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シン・現代詩レッスン70

鮎川信夫「寝ていた男」

『続続・鮎川信夫詩集』から。先に「続」を読むべきだったのだが見当たらなくてこっちを先に借りてしまった。「寝ていた男」は鮎川信夫の戦後詩の代表作「死んだ男」のパロディかと思う内容である。「死んだ男」の初稿が書かれたのが1947年で、『鮎川信夫詩集』で改編された完成稿が1955年であったという。完成稿と書いたが初稿にかなりの自信があり、それを広く一般的にしたのが1955年版かもしれない。1978年のエッセイではもう二度と書けない詩の高揚感があったという。

1955年版ラストの言葉「そらにむかって眼をあげ」は不用意な挿入句だと書いている。希望など見なかった、ということなのだろう。そして「死んだ男」から詩集「宿恋行」の「寝ていた男」に変遷していくのだ。

寝ていた男(宿恋行)

花曇りの日に
二人でよりそうようにして
明るい観光ビルのなかに入っていきました
どこだってかまわない
外国行の切符を買ったのですが
ロビーまで戻ったところで
あなたにはぐれてしまったのです

鮎川信夫「寝ていた男」

ここには「死んだ男」の影もないように思う。死刑執行人のMは消えて女との逃避行なのかと思う。その女にはぐれてまた寝てしまったのだろうか?情景は70年のシラケ世代の感じだろうか?ちょうど村上春樹の小説が出た頃の話のような。観光ビルを「いるかホテル」にしても問題ないと思う。そして迷子になりドアを開けるとそこは礼拝堂になっていた。

そこは秘密の礼拝堂になっていて
金色の聖像におおぜいの人が
お祈りをささげているところでした
みんなの眼がいっせいに
こちらを向いて光りはじめたので
びっくりしてドアをバタンと閉めましたが
それはまた別のお部屋に
自分を閉じこめる音でありました

鮎川信夫「寝ていた男」

語り調が寓話というか童話のような「死んだ男」のときの緊張感もないように思える。ただこの情景は「死んだ男」の葬儀のシーンかも知れなかった。過去に迷い込む男。しかし、彼はその部屋を出ると女二人が争う部屋に入るのだ。どうも外国人のようである(英語を使う)。そしてまた外に出て廊下の迷路を彷徨う。ドラえもんのどこでもドアのミステリー版か?

そして外国人の男性(英語を話す、アメリカ人かもと思う)に導かれて迷路のホテルの奥へ奥へと導かれるのだ。

迷路は深くて
だんだん奥へ奥へと入っていくようで
その人の背丈も
暗がりで筍みたいにずんずん伸びていくので
なんだかとてもこわかった………
眼がさめてみると
あなたが傍でおやすみになっていらっしゃる
外はひどいどしゃ降りでした
屋根を叩く雨音がひとしきり強く
やっと安心しました

鮎川信夫「寝ていた男」

男は寝ていて夢を見ていたのだと知る。
しかしビルなのに「屋根を叩く雨音がひとしきり強く」はないだろうと思う。戦後の安ホテルではあるまいし、いや眠っていた男はそこで目覚めたのだ。

寝ていた女

目覚めたときぼくは姉さんとベッドを共にしていた
姉さんの白い肌に血が付着していた
姉さんは処女だったのか?
ヤバいことになったもんだ
とにかく姉さんを起こさないと

やどかりの詩

姉さんが目覚めた
真っ白な裸に目が眩む。
「姉さん、今日はもうおしまいにしよう」
「何言ってだ、お前。このままじゃ逃げられないじゃないか」
ぼくはぼんやり思い出した
姉さんはもうひとりの姉さんを斬り殺して
ぼくは気絶したのだ
その血はもうひとりの姉さんの血だった

やどかりの詩

近親相姦なら死刑になることはないが
人殺しは姉さんは死刑
共犯のぼくは無期懲役
「どうしよう」
とぼくが怖気づいていると
「逃げるんだよ」
と姉さんがこともなくいう

やどかりの詩

姉さんはホテルのガウンに着替えて
ぼくの服を投げてよこす
ぼくもすっぽんぽんじゃないか?
ぼくたちはむすばれたのだろうか?
共犯者になっているのは間違いなさそうだ
「いい、イメージするのよ」
姉さんは語気を強めて言う
「お前の好きな映画のラストシーンは何?」
『明日に向かって撃て!』
「『俺達に明日がない』じゃなくて良かった
まだ希望が見えるもの
ここを出たらとにかく逃げるのよ
これはお前の映画 イメージ の中なんだから」

やどかりの詩


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