「泣くなんて…ずるいよ。」 彼女はそう言ってテーブルに叩きつけるようにして代金を置き席をたった。 僕はあふれ出る涙をどうしようもなかった。 ありがとね~。常連である僕たちの異変に気付いてないのか、場に不釣り合いな店主の間延びした声が響いた。 予感はあった。 次に彼女と対面した時、きっと別れ話を切り出されるだろうと。 メッセージや電話で別れ話を切り出すようなことは誠実な彼女にはできないだろう。 彼女ならきっと面と向かって伝えてくる。 だからなるべく避けるようにした。 会い
「おはようございま~す」 何時ものように宏之がオフィスに入ってゆくと 「おはようございます」 といつもなら「おはろ~」というオリジナルのゆるいあいさつで返してくる主任の小山内さんが真面目に挨拶を返してくる。 「どうしたんですか?」 「どうしたじゃないわよ。昨日説明があったでしょ、今日は朝からあいさつ監察官が来る日だって」 今年執行された(青少年挨拶健全法案)通称あいさつ法。 人間の健全な生活は挨拶からー、と声高に主張する議員から始まった挨拶運動が全国に浸透し大きな動きと
放課後、校舎二階を繋ぐ渡り廊下に人気はない。 昼休みには昼食をとるグループで混雑する渡り廊下も日陰になる放課後は誰も寄り付かないからだ。 そんな放課後の渡り廊下がここ最近のタケル達の居場所だ。 「なぁタケルー、ここ寒いよ。どっか他探そうぜ…」 洋介が言う通り十一月の渡り廊下は放課後の居場所としては寒すぎた。 「じゃあ、どこいくんだよ。色々探してここしかなかったじゃん」 十月まではタケルたちの居場所は漫画研究会の部室だった。 部室に居づらくなった原因は文化祭で発表するた
その日東京は午後から雪が降り始めた。 「いや~やべえっすよ。雪ハンパないっす。雪まつりイン東京って感じっすわ」 肩の雪を大げさにはたきながらオフィスに入ってきたのは営業部の…何といったか…一部からチャラ男と呼ばれている社員だった。 会社の方針でフロアに部署ごとを隔てるような仕切りがない。部署を越えた交流が目的だという。 智之が在籍する編集部も営業部と同フロアなのだが営業と編集は人種が違うというか見えない仕切りがあるような感じで交流は特にない。 ざわついた職場の雰囲気で窓に目
千晶にはどうしてやめられない癖があった。 人のほくろを探してしまうという妙な癖だ。 特に初対面の人と会った時にはほくろが見つかるまで凝視してしまう。 初対面の人間にじろじろと見られることになるのだから 見られるほうはさぞかし気味悪いし、いい気はしないだろう。 現に勘違いされたことも間々ある。 でも探さないではいられないし落ち着かない。 見つけた時には少し安心するし親近感さえ抱く。 だが、大抵の人には目に見えるところにほくろが一つ二つ見つかるものだし、千晶自身の探索スキルも