1000字小説 「ほくろ」
千晶にはどうしてやめられない癖があった。
人のほくろを探してしまうという妙な癖だ。
特に初対面の人と会った時にはほくろが見つかるまで凝視してしまう。
初対面の人間にじろじろと見られることになるのだから
見られるほうはさぞかし気味悪いし、いい気はしないだろう。
現に勘違いされたことも間々ある。
でも探さないではいられないし落ち着かない。
見つけた時には少し安心するし親近感さえ抱く。
だが、大抵の人には目に見えるところにほくろが一つ二つ見つかるものだし、千晶自身の探索スキルも年季が入っているので左程時間をかけずにほくろを発見できる。
そんな千晶の目下の悩みは石黒くんのことだ。
今年入社した石黒君には目に見えるところにはほくろがみあたらない。
スーツ姿が初々しい彼の手や首にはもちろんのこと、ほくろの宝庫である顔にさえ見当たらない。
彼の教育係として指名された千晶は必然多くの時間を彼と過ごす事になり、これ幸いと風が強い時を見計らい外に連れ出し、なびく髪のうなじの部分や生え際を凝視したり、リラックスを促しネクタイを緩めさせ首元を凝視したりしたのだが、
いまだ見つけられずにいる。
そして悶々としたまま二か月が過ぎ待望の衣替えの季節になった六月。
半袖のワイシャツ姿で出社した彼を待ち構え食い入るように見つめたのだが、少し毛深い腕や張りのある筋肉質な二の腕にもほくろはなかった。
余程落胆して見えていたのだろう。
元気づけるつもりなのか、その日石黒君に夕食に誘われた。
落胆してる理由はもちろん話さないようにして夕食を二人きりで楽しんだ。
店を出て、最寄りの駅まで送ってくれるという彼と一緒に並んで歩き
駅近くの公園に差し掛かった時、彼から公園によらないかとさそわれた。
人気のない公園のベンチに腰掛けようとしたとき彼に呼び止められた。
「千晶先輩!好きになってしまいました。僕と付き合ってください!」
そういって深々と頭を下げた彼のつむじに小さなほくろがあった。