨でいいから触りたい。
夢でもいいから会いたい。
いつ死んでもいいと思ってる。
そう周りの友達に話すと、だんだん年とともに、生きたくなってくるんやで!とか、そんなこと言わずに…とか、
ネガティヴな発言に取られる事が多い。多い…てほども人に話さないけど…
命を粗末にしたいとか、病気になりたいとか、自ら命を経ちたいとか、
そんなことを考えているわけではない。
命を授かっている間は自分なりに丁寧に大事に生きたいと思っている。
この世にいない、長男のことを考える時間、
仕事で患者さんと関わりお世話をさせてもらえてることで自分に生きてる価値があると実感させてくれる時間、
今を必死で生きてる次男と三男の人生に少し関わらせてもらってる時間、
孫という素敵なギフトをもらい、ほっこりさせてもらえる時間。
生きていて、楽しい時間はたくさんある。
だけど、向こうの世界には、長男がいる。
だから、いつ死んでもいいな、て、思う。