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気管挿管と食道閉鎖式エアウェイ🚑🚒

救急現場での気道確保は、患者の生死を左右する重要な処置です。しかし、その手法選択には多くの課題が伴います。特に、院外心停止(OHCA)症例における気管挿管(ETI)と食道閉鎖式エアウエイ(EOA)の使用がもたらす転帰の違いは、救急医療における長年の論点となっています。


救急救命士ジャーナル,2024「わが国の OHCA 症例における気管挿管と食道閉鎖式エアウエイ使用による心拍再開と脳機能予後の転帰相違理由を解明する研究」から、論点を探ってみましょう。

以下、和文要旨です。

【目的】わが国のOHCA症例において,救急救命士による気管挿管と食道閉鎖式エアウエイを用いた症例の転帰(心拍再開,1カ月後生存,脳機能予後)が相違していることの原因を明らかにする。【方法】2005~2020年の全国ウツタイン様式データを用いて分析した。主要評価項目は気管挿管群とラリンゲアルチューブ群の心拍再開率と脳機能予後良好率の比較と結果に対する原因検索,副次評価項目は上記2群の心原性比率,年齢,目撃者の有無,バイスタンダーCPRの有無,性別,薬剤使用の有無について相違を探索することとした。【結果】気管挿管群はラリンゲアルチューブ群と比較して心拍再開率と1カ月後生存率が有意に高く,一方で脳機能予後良好率は有意に低かった。その主原因は,非心原性や高齢者のOHCAを選択しているためであった。【結論】救急救命士による気管挿管の対象は心原性心停止が少ないこと,より高齢者に実施されているなど,患者選択にバイアスがあることが判明した。

わが国の OHCA 症例における気管挿管と食道閉鎖式エアウエイ使用による心拍再開と脳機能予後の転帰相違理由を解明する研究

気管挿管と食道閉鎖式エアウエイ:何が違うのか?

ETIは、気道を直接確保することで酸素供給を確実に行える方法ですが、充分なトレーニングが必要であり、処置に時間がかかることがままあります。一方、EOA(ラリンゲアルチューブなど)は比較的容易に使用できる気道確保器具であり、短時間で留置することが可能です。しかし、それぞれの手法が転帰に与える影響は一様ではありません。

2024年に発表された全国ウツタインデータを活用した研究では、2005年から2020年の間に記録された1,588,149例を対象に、ETIとEOAの使用が以下の3つの転帰に与える影響が調査されました:
1. 自己心拍再開率(ROSC)
2. 1か月後の生存率
3. 神経学的良好率(CPC1‒2)

ROSCと1か月生存率ではETIが優位

研究の結果、ETIを使用した症例は、ROSC率が10.8%と、EOA(7.1%)よりも高い数値を示しました。また、1か月後の生存率においても、ETI群が4.0%、EOA群が3.7%と、ETIの優位性が確認されました。

CPC良好率ではEOAが優位

一方で、神経学的良好率(CPC良好率)ではETI群が0.9%、EOA群が1.2%と、逆転現象が生じています。これは、ETIが選択される症例に患者年齢や病態の違いといった選択バイアスが存在している可能性を示唆しています。

現場への示唆:この結果をどう解釈するか

選択バイアスの理解が不可欠

本研究では、ETIが高齢者や非心原性の症例に多く適用されていることが明らかになりました。非心原性の症例では脳や臓器へのダメージが大きく、CPCが良好でない結果となりやすいことが指摘されています。このような症例背景を理解することが、気道確保方法を選択する際に重要です。

「転帰」をどう定義するか

ROSCや1か月生存率の向上が重要である一方、最終的なCPC良好率が低い場合、患者が社会復帰できる可能性は低くなります。これを踏まえ、気道確保の目的を単なる「蘇生」ではなく、「生活の質を保った蘇生」にシフトさせる必要があるかもしれません。

現場での実践ポイント

1. 状況に応じた柔軟な選択

患者の状態や年齢、目撃者の有無、バイスタンダーCPRの実施状況を総合的に判断し、気道確保方法を選択することが求められます。例えば、心原性心停止の若年患者にはETIを積極的に適用する一方、高齢者や非心原性症例ではEOAの迅速な使用が合理的かもしれません。

2. 神経学的予後を意識した処置

CPC良好率を高めるためには、気道確保後の酸素供給の適正化や、可能な限り早い病院搬送が重要です。これにより、脳への酸素供給不足を防ぎ、神経学的予後の改善が期待できます。

3. 地域差を埋める努力

本研究では、地域ごとにETI適応基準が異なることも課題として挙げられています。プロトコールの標準化や、教育の充実を通じて、地域間の格差を是正する取り組みが必要です。私の地域のプロトコルでも、気管挿管の主な適応は「窒息症例」しかありません。当然、実施できる症例数が少ないので、救急救命士の技術向上も頼りないところです。

現場で取り組むべきこと
1. 教育の充実
救急救命士に対する気道確保技術の教育は、単に手技を学ぶだけでなく、症例ごとの適応判断を磨くことが重要です。「なぜ、この症例でETIを選択するのか?」という問いかけを日々のトレーニングに取り入れることで、現場での判断力が向上します。これから先、気管挿管の適応症例の幅は、益々広くなってくるでしょうからね。

2. チーム全体での取り組み
気道確保においては、救急救命士だけでなく、救急隊全体で患者の転帰を意識したアプローチが必要です。現場でのコミュニケーションを円滑にし、役割分担を明確化することが転帰改善に繋がります。

技術と判断力を両輪に

院外心肺停止症例に対して施行する症例の条件が同じであれば,ETIはEOAよりも転帰がよいはずです。しかし、そのようなエビデンスが十分でないことが、救急救命士のETI 施行の普及障害の一因になっている可能性ありそうですね。

気管挿管と食道閉鎖式エアウエイ、それぞれの利点と課題を理解することは、救急医療における進化の第一歩です。今後は、さらなる研究やデータ分析を通じて、「どの症例にどの処置を選ぶべきか」というエビデンスを蓄積することが重要です。また、現場でのトレーニングや教育を強化することで、救急隊全体のレベルアップを図りましょう。

救急医療において、最善の結果を導くために、私たちが今できることは何でしょうか?それを共に考え、行動に移していくことが、傷病者と社会のためになるはずです🧑‍🚒

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あぽ🚒🚑
「書籍購入」と「救急救命士としての研修費用」に充てさせていただいており、職場内での勉強会に活用しています✨