解題【墓標】文芸ネムレヌ第62号
文芸ネムレヌ界隈の皆様、はじめまして。
自己紹介
アオと申します。欠損した小指を補うために、古物市で小指を買ってきたのですが、小指の中に見知らぬ人が住んでいて、「文芸なにやら」を取りまとめろと強迫するので、此処に一筆したためる次第でございます。皆様におかれましては初対面にて戸惑われるばかりと存じますが、何分小指のやる事なものですからご容赦ください。
文芸ネムレヌについて
小指に住んでいる見知らぬ人の話によれば、テーマに因んで集まった作品をひとつのマガジンに綴っているそうです。テーマについても、その都度参加者同士で決めているのだとか。ご苦労様でございます。
解題について
集まった作品を総括してご紹介するのが「解題」というものらしく、それをこの度は私が書くことになりますが、至らぬ点はご容赦ください。
テーマ「墓標」について
人が死ぬと土に埋めますね。それは私の国も同じです。とりあえず埋めます。埋めないと腐爛致しますので見目が悪くなりますね。死体が肉崩れて朽ちる様を見たくありませんので、埋めますね。埋めた場所を覚えておかないと、間違って掘り起こしてしまうので、目印が必要です。木杭でも立てておくのが良いでしょう。名前も書いておきましょう。このようなものを墓と言います。杭でなくても構わないと思います。犬や猫ではいけません。逃げてしまいますから。
墓標、というのは死んだ方の名前です。私が死んだら、私の名前が書かれます。
解題
文芸ネムレヌ62には9つの作品が収められました。それを紹介すれば良いのでしょうか?
1、朝見水葉さん「金魚のあしあと」
金魚に足はありませんので、当然あしあともございません。そのような存在しないものの事が書かれているように思います。
冒頭、過去形で県境に化石が出たことが話者によって語られます。世の中に化石など、あるようで、ありません。幻想の産物です。化石が発掘されたのだと聞かされると私は幻想の中に放り込まれたような気になるのです。夏と、化石。本当は存在しません。
しかし、物語は続きます。河原のホームレス、無作法の若者たち。或る家族と追憶の模造皮膚人形。
奇妙です。モヤモヤしませんか?だって、私が誰か分からない。この物語は金魚のつけた足跡です。二本足の金魚が歩いた跡を辿る旅路のようなものだと私は思いました。
2、ouinさん「墓標」
極限に切り詰められた物語です。昔、私が文学に走り出した時、世間には「一行詩」なるジャンルが流行しておりました。
日本の俳句のようなものでしょうか。十七音に拘らない俳句もあると聞きます。
ouinさんの本作品はそのようなジャンルに似ています。
短さの良さがありますね。
ジャミラは、辺境の惑星に旅立った地球人が四次元転移に巻き込まれて、存在が変質してしまった成れ果ての宇宙怪獣です。地球人なので地球に帰りたがっておりますが、地球に帰ったジャミラは地球防衛隊によって弑殺されてしまいます。
全く関係ない話ですが、坂上田村麻呂が東北攻めをした時に、蝦夷族の勇士阿弖流為と雌雄を決することが出来ないまま、二人には友情が芽生えて和睦することが決まったそうです。ケジメとして阿弖流為は大和国の都に赴くことが決まり、身の安全を坂上大将軍が保証したのですが、都人の合議が行われて蝦夷族は駆逐すべしと決議されて阿弖流為は処刑されてしまうんですよ。
やるせない話です。ouinさんの本作にも多くを語らない事で滲み出る哀切があります。
本作を読まれる時には星を眺めて、宇宙方位線によって変形してしまう事の孤独を思い浮かべて欲しいと思います。
3、葵さん「自分探し喫茶」
自分探しという怪奇ゲームがあったような気がします。洗面器に水を張って、人形を百回刺して水に沈めて、家の中に隠れるのでは無かったでしょうか。思い出しました。それは「ひとりかくれんぼ」でした。全く関係ありませんでした。
葵さんの本作は時空の歪みによって見知らぬ喫茶店に迷い込んだ主人公が、喫茶マスターによって聞かされる話が主軸となっております。
自分に全く無関係と思われる店主の、全く無関係と思われる「自分探し」の物語。他人事ながら、ひとりの青年の人生の緩急に感情移入が起こります。
幻想の喫茶店に迷い込んだ主人公が聞かされる物語、構成が面白いですね。魔法喫茶の店主の魔力なのか読者もいつの間にか物語に引き込まれます。それが果たしてどのような魔法なのか、それは読者様ご自身で物語を読み進めてお確かめください。
4、くにんさん「石山のおっちゃんの墓標」
人間はすべからく死にます。そして死んだ人間は消えます。たくさんの人間が死にました。そして私はそれらの死んだ人間を忘れます。たくさんの人間が死んで、私はたくさん忘れました。
私が死んでも同じです。死んで、忘れられます。何が残りますか?何も残りませんか?
あなた、死ぬ。何が残りますか?
この国では多くの墓標が石を彫って刻まれます。石柱の側面に死んだ人間の名前が彫られるのを私は見ました。石柱で作られたお墓はは木よりも長く残るでしょう。
それだけ長くあなたは死者を悼むことが出来るでしょう。
くにんさんの本小説はそうした一般論から少し外れた「墓標」について語られます。
この解題の冒頭で朝見さんの作品が取り上げられました。「金魚のあしあと」足跡とは痕跡です。生きた者は痕跡を遺します。二本足を持たずとも足跡は残るかもしれません。私たちが死んでもあしあとは遺るかもしれません。
5、御首了一さん「死びと詩集」
多くの日本人は何故か死ぬと、大きなお金を払って宗教家から名前を買います。そんな馬鹿な!と今まで思っていましたが、困ったことにこの国に蔓延するそれらの宗教では買った名前の方が「あしあと」として墓碑に残ってしまうらしく、つまりは故人の生涯の価値が宗教家によって売買されているということなんですね。
御首了一さんの本小説はそんな話をしてしまうともう身も蓋もない。台無しです。そんな話は忘れて読まれる事をおすすめします。
御首了一さんの近況について。
ふじのくに文芸コンクール2024受賞作一覧
ふじのくに文芸コンクールで共同通信社賞を受賞されたそうです。おめでとうございます。
6、としべえさん「帝都の双塔」
としべえさんの小説です。私は見た事ありませんが、帝都には双塔の官庁舎があるそうで、それが巨大で話題になったそうですね。
で、それが文明都市の墓標である、と。墓標なんでしょうね、日本人が滅んでいくわけですよ。どうしたって、これは。
あと100年もすると日本という国はもう何だか分からないものに変わっていて、私達も旧人類で、すっかり変わった日本国民に、僅かに残された記録媒体が色褪せた現代を懐古主義的に伝えていて。新宿都庁の遺構は墓標以外の何ものでもない。
それで新しい日本人が古い日本人の事を色々誤解していて、ちょんまげを結っていたんだろう、とか。忍者、サムライ、芸者と日本の職業は3つしかなかったんだぜ、とか言ってますが残念ながらその頃には私も死んでおりますので、誤解を正すことは出来ません。
7、海亀湾館長さん「愛しい顔」
主人公が聞かされた話を読者が追体験する構成は葵さんの小説と同じです。凝っていますね。
物語の語り手が、物語を聞く読者となっている。
どうも私が見聞したことによれば小説というものは「変化」を表すもののようです。
語られる物語があって、それを話すのが主人公であるならば、その物語は「私」によって消化されておりますので、それを語る私に変化はありませんが、もしも話聞かされるのが「私」であるならば、その話を聞いてしまった「私」はその話を聞いた事によって変化せざるを得ません。それで小説なるものが成立するという、そのような効果があるようですね。
海亀湾さんの小説は「物語」を聞いたのが、過去の私であり、その話によって変化した現代の「私」が主人公となっています。
過去の私が聞く物語の面白さもさることながら、その私が現代において如何なる私に変わったのかが面白いお話でした。
8、千本松由季さん「俺の赤いネックレスとあの人の命日」
ビーズといえば。
あの胡麻みたいなヤツでしょう?と思いながら読んでいましたが、私の知るビーズと本物のビーズは異なるもののようですね!
日本では南京玉と読んでいたそうです。胡麻みたいなものもビーズですが、紐を通せるように穴の空いたガラス玉もビーズ、どちらかと言えばそちらがビーズ。
で、赤いビーズが出てきて、それが本当に赤いのだと描写されていて、なぜそんなに赤いのかと言えばそれが英国ビクトリア朝時代に現代ではロストした技術力で作ったからだと云う。
古い時代には古い時代の技術があるものですね。考えてみれば昔のPCはフロッピーディスクを挿して、ソフトをインストールしないとソフトが動かない。で、インストールするのは自動ではなくて(当然マウスカーソルとか、インターフェースとかそんな概念もなくて)黒い画面にDOSVコマンドなるものを入力して手動でソフトをインストールしないといけない。で、説明書を読みながらDOSVコマンドを入力するのですが、PCRの仕様ごとに適用されるコマンドが微妙に違っていて説明書通りにやっても動作してくれない、、、とか。それで、そのPCに適合するDOSVコマンドを探すのにそれとないセンスが必要だった訳ですが、もうそんな技術は必要ないし誰も使わないし、とっくに失われている。としべえさんの小説に帝都の都庁が墓表だと書いてあって、過去の遺物は全て墓標です。赤いビーズも墓標です。
くにんさんが「石山さんの墓標」という言葉を使いましたが、石を積むのも墓標ですし、赤いビーズを作るのも墓標。私も墓標、あなたも墓標です。
血のような赤いビーズを中心に織り成す人間模様。希死念慮に侵された登場人物が登場しますが、希死念慮の受容の在り方が静態的でそれがサナトリウムのような心地良さを伴っておりました。
9、アイウカオさん「月と痩せ犬」
こちらの物語は本編の後半に当たる部分で前半はまだ書かれていませんが、この書かれた部分はとても面白いです。前半が書かれて完全版になるのが待ち遠しいですね。
後半では探偵、糸魚川氏及びその助手平手女史と行動を共にする謎の美少女、砌谷久遠の正体が暴かれます。
当然伏線はあるのでしょうけれど、未だ語られない前半部分にはそのような正体は明らかになっておらず、砌谷久遠の美少女性のみが強調される。
美少女でございますから、脱衣所でうっかり鉢合わせなどのハッピー展開とかもありそうです。美少女特有のボディタッチなどもあるでしょう。そのような色香にほんろうされたいものですね。そうした数々の出来事の末に語られる核心部分はさぞや読者を驚かせることでしょう。面白いので是非読んでみてください。
以上、テーマ「墓標」に集まった9作品の紹介でした。
次回テーマについて
私の新しい小指の中に住んでいる人によれば、解説のあとはいつも次回テーマを決めているそうですが、話を伺う限り決め方が複雑なので、少し方法を変えたいと思います。
投票フォーム
と、思いましたが私では代わりの方法が見つけられないので変わりません。
上記のリンクからご投票ください。投票期限を決めるんですか?そうですか。
じゃあ、12月13日の金曜日で良いですか?そうですか。
更に?
その次の投票用の?
テーマも集めるんですか?
ではこちらも上記のリンクにご応募ください。
ん?互選?お互いに作品の評価をするんですか?なるほどねえ。では一番だけ決めましょう。12月13日の金曜日締切です。
これで?終わり?
では最後に私から。
テーマが墓標ということで死臭漂う作品集ですね。ひとえに死臭と申しても、死の受容の観点から言えば様々な死との向き合い方があったように思います。
人間は自分が死ぬと知った時に、死そのものに怒りを感じるそうですよ。それから諦め、そして受容。このような流れを経て、迫りくる死を受け入れる準備を整えるのだそうです。
死、というものに段階があって各々の関わり方があるように、この作品集にも皆様の個性がありました。
あなたの、私の墓標群。
居並ぶ墓石。
そんな様相を呈しております。
ところで、先程から黒服の男たちが屋敷の周囲をウロウロしているような気がします。怪しい男たちに狙われています。え?ムラサキ事務所?ナニソレ?
あ、大変です。押し入りです。怪しい男達が、助けて!助けて……ッーーーーー!
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