令和の諸葛亮に挑む男の物語
昨日、乾電池を買いに行った。
突然にエアコンのリモコンが効かなくなってしまったのだ。突然と行っても、だんだんと意識が遠のくような色合いにはなっていたし、寝起きの僕くらい反応が悪い時はあったけど。
ついにこの時がきたか・・・。
電気店の割引券を持っていたことを思い出す。6月と7月の期間中に使える500円券だ。確か買いもしないのに家電無償修理の年会費を払っていて、そのお返し?分として毎年届く券だ。
これはちょうどいいタイミング。
そのままロードバイクにまたがってひとっ走りした。
この時期にエアコンがないのは非常にまずい。閉店まであと30分ある。
大丈夫。間に合う。
店舗にはあらゆる乾電池が並んでいるが、単4だけでもこんなに種類があるのかとびっくりした。エネループでもいいかな?と思ったけど、ちょうど6本入りで500円の単4電池があったので、それを手に取った。
割引券も500円券だし。ちょうどいい。
しかしレジに持っていくと、予想外のことを言われてたじろいでしまう。
「この券は、501円以上の商品でないと使えないです。あと1円足りません。」
え?そうなの??なんだ、ちょうどいいと思ったのに。
「どうされますか?」
後ろに客が列を作り、僕をあせらす店員。
ここから店員と僕の勝負が始まった。
カウンターに無造作に置かれた電池を見ていると、視界に入っていた店員の右手がすっと右に動く。
その右手に釣られて目をやると、こういう時に買えと言わんばかりのメモリーカードが並べられているのが視界に入った。
お?ちょうどいいかも。5GBか。メモリーカードはいくつあっても悪くない。ちょうどいいところに陳列してあるもんだな。これをひょいと取って、「これも一緒に」と何気なく出せば、店員に小金持ちっぽい印象を与えるかもしれない。
これ以上後ろの客を待たせるわけにもいかない。
買うか・・・。
そう心に決めたその時、店員がある言葉を放つ。
「よろしければどうぞー♪」
あー、ちょうど気持ちいい後押し。よろしければどうぞ〜♪・・・。ってね。
はいはーい・・・。
ん?ちょっと待て。まだ僕は手すら伸ばしてなかったぞ?
0.2秒見ただけだぞ。よろしければどうぞって早すぎないか?
メモリーカードがそんなにオススメなのか?
1円足りない。ちょっと横を見た。
このタイミングで「よろしければどうぞ」
よ・ろ・し・け・れ・ば・ど・う・ぞ・・・。
ちょっと待て。一瞬目閉じて考える。
するとどうだろう。
僕の脳裏には、メモリーカードを買って立ち去る僕の後ろ姿を見て、ほくそ笑むに店員の顔が浮かんできた。
危ない。これは危ない。これは電気店の策略だ。
1円のために別の商品を追加するのは違う。
まさかあの時の右手の動きは、僕の視線を誘導するためか?
わざとやってるのか?? 怖い。本当に怖い。
なんて策略家だ。
令和の諸葛亮か。
物価高のこの時代。こんなマニュアルまであるとは。右手の魔術だ。
危なかったぜ。1円のためにメモリーカードを買うところだった。
僕はキリッと店員を見つめ、「いいえ。結構です。割引券は使いません。」と言い放ってやった。こうして、無事に乾電池だけを購入して帰宅したのである。
リモコンに電池を入れ、涼しくなった部屋で店員との駆け引きを思い出し、勝利の余韻に浸る僕。
買いもしない電気店の年会費を払っている時点ですでに負けていることに気づいたのは、もう少し後の話なのであった。