風神龍と雷神龍の生態に関する遺伝的アプローチ
はじめに
モンスターハンターライズの舞台であるカムラの里近辺で半世紀おきに起こる百竜夜行の元凶は風神龍イブシマキヒコであることが作中で明かされた。その目的は同種の雌個体である雷神龍ナルハタタヒメとの邂逅であった。しかし、この二体を見てその違いに疑問を持った人も多いのではなかろうか。「同じ種のオスとメスでこうも違うものなのか」と。しかも雌個体である雷神龍は風神龍を取り込み、特殊個体である百竜ノ淵源へと変化するとなると、ますますその生態に疑問符がわいてくる。この記事では現実の生物の生態にふれつつ、この古龍に関する疑問を紐解いていく。
種とは何か
風神龍と雷神龍は同種であるとしたがまずその前提について話したい。種(species)とは分類学においての最小単位のことである。生物の分類は住所のごとく広い分類から狭い分類まで一つ一つ名前を付けていくことで達成される。この「住所」は都道府県、市、区、町のように界、門、網、目、科、属、種の順で示される。例えばヒトの場合動物界、脊椎動物門、哺乳網、サル目、ヒト科、ヒト属、サピエンス種という風である。本来は亜門や下網などのさらに細かい分類があるが本題からそれるため割愛させていただく。この分類ではあまりに長すぎるため、普通は属と種のみを記載する。住所の例を使えば村と番地だけで近所の人にはわかる、みたいな感じである。ヒトの例だとヒト属(ホモ)のサピエンス種でホモ・サピエンスといった具合である。ヒト属には他には有名なものだとホモ・エレクトスやホモ・ネアンデルターレンシスなどがある。
では種ごとに何が違うのか?これには様々な定義が存在するが、最もよく使われるのはマイヤーが提唱し、様々な改良がくわえられた生物学的種の分類であろう。これはざっくりといえば「二個体が交配し繁殖力を持つ子孫を残せるならばその二個体は同種である」というものである。たとえばネコとイヌは自然に交配しないし、したとしても何も起こらないため別種である。ロバとウマはラバという雑種の子孫を残すことが可能であるが、ラバに繁殖力はないためこれも別種とみなされる。この定義は完全ではない(例えば別種とされるネアンデルタール人と現生人類が過去に交配した形跡があり我々に繁殖力がある以上同種と認定しなければならないのではないかという議論がある)が、ゲームの考察をするにおいては十分だろう。風神龍と雷神龍の子孫の繁殖力を我々が知る機会はナルハタタヒメの討伐とともに失われたが、自然に交配しており、過去に両個体が繁殖した形跡がある以上同種と認定せざるを得ないだろう。なお公式の分類としてこの二体はともに古龍目神龍亜目不明に属するとされる。亜目以下が不明である以上その分類から多くは読み取れないが属と種は同じであるとみて間違いはないだろう。ちなみに科が不明なのは百竜災禍秘録に掲載されている系統樹では神龍亜目のみである。これは単純に風神龍と雷神龍に共通する名前がないからであろう。モチーフから勝手に想像させていただくと神龍亜目イザナ科といったところだろうか。
雌雄の決定について
実は現実世界の生物の雌雄の決定は種ごとにかなり異なる。代表的な例として、ヒトは23対目の染色体(性染色体)の組み合わせによって決定される。性染色体には二種類ありXとYに分けられ、この対がXXの場合雌となり、XYの場合雄となる。稀にXXYやXXXのように三つ性染色体を持つ人や、XOのように一つしか持たず生まれてくる人がいるが、これらは例外である。ヒトのX染色体は900から1400ほどの遺伝子を含むのに対し、Y染色体はわずか70から200ほどしか含んでおらず、Yには「雌として形成される体を雄のそれに変える」以外の役割をほぼ持たない。この様式は雄個体が一部の遺伝疾患に罹患しやすいという欠点を持つ。ヒトを含む哺乳類全般や一部のカメ類、そして非常に稀であるが雌雄の分かれる植物の一部がこの決定方式をとる。
これとは逆に性染色体二種類なら雌、一種類なら雄となるZWとよばれる決定方式もある。これについては一部鳥類や爬虫類、果てはチョウやガなど様々な種が該当する。似たようなものにXX/XOというものがある。X染色体を二つ持つなら雌、一つしか持たず性染色体は対をなさないなら雄、という方式である。クモ類やバッタなどの外翅類が該当する。
ハチ目の動物はさらに面白い方式で性決定を行う。雌は二倍体、つまり染色体が対になるように遺伝するがなんと雄は対の片方しかもらえず単数体として生を受ける。稀に二倍体の雄が生まれるが、これはアリの場合即刻働きアリに処刑される運命が待ち受ける場合が多い。
このように一口に雄と雌といっても様々な方式によって決定されておりどれが採用されているかによってかなり変わってくるのである。
神龍亜目のモチーフ
形態的種の分類のようなことになってしまうが、神龍亜目のモンスターのモチーフから得られる情報は多々あるだろう。形態的種の概念とは外観や骨格などから種を区別する最も原始的な分類法である。クジラが魚ではなく鯨偶蹄目の哺乳類である例からわかる通り、収斂進化の結果、系統からして全く違う種なのに類似する形質を持つ場合があるため、少しあやふやな分類法である。絶滅動物の化石などの遺伝情報を解析が不可能な場合、この分類法に甘んじることは少なくない。
イブシマキヒコの名前はおそらく息吹、風巻き、比古神の融合でありナルハタタヒメは鳴神、霹靂、比売神の融合であろう。ほかにも日本神話のイザナギとイザナミなどのモチーフが含まれるだろう。日本神話において死亡するのがイザナミであり、MHRiseで死亡するのが風神龍のほうなのはいささか皮肉めいている。別名からして風神と雷神もモチーフだろう。このように命名に関してはほとんどが神話からとられており、生物学的に考察する余地はあまりない。なおイザナミの死後、黄泉の国においてその体に蛆がわき、八柱の雷神たる蛇が生じる描写があり、蛇の形質を持っていることは間違いない。ちなみに作中のナルハタタヒメの腹部にあった卵と思われる球体は八つであった。この八柱の雷神(火雷大伸とも)の個々の名前は雷狼竜ジンオウガの武器名に使われていたりする。更にいえば神龍亜目のモンスターの英語名は Wind Serpent Ibushi と Thunder Serpent Narwa であり、Serpentという言葉が使われている。Serpent自体はSnakeとほぼ同義であるが、後述の海洋モチーフと合わせるとSea Serpentがモチーフと考えられる。Sea Snakeとはウミヘビのことであるが、Sea Serpentとはティアマト、ヒュドラに代表されるような神話やおとぎ話上の海の怪物や蛇神を指す言葉である。特にティアマトは神産みの神としてイザナミと共通するものが多い。なおティアマトがヘビやドラゴンのような見た目をしているというのは後世のイメージでありメソポタミア神話にそのような記述はないとされる。
では見た目のモチーフは何かというと、まずその特徴的な口はウツボの咽頭顎と一致しており、体もウツボのような蛇のような形となっている。その割には前足がしっかりと存在し後ろ足の痕跡器官もあり蛇足そのものとなっている。尤も現実の蛇にも足の痕跡器官が存在するものもいるが。設定資料集に曰くタツノオトシゴもモチーフらしい。ちなみにタツノオトシゴは雌が産卵しその卵が雄の育児嚢とよばれる器官に移送されまるで雄が妊娠したかのような見た目になる。ハンターが追い詰めなければ神龍夫婦もそうしたのだろうか。
以上のことから本記事では(ウミ)ヘビ、ウツボ、タツノオトシゴの性決定様式から神龍亜目のモンスターの生態を考察してみたいと思う。完全にただの趣味である。
ヘビ及びウミヘビについて
実はウミヘビには二種類存在し、ヘビの仲間である爬虫類有鱗目ウミヘビ科のものとウナギの仲間である魚類ウナギ目ウミヘビ科がある。ウツボもウナギ目であることを考えるとどちらもひっくるめてモチーフとなっているのだろう。まずは爬虫類のほうから見ていく。
有鱗目の性決定
ヘビとは創世記においてイヴをたぶらかし原罪の原因を作ったり、ティアマトとして神に戦争を仕掛けたり、ヨルムンガンドの名で神々の黄昏に一役買ったりと古今東西悪者として扱われがちである。その一方でアスクレピオスの杖として医学の象徴になったり、ナーガとして釈迦が悟りを開く際に守護したりと必ずしも負の印象ばかりというわけでもない。そんなヘビの性決定はZW方式が大半を占める。この性決定方式は性染色体の対がZZなら雄、ZWなら雌としてうまれることとなる。仮に神龍亜目がこの方式な場合、ZZを受け継いだ場合風袋に関連する遺伝子が作用し、ZWなら風袋の遺伝子が抑制され、代わりに雷袋を作る遺伝子が作用するものとかんがえられる。また、ヘビにはほぼ見られないが、カメやトカゲなどの爬虫類において卵がおかれた温度によって性決定がなされる場合がある。温度が低く乾燥し静電気が発生しやすいなら雷神龍、温度が高く気流が起こりやすい場合は風神龍が産まれるという妄想にはロマンさえ感じるがタツノオトシゴのモチーフどおり卵は雷神龍が大事に抱えているため卵によって温度の違いは起こらなさそうに見える。ヘビモチーフからはZW方式である可能性が高く感じられる。神龍亜目で起こりうるかは不明だが一部のヘビは単為生殖、つまり雌単体で子をなすことも可能である。ストーリー上ではお互いに対を必要としたので可能性は低いが百竜ノ淵源ならあるいは…?
魚類ウミヘビの性決定
魚類のほうのウミヘビ科(Ophichthidae)の性決定方式について参考文献は
あまり存在しないが、Salvadoriらの論文によればXY方式が採用されているらしい。魚類の大半もまたXY方式が採用されているため自然であるといえる。ちなみに魚類の一部も温度による性決定が行われる場合がある。なおウミヘビ科と関係はないがベラ科の魚やクマノミ等には性転換を行う種が存在する。ホルモンのバランスによって性が決定しているとされ、大半は雌から雄へと変化する(雌性先熟と呼ばれる)。さすがに風神龍に変化する雷神龍は想像しづらいが百竜ノ淵源は風神龍の形質を受け継ぐ以上性が変わらないにせよ性別に結びついていた形質(風袋と雷袋)に変化が起こった実例があるため、もしかしたら近しいことが起こっているのかもしれない。
ウツボについて
ウツボ科は珍しく雄性先熟を行う魚類である(ハナヒゲウツボだけかもしれない。要検証)。これは雄として産まれ、成長の過程で雌に変化するという性質を指す。神龍亜目で考えてみると、産まれてからしばらくは風神龍のような形質を持ち、成長の過程で雷袋が発達し、風袋を使わなくなることで雷神龍となる個体が出てくる、ということになる。この場合百竜ノ淵源が突然風を操り始めることにも一定の説得力が生まれる。雷神龍が風神龍を喰らい、風を巻きおこす龍属性エネルギーを得、使われなくなった風袋に再びエネルギーが供給されることで使用可能になる、といった具合である。可能性は大いにあるだろう。この場合風神龍と雷神龍に染色体の差異はなく、雷神化する遺伝子がなんらかの要因で覚醒することによって変化することになる。つまり風神龍には(成長しきる前限定かもしれないが)雷神龍になる可能性が秘められている、という仮説である。これならば神龍の両方が雄または雌になってしまい種の存続ができなくなるという事態を防ぐことができる。また、性が後天的なものであるとすると、雄と雌の関係なのに両方とも女性の双子であるヒノエとミノトに共鳴が起こったことにも説得力が生まれる。ただし風の力を使用する古龍が突然それを捨て、雷を操りだすという突飛なことになるため完璧な説とは言えない。
タツノオトシゴについて
Quらの論文によれば残念ながらタツノオトシゴの性決定のメカニズムはまだ謎に包まれているのが現状らしい。ただ環境因である根拠は今のところ皆無であり遺伝的なものである可能性が高いらしい。"Seadragon genome analysis provides insights into its phenotype and sex determination locus"ではXY方式である可能性について触れられている。タツノオトシゴは魚類にしては珍しく一雌一雄を貫く生態を持ち、神龍夫婦が対を意識し浮気する余地のなさそうな描写と一致する。その割には雄が「対はいずこ」と探し回るのに対し雌に「疾く参れ」と命令されたり喰われたりするかわいそうな描写が目立つが…まあカマキリやクモなど雌が圧倒的に優位な種はちらほらいるのだが。ちなみに雌が優位を極限まで究めるとチョウチンアンコウのようになる。チョウチンアンコウの雄は雌の10分の1ほどの大きさしかなく(矮雄とよばれる)雌を見つけるとそれにとりつき栄養をもらう代わりに自らの遺伝情報を渡すだけの器官になり果てる。少なくとも風神龍はそこまでの憂き目には遭っていない。はず。
ZWか雄性先熟か
ここまでを総合すると、神龍の性決定はZW式か雄性先熟のどちらかでありそうである。もちろん神龍が古龍の不思議パワーであの生態になっている可能性はあるがあくまで生物としてあり得そうなものを検討したい。
まずZW式であった場合である。この場合ZZを持つと風神龍となりZWを持つと雷神龍になるということになる。1/2の確率で雄と雄または雌と雌のペアが産まれてきてしまい種の存続が不可能になってしまいそうだが8個も卵を抱えていたわけですべて雄または雌になる確率は1%以下となる。そういったミスを防ぐための手立てもあるのかもしれない。この方式の場合Z染色体には風神龍となるための遺伝情報が載っており、W染色体には風神龍要素を抑え、雷神龍になるための遺伝情報が載っているものと推察される。この場合雷神龍にはZ染色体が一つ備わっており、風神龍の要素が備わっていることになる。百竜ノ淵源化するときにその要素が開花するのかもしれない。遺伝子の発現から形質が現れるまでものの十数秒なのに説明がつかないが、一瞬で棘を再生させる滅尽龍や傷を一瞬で癒す赤龍の存在を鑑みるに、もしかしたら古龍の細胞分裂速度は現実ではありえないほど速いのかもしれない。例として挙げた二種はその超速再生がピックアップされているため古龍全般の能力とは言いがたいが百竜夜行で撃退した風神龍と穴の底に叩き落した雷神龍がともに百竜ノ淵源戦において破壊された部位が再生した状態で登場したことから細胞の増える速度が速いのかもしれない。尤もこれはゲームシステムの限界と言われればそうなのだが。百竜ノ淵源に風神龍ほどの風袋がないのを見る限り、もしかしたら風を操る能力は本元の風神龍ほど強力ではないのかもしれない。なんにせよ雷神龍が遺伝子レベルで風神龍要素を持つのだとすると百竜ノ淵源化にも納得がいく。ただしその場合W染色体のもつ遺伝子量はとんでもない量かもしれない。ちなみに雌雄で発現しないはずの要素が現れるのには実例がある。女性化乳房症とは本来乳房が発現しないはずの男性において乳房の発育を認める疾患を指す。先天性と後天性に分かれるが基本的にはエストロゲン、いわゆる女性ホルモンが過剰になると起こりうる疾患である。百竜ノ淵源を女性化乳房症と同じくくりにするのは気が引けるが起こっていることは大体同じである。
では雄性先熟ではないのか。そうとも言い切れない。雄性先熟の場合のほうが風神龍要素が色濃く残り、百竜ノ淵源化することに説明がつきやすい。50年前の百竜夜行で繁殖が起こった形跡がないのも雌となる個体がまだ雷神龍化していなかったからだとすると説明がつく。クマノミが雄性先熟なのは体の大きいほうがよりエネルギーを必要とする卵を持ったほうが都合がいいからである。雷神龍のほうが優位らしいのはより強大なほうが雷神龍化するからだとすると納得がいく。しかし骨格が明らかに違うことは説明しづらいのに変わりはない。ぶっちゃけ個人的な話をすると古龍はこれくらいのトンデモ生態を持っていてほしいものである。なんにせよ神にも等しい自然の具現化ともされる古龍の生態をここまで深く考えることができて満足である。
まとめ
今回は風神龍と雷神龍の作中の描写とモチーフをもとに現実世界の生物を参考にしながらどうやって性が決定されているのか、どうやって百竜ノ淵源が誕生するのかを考察した。結果ZW方式と雄性先熟の可能性が見えたがどちらともいえず、またどちらも違う可能性が見えた。ここまで6900文字を読んだ酔狂な読者の皆様方にはぜひ意見を聞かせてほしい。