奇妙な夜
その日東京は午後から雪が降り始めた。
「いや~やべえっすよ。雪ハンパないっす。雪まつりイン東京って感じっすわ」
肩の雪を大げさにはたきながらオフィスに入ってきたのは営業部の…何といったか…一部からチャラ男と呼ばれている社員だった。
会社の方針でフロアに部署ごとを隔てるような仕切りがない。部署を越えた交流が目的だという。
智之が在籍する編集部も営業部と同フロアなのだが営業と編集は人種が違うというか見えない仕切りがあるような感じで交流は特にない。
ざわついた職場の雰囲気で窓に目を移すと、窓の向こうは真っ白で間近にあるはずの隣のビルも見えない程になっていた。
「星野さん。帰れるんですか?」
心配げに聞いてくる同僚は妻帯者でスマホで家庭とのメッセージのやり取りに忙しそうだ。
「どうなんでしょうね…」
とどこか他人事のような返事をしたのは、苦労して部屋に帰ったところで誰が待っているわけでもない気楽な身分だからだ。
定時になった時、皆帰宅を早めたようで社内は閑散としていた。
慌ててスマホで運行情報を確認したが、案の定電車は運行停止となっていた。
帰宅をあきらめ近隣のビジネスホテルを検索したが満室ばかりだった。
仕方なくスマホのニュースやゲームで時間をつぶしているとフロアの電気が消灯した。
急に真っ暗になり停電かと慌てたが、そうではなかった。残業を抑制するために会社が設けた消灯時間が来たようだ。
真っ暗なオフィスで途方に暮れていると
「うあ!まじびっくりした~」
と暗闇から素っ頓狂な声がしてこちらもびっくりした。
スマホの明かりで照らし出されたのは営業部のチャラ男だった。
「どうも営業部の木内っす。帰れなくなったんすか。」
そういって隣の席に腰かけた木内は、消灯時間があるなんて監獄みたいだとか明日は土曜日なのに雪のせいで予定が狂っただとか一方的にしゃべり始めた。
「きみも帰れなかったの?」
「いや~俺は帰宅拒否っす。」
出社拒否は聞いたことあるが帰宅拒否とは聞いたことがない。
「家に帰ったって誰もいないし、暇だし。孤独っての噛みしめるだけじゃないっすか。だったら会社にいようかなって」
聞けば大体は消灯時間まで会社にいるのだという。そしてどこからか調達してきたカップ麺を手慣れた様子で作ってくれ、暗闇の中で並んですすった。
明日どうにか帰宅したとして、この奇妙な夜のことを話す人が誰もいないのは、ちょっと寂しいと思った。