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バーガーキングで、ワッパーの味がしなくなった瞬間

「一番好きなハンバーガーチェーンはなんですか?」と訊かれたら、何と答えるだろうか。ぱっと思い浮かぶだけでも、マクドナルド、ロッテリア、モスバーガー、フレッシュネス…と多くのハンバーガーチェーンが挙げられる。人それぞれに一番好きな店があるだろう。

自分が一番好きなのはバーガーキングだ。アボカド、BBQ、マッシュルームなどのバラエティ豊かなメニュー。口にした瞬間、脳に伝達するハンバーグの肉厚さ。大袈裟に角ばったポテト。なにより、クーポンやランチセットによる圧倒的なコスパが同種のチェーンとは一線を画している。

そんなバーキンだが一度だけ、たった一度だけ、食べた瞬間に全く味がしなかったことがあった。特段体調が悪かったわけでも、お腹いっぱいで食欲が湧かなかったわけでもない。流行り病を患っていたわけでもない。

一体、なぜ?

図らずもウミガメのスープのお題みたいな語り口になってしまった。
気を取り直して、当時を振り返る。




2022年の年末。俺は学生時代にしていたバイトの飲み会に向かっていた。2020年3月まで続けていたバイトではコロナ以前は頻繁に飲み会を開いていたものの、コロナが蔓延したことや、それぞれがバイトを辞め社会人となったことも相俟って、彼らと会合する機会は遠ざっていた。

そこから数年経った2022年の年の瀬、一人が「久しぶりに飲み行きましょう」と皆を誘ってくれたことで、久しぶりに学生時代のバイト仲間と会うことになった。

約三年振りに会った彼らは、垢抜けていたり、痩せていたり、逆に蓄えていたり、思い思いの成長を遂げていた。集合時にはよそよそしい浮遊感を伴っていたが居酒屋に着いて30分も経てば当時の騒がしさが取り戻される。見た目は変容したものの中身はあまり変わっておらず、それが嬉しかった。学生時代の旧友なんて、酒をぶち込んで昔の話をすれば盛り上がるように出来ているのだ。

バイト連中は先輩、同期、後輩を合わせると7人が参加していた。その中の一人に、年齢が一つ下の後輩の女の子が居た。名前をアカネちゃんとしよう。

自分は地元の飲食店でバイトをしていたのだが、アカネちゃんと自分は中学校が同じだった。年齢が違うため学年は異なり、部活も違ったため中学生の時の思い出は無かったが、共通の知り合いが何人か居たことでバイト時代もそれなりの仲を保っていた。

そして大事だったのが、アカネちゃんの顔がどタイプだった。タイプじゃない。どタイプ。ショートカットが良く似合う丸顔と、気立ての良い所作と自然と振りまかれる朗らかな愛想。おっとりとした癒し系統の性格ながら、非常にゲラなところ。笑った時にだけ見える片方の八重歯。それら全てが自分のどタイプ過ぎて、正直、バイト初日に会った時からちょっと好きになっていた。

ただ、アカネちゃんとバイト先が同じになった頃、彼女には高校生の頃から付き合っている彼氏が居た。その彼氏は同じ高校の同級生らしく、当時ですら5年以上も恋人として関係を続けていた。その関係は自分が社会人となってバイトを辞める時でさえも継続していた。

そこから数年が経ち、全員が社会人となった。一様に学生時代の思い出話に花を咲かせている中、俺はアカネちゃんはがそいつと破局したかどうかが気になっていた。他のことはどうでも良かった。飲み会の前に彼女のインスタをチェックして、彼氏との投稿が全部消えていることを確認するくらいにはアカネちゃんの恋人の有無を気にしていた。

「てか、恋人いる人って今どれくらいいるの?」

唐突に、一人が場に話題を提供する。彼の質問に仲間内の何人かが手を挙げたが、アカネちゃんは恥ずかしそうに笑うだけだった。「アカネさんって彼氏いませんでした?」と、別の後輩が彼女に訊く。アカネちゃんは困った様子を浮かべながら、アカネちゃんが口を開いた。

「うーん、色々あって、別れちゃいました~」

そこからの自分は早かった。

まず、その会ではなるべく彼女の近くに座るようにしてアカネちゃんとの共通項を指折り数えiPhoneに書き溜めた。下心が露呈しないように意識しながら「あ~それは彼氏君が悪いね~」と元彼氏の悪口を言い放つ。

普段は吸っている煙草も「私、煙草ちょっと苦手で」と彼女が言った瞬間に「いや~最近禁煙してさ~煙草ってマジ臭いよね笑」と嫌煙者ムーブに努めた。男だけで行った二次会でバカスカ吸ったことは多分バレていない。


その日の晩。アルコールによって薄まった自意識に頼りながら、アカネちゃんに連絡をした。「今日はありがとう~」「また今度、飲みに行こう~」

5分と経たない内に、彼女から返信が来た。

「こちらこそ、ありがとうございました!」
「私も、青山さんに話したいことがあります笑」

脈しかない。

即レスは恋愛においてタブーだと分かっていながら、昂った体温を抑える事が出来ず直ぐに返信をした。「ほんとに?」「じゃあ、今度飲み行こうか~」

こうして、学生時代の後輩と、社会人になってからご飯に行くというフラグビンビンのイベントが爆誕した。2022年の12月の出来事である。

年が明け、アカネちゃんと二人で遊ぶ日がやってきた。西国分寺に住んでいた彼女に合わせて、高円寺に集合した。高架線沿いに佇む、夜はバーになるタイプのカレー屋さんで野菜カレーを食べ、アーケード沿いに立ち並ぶ古着屋を巡り、もつ煮が美味しいと評判の大衆居酒屋でホッピーを飲んだ。タイトルが手描きっぽいフォントの邦画のような二人だった。

デート自体は何の障害もなく、ただ楽しい時間だけが訪れていたように思う。途中、アカネちゃんに「仲良い男友達が要るんですけど、その人が自分に本気なのかどうか分かんないですよね…」と相談され、内心(何故そんなことを聞くのだ)と訝しみながら「そいつに『私のことどう思ってんの?』とか聞いてみたら?」と適当に言葉を返していた。

高円寺デートの後も、何度か二人で飲みに行った。お互いの仕事の話や、サッカーが好きで、ブライトンを偶に見ているという彼女に自分と同じくグーナーになることを勧めたりとか。シーシャ屋にしろ居酒屋にしろ公園にしろ、彼女と過ごす時間はとにかく楽しかった。ただ、毎回、件の男友達のことを相談され、その度に自分の頭には疑問符が浮かんでいたのだが。

そして2023年の4月。仕事終わりの僕と彼女は新宿駅で待ち合わせをしていた。東口の広場にて合流した彼女に「どっか適当に店入る?」と提案する。アカネちゃんは申し訳なさそうに眉を顰めて「ごめんなさい、ちょっと今日はお酒は辞めときたいかもです」と口にした。

いつもとは違う態度に違和感を抱きつつも、「じゃあ、何系食べたい?和食?イタリアン系?」と店を探す。二人で歌舞伎町の方に歩いていると、アカネちゃんが「あ、あそことかどうですか?」と指差した。彼女の視線の先には、バーガーキングの看板がオレンジ色に光っていた。


クーポンで安くなったワッパーセットをトレーに乗せ、二階へと続く階段を上る。20時のファストフードの店内はとても静かで、その殆どが一人客だった。ガラスの外には新宿歌舞伎町のネオンが下品に光っていて、その下を数多もの人たちが往来している。四人席に腰を下ろし、何気ない雑談を挟みながら互いのタイミングでバーガーキングを味わう時間が始まった。

包み紙を解いたアカネちゃんが、大きな口でバンズにかぶりつく。デートでハンバーガーに行くのは女性側からしたらハードルが高いらしいが、豪快な食べっぷりと恍惚とした表情に、アカネちゃんとだったら何処に行っても楽しいだろうな。そんなことを思ったりもした。

「今日は、青山さんに話さないといけないことがあって」

自分がハンバーガーセットを食べる時は、決まってポテトを全部食べてからハンバーガーにありつくようにしている。ハンバーガーとポテトを交互に味わうよりも、片方を消費してからもう片方を味わった方が、なんとなく美味しく感じるのだ。

「ずっと前から言ってた、私の男友達いるじゃないですか」

彼女の話に相槌をしながら、他のバーガーチェーンよりも太くて美味しいポテトを食べきる。ポテトを広げていた紙ナプキンを畳み、ワッパーの包装紙を開くと、重厚なパティが目に飛び込んで来た。

「この前、会った時に聞いたんですよ。『私のことどう思ってるの?』って」

バーベキューソースが鼻腔をくすぐり、口内に唾液が広がるのを感じる。あぁ、いつもの匂いだ。絶対に美味しいやつだ。いただきます────

「そしたら、そのタイミングで向こうから告白されて」
「それで、付き合うことになりました」


──────味がしない……だと…?


突然、何の味もしなくなってしまった。エアコンと電子レンジとドライヤーを一緒に使用した際にバチンと落ちるブレーカーのように、味覚自体が失われたようだった。

慌てて二口目も続けてみたが、眼前のワッパーからは味が届かない。さっきまであんなに美味しそうに見えていたのに…。流行りの疾患を疑ったが熱も咳もない健康そのもので、それが却って恐ろしかった。

あぁ、そうか。俺はショックを受けている。

そう自覚した途端に、彼女に対する自分の言動を恨んだり、異性として意識させるようなムーブをするべきだったと後悔した。バイト先の先輩として格好つけたり楽しませようとするあまり、恋人としての接し方をしなさ過ぎた。

目の前の男がそんな風に思っているなんて知らないであろうアカネちゃんは「青山さん〜、私、彼氏できました」と嬉しそうに笑っている。隙間から覗く八重歯と煌めく瞳が眩しくて「いやー、ホントに良かったね」と微笑み返した。

ブンと、蠅が二人の間を通り過ぎた。鬱陶しい羽音を手で払いのけ、味のしなくなった大好物を再び口にする。


新宿の夜は入店前と変わらない活気を保っていた。スマホで時刻を確認すると[21:30]と表示された。人の勢いは先ほどよりも増したようで、仕事帰りの人が駅方向へ向かい、対面から若者たちが威勢よく歩いてくる。僕とアカネちゃんは二人で新宿駅の改札へ向かっていた。

「青山さんは新宿の何線ですか?」隣を歩くアカネちゃんが乗換案内で電車を調べながら尋ねる。自分が乗るべき電車は分かっていたが直ぐに帰る気にはなれず、「ちょっと散歩してから帰るわ。アカネちゃんの改札前まで送るよ」と返した。

なるべく冗談っぽい口ぶりで「一緒に歩く?」と彼女に訊いた。遠慮しておきます、と一蹴されることを想定していたが、アカネちゃんは「え、歩きたいです」と答えた。散歩好きなんですよねーと微笑む彼女の優しさを、心から有難く思った。


甲州街道を八王子方面に向かって、二人で歩き続けた。
春というには少し蒸し暑い、夏の宵を先取りしたような4月だった。

ずっと俺が何かを喋っていて、アカネちゃんはそれに笑ってくれていた。傍から見ればバランスが悪い二人だったかもしれない。彼女が自分と一緒に居てくれた理由は一生分からないままで、それなら尚のこと関係が崩れるのを怖がらずに話をするべきだった。

多分、バイト先の飲み会があった時時から件の友達と微妙な関係が続いていて、男側からの意見を聞きたかっただけだったんだろう。身近に男友達がいなかったタイミングで昔の先輩が声を掛けてきたから相談してみた。それだけの話だった。「そんな煮え切らない男やめて俺にしとけよ」と言えたら良かった。付き合えなくても、彼女が笑ってくれればそれで良い、なんて臆病な言い訳でしかなかった。

一時間程歩いた後で、笹塚駅前のセブンイレブンでパピコを買った。妙に洗練された広場のベンチに腰を下ろし、割って食べた。

パピコを見る度に彼女のことを思い出す…とまではいかないが、「夜の散歩でパピコ」とか無理矢理エモくしようとしてる感じとか、そういう所が駄目だったのかも、と今になって思う。知らんけど。





最後にアカネちゃんに会ってから、一年と少し後。

いつものようにストーリーを見ていると、トッテナムのユニフォームを着た写真が流れてきた。アカウント名に目をやると、それはアカネちゃんだった。

アカネちゃんと彼氏が国立競技場をバックに並んでいた。リシャルリソンとソンフンミンのユニフォームをそれぞれ着ていた。ブライトンを応援してたのを辞めたのかなとか、高いチケット買って応援しに行くほどスパーズファンになったんだとか、てかよりによってアーセナルの目の敵のスパーズなのかよとか、彼氏より俺の方が絶対サッカー詳しいけどなとか、そういう色んな事が頭を過った。

けど、写真に映るアカネちゃんは飛び切りの笑顔を向けていて、それだけで良かった。今のアカネちゃんが幸せならOKです。もし結婚でもしたらストーリーでも何でも良いから教えて欲しい。冬だろうが構わずに泣きながらパピコを食べるから。

でも、もし、万が一この前のノーロンでトッテナムに嫌気がさして、それが原因で彼氏とも険悪になってたりしてたら、連絡してね。一緒にガナーズになりましょう。アーセナルのユニフォームを着て、来年頭のノーロンを観ながら、バーガーキングを食べましょう。

…そんな叶いもしない妄想にふけなから、今日も一人でサッカーを観るのであった(続く?)

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