見出し画像

不二先生の処方箋 覗き魔

 若い女性の奇病を専門として少し名の知れた先生がいた。名は不二という。医者でふじなど縁起でもないが、先生の場合は関係ない。年は三十過ぎと若いのだが、面相は恐ろしく老けている。近所の年寄り達も、冬になる度に「先生、腰は痛まないかい?」と気遣ってくれるほどだ。

 先生の扱う奇病はだいたい怨念が原因である。自分の身に振りかかった災いを相談に来る女性が大半だが、時には奇妙なものを見たという話が舞い込むこともある。年の瀬も近い時節に、中学生の女の子が一人で訪れた。きれいに揃った前髪とあかぎれの耳たぶを見ると、何だか学校の先生になった気がするものだ。おおかたこっくりさんでも出たかと疑った。

 訊けば、極めて珍しいものが出たようだ。

「毛深い変なのが、中庭に浮いて、ずっと私の部屋を覗いてたんです……」

 少女は青ざめた表情で目を潤ませ、終始怯えている。

「失礼ですが、ご家族は病気にかかってますか?」

「えっ、何でわかるんですか?」

「この手のものは、その手のものでね――」

 カルテを書き終えると、先生は少女に奇妙な覗き魔の正体を告げた。

「お嬢さん、毛羽毛現(けうけげん)という仙人です」

「えっ? 仙人……?」

「あなたも普通の覗きじゃないからここに来たのでしょう? ご家族の病気のことをもう少し詳しく聞きましょう」

「……はい。実はお父さんと二人だけの家庭なんですが、お父さんが先週から入院してるんです。かなり遠くの病院なので、ほとんどお見舞いにも行けなくて……」

 先生は頷きながら話を聞いた後、なだめるようにゆっくり伝えた。毛羽毛現とは、人前には滅多に現れない毛むくじゃらの仙人で、百数十年の歳月を経て、空を飛ぶようになったものだ。奇遇にもどこかで最初に見てしまったのは父親であろう。そして彼が入院した後、その大きな困りごとを感じ取り、気になって彼の娘の部屋を覗きに来たのだろう。

「――あの、私も病気になるんでしょうか?」

「その心配はないでしょう」

 先生はあっさりと言い切った。

「対処法ですが、今夜、部屋の窓の外側に紙を一枚貼っておきなさい」

「もしかしてお札ですか? 一枚で足りますか? たっ、高いんですか?」

 トン! 先生は長い指でカルテを叩いた。

「つまらぬ心配はやめなさい。この災いは過ぎるのを寝て待つことです」

 少女は神妙に頷いた。独りで不安な胸中は十分察する。

「細かい違いはわからないとは思いますが、相手は仙人です。本来、覗きの趣味はない。願懸けが足りないのです。入院前に、お父さんにお願いしたことがありますよね?」

「――えっ? あ、はい、あります」

「それを紙に書いて貼りなさい」

「……あの、そんなもの書くんですか?」

「治す方法を、言いましたよ」

 そして処方箋を渡した。神仙への願懸けに用いる、清められた白い紙一枚。近くの神社で買うように書かれていた。

 数日後、年の瀬のいよいよ迫った日に、再び少女が不二先生を訪ねてきた。可愛らしい毛皮のついた新しいブーツを履いており、はにかんだ表情を見せた。これがクリスマスの夜に忽然と枕元に届き、次の日から毛深いものの姿はまったく見なくなったという。また、年明けには父親も退院できそうで、先生も安堵の笑顔を返した。

 その通り、この災いは過ぎるのを寝て待つのだ。赤い帽子や服やソリはないが、空を飛んできた毛むくじゃらは義理を果たして、まだどこかに去って行っただろう。

(了)


各話解説

■不二先生の処方箋 覗き魔 

 女性の奇病の専門医、不二先生のふしぎな治療談です。固有名詞のない少女が登場しますが、ふみちゃんとは関係ありません。これは、先述の夜道会の妖怪掌編集第二弾『へんぐえ ~せるりあん~』収録作品から派生したシリーズですが、独立した話になっています。不二先生は、数井くんとは違って正しい処方をする、というスタイルの違いがあります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?