
2.事前抑制の可否(北方ジャーナル事件)
事前抑制の可否(北方ジャーナル事件)
1. 事前抑制とは?
事前抑制とは、ある表現行為が行われる前に、その発表や発行を禁止または制限することを指す。
例:新聞記事の掲載前に裁判所が差止命令を出す。
憲法21条が保障する表現の自由において、この事前抑制は原則として禁止されている。
理由:事前に表現を制限することは、民主主義社会の根幹を揺るがすためであり、特にメディアの自由な報道活動が抑圧されると、国民の知る権利が侵害される。
2. 北方ジャーナル事件の概要
◆ 事件の背景
事案:北海道の政治家が、週刊誌「北方ジャーナル」に掲載予定の名誉を毀損する内容の記事に対して、事前に出版差止めを求めた事件。
争点:この記事が政治家の名誉を毀損する内容であったとしても、出版前に差止めを行うことが憲法21条に反しないかが問題となった。
◆ 最高裁の判断(昭和61年6月11日判決)
原則として事前抑制は禁止
事前抑制は表現の自由の核心に対する重大な侵害であるため、原則として許されない。
例外的に事前抑制が許される場合
ただし、以下の厳格な要件を満たす場合に限り、例外的に許容されるとした。【要件】
真実でなく、かつ
専ら他人の名誉・信用を害する目的で行われ、
回復困難または著しい損害を被る場合
本件での適用
本件記事は、政治家の名誉毀損に該当する可能性が高いとされたが、上記の厳格な要件をすべて満たしているとは言えず、事前差止めは違憲と判断された。
3. 北方ジャーナル事件の意義
表現の自由の優越的地位の確認
表現の自由は民主主義の根幹であるため、原則として事前抑制は違憲とする立場を明確にした。
名誉毀損とのバランス
名誉権と表現の自由の調整が必要であることを示し、重大な名誉毀損の場合でも事後的救済(損害賠償請求等)が基本であることを強調した。
例外的事前抑制の厳格な要件
事前抑制が許されるためのハードルを非常に高く設定し、これにより表現の自由の侵害を最小限に抑える仕組みを提示した。
4. 論文での答案構成例
【問題】
ある週刊誌が政治家の汚職疑惑を特集しようとしたところ、政治家は名誉毀損を理由に掲載前の差止めを求めた。この場合、差止めは憲法21条に違反するか。
【答案例】
1. 問題提起
本件は、政治家の名誉毀損を理由とする出版前の差止めが、憲法21条の保障する表現の自由に違反するかが問題となる。
2. 規範定立
憲法21条は表現の自由を保障しており、事前抑制は原則として禁止される。ただし、北方ジャーナル事件において最高裁は、例外的に以下の要件を満たす場合に限り事前抑制が許されるとした。
表現内容が真実でないこと。
専ら他人の名誉を毀損する目的で行われていること。
その結果、回復困難または重大な損害を被る恐れがあること。
3. 事実のあてはめ
本件記事は政治家の汚職疑惑に関するものであり、公共の利害に関する事実の報道としての性質を持つ。もし記事が真実であれば、表現の自由は強く保護されるべきである。また、報道の目的が汚職の事実を公表することにある場合、専ら名誉を毀損する目的とは言い難い。
さらに、政治家は事後的に名誉回復手段(損害賠償請求や訂正記事の掲載請求)を取ることができるため、回復困難な損害とまでは評価し難い。
4. 結論
以上より、本件の出版差止めは、憲法21条に違反し、許されないと考えられる。
5. 掘り下げポイント
公共の利害に関する報道の重要性
政治家や公務員に対する批判や汚職疑惑の報道は、国民の知る権利に直結するため、より強く表現の自由が保護される。
プライバシー権や名誉権との調整
表現の自由が絶対ではなく、個人のプライバシー権や名誉権とのバランス調整が常に問題となる。
例:一般市民と公人の間では、名誉毀損の許容範囲が異なる。
現代における事前抑制の課題
インターネットやSNSの普及により、表現が瞬時に拡散される現代社会では、事前抑制の実効性と限界が新たな論点となる。
例:ネット上の誹謗中傷に対して、速やかな法的措置が求められることも多い。
まとめ
事前抑制は表現の自由に対する最も厳しい制約であるため、原則として違憲。
北方ジャーナル事件は、例外的に事前抑制が許される場合の厳格な要件を示した重要な判例。
論文では、名誉権と表現の自由のバランスを論じ、具体的な事案へのあてはめを丁寧に行うことが重要です。
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