愛知妖怪奇譚 亡国の児戯
遊園地に、美しい骨が落ちていた。
木のバットほどの長さがあり、石膏彫刻のように白くなめらかな線を描き、生きる意志があるかのごとく硬かった。
廃墟と化した遊園地。夕暮れ、懐旧に捕われ侵入したものの、やはりここにはもう管理者はなかった。行政も放置しているようだ。ただ、管理者があるとすれば――目の前にいる、赤い着物の少女であろうか。金色の髪飾りがチラチラと輝いている。近所の子供であるはずがない。着物の少女は、美しい骨を拾った。
少女の後ろには亡国の宮殿と化したメリーゴーランドが悄然と鎮座している。
「どこの馬の骨じゃろう」
くっくっと微笑み、おもむろにそれを腰に差すと、着物の少女は物慣れた所作で、流れるように一体の木馬にまたがった。豪華な衣装で飾られた王宮仕えの名馬だ。
「牝馬の右の大腿骨じゃ。そりゃ、焦がれるほど美しいわ。お前の追い回した恋人じゃったかなぁ」
くすんだ木馬の首にしがみつき、頬を擦りつけ馬の鼻を愛おしげに撫でる。赤い着物の袖から伸びる華奢な手首、まっ白い指、真珠みたいに丸い爪、一本だけ長い人差し指――その指先を尖らせて鉤のように馬の鼻をえぐり、ん、ん、と声を漏らして馬の喉に絡みつくと、木馬はビクンと巨体を震わせた。
ここにはもう管理者はない。馬体のフォルムを嘗め回す、この子の児戯があるだけだ。
「お前、もう空っぽじゃろう」
空っぽの馬はあれだけではないだろう。この子が稚気で馬をすべて朽ちさせたのか。他へ行かないのだろうか。だが、ここ以外、管理者のない馬はいない。空っぽなのは、すべてが空っぽであった。
「立派な骨はあるくせに、もう空っぽじゃ」
少女がゆるりと馬から舞い降りると、ゴロン、と大きな音が鳴り、木馬が倒れた。馬体を縦に貫く鉄の棒がむき出しだった。生前の馬を動かしていた支柱だ。
これからだ。少女はいまからすべての馬を倒滅する。好き放題――管理者のいない、この場所で。
(了)
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