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オーブンレンジへあくがる

あくが・る【憧る】
心が体から離れてさまよう。うわの空になる。
どこともなく出歩く。さまよう。
(学研全訳古語辞典より)

先日、うわの空でふらふらとさまよい、気がついたらヨドバシカメラの家電コーナーにいたのは、オーブンレンジへ憧れる気持ちからでしょうか。ああびっくりした。

何かに憧れるって本当に怖い。

私は、目の前にズラリと陳列されているオーブンレンジに引き寄せられるようにして、そのコーナーへと入っていきました。


本当は自宅にあるスーパーロースペックオーブンレンジでも、十分すぎるぐらい。温め、解凍、グラタン的なものを焼く、その程度の利用ですので、これ以上何を求めるというのでしょうか。

オーブンレンジへ憧れる気持ちは、閉じ込めておくつもりでした。
それなのに、ようやく消えかけたその憧れという炎を、再び燃え上がらせるようなLINEが先日届いたのです。


『夜中にチーズパン焼いた。見た目はイマイチやけど。明日の朝、娘たちが喜びそう』

お姉様やめてぇ!

黒いグリル皿に並べられたほかほかのパンたち。パン生地からあふれ出るチーズは程よく焦げ目がつき、“今まさに焼き上がりました“というシズル感が最強。翌朝起きた姪っ子たちの、喜ぶ姿が目に浮かびます。

『めっちゃおいしそう!!あ〜私もオーブンレンジ欲しいなぁ〜』

『え、まだ買ってなかったん?私からしたら、迷う要素ナシって思うけど』


冷たっっ。返事冷たっ。

レンジで温めたろか。

姉は合理主義者なので、オーブンレンジは少し高くても買っておけば日常使いができるし、とてもコスパがいい物と判断しているのでしょう。

どサドな感じであしらわれながら、どマゾな感じで燃え上がってしまったオーブンレンジへの憧れを胸に、ヨドバシカメラを訪れたのです。

膨大な情報量を発信してくる店頭POPがひしめく中に、黒と白でシンプルに構成されたコーナーがひときわ目立っているように見えたのは、バルミューダ【BALMUDA The Range】でした。

うはぁ、シャレオツ。

その研ぎ澄まされたプロダクトの美しさは思わず目を見張るものがあり、シンプルな機能ですが、とても魅力的です。
私はステンレスモデルを目の前にして、うっとりとしていました。

その時です、横にあるパナソニックコーナーから、雄叫びが聞こえてきました。


「うわーーー!!!マジっすか、これすげえっスわ!」


サンシャイン池崎、降臨。

ギョッとして横を見ると、20代前半ぐらいの若い男性が店員さんと歩きながらやってきました。

「へー!これパンも作れんっスね!」

「え!?パスタも茹でられんスか?」

「ヤヴェー!!マジ、ヤヴェー!!」

サンシャイン(と呼ばせていただく)の声が大きすぎて、“どうやらパナソニックのオーブンレンジはすごいらしい“という触れ込みが、フロアにいる一定範囲内の人々になされていました。

パナの回しもんちゃうやろな。

そんな疑念が浮かぶほど、いかにそのオーブンレンジが多機能で、それに魅了されていているのかを実況中継してくれるのです。

「へぇースマホ連動スか、めっちゃ料理のバリエーション増えるなぁー」

「あーどうしよ。めっちゃ迷うわ。すんません、ちょっとあっちもう一回見て考えます。また質問あったら聞いてもいいっスか?」

店員さんは、もちろん!どうぞどうぞという感じでうなずき、サンシャインはシャープのコーナーへ歩いていきました。

きになるし。

私はサンシャインと店員さんがそこを離れた後、移動しました。

家政婦は見た。
パナソニックのスチームオーブンレンジ【Bistro】。

うはぁ、ハイスペ。

焼く・煮る・蒸す・揚げるがこれ一台、というその商品からは重厚感と高級感が漂っています。これがあれば、もはやコンロ要らなくない?

真っ暗な庫内には、『高精細・64眼スピードセンサー』とやらを表現するために、オレンジ色の光線が斜めにそして方眼状に、ズバーーーンと光っています。
それはまるで泥棒がくぐり抜ける赤いレーザービーム警報システムのようで、何だかわかりませんが、全方位から焼かれそうです。

まじまじと商品を見ていたところ、何気に視線を下ろした先にあった値札が、目に飛び込んできました。

え。


じゅ、じゅ、じゅ、じゅうろ…

16万…

ドン(VND)かな?

エン(JPY)なの!?


ジャスティス!!

…いや

ガッデム!!

蝶野か!

サンシャインよ、きみはなんちゅー最高級ハイスペモデルを検討中なんや。


私は、想像を遥かに超えた値段を見て、あの若い男性がこの価格の商品を買おうか迷っている事に、驚きを隠せませんでした。

そしてその後ふと、気持ちが冷静になりました。

あの子、きっと料理がとても好きなんだろう。

私はそこまで、欲しいのだろうか。

自分と他人の欲しい気持ちなんて比較できるものではないですが、とても嬉しそうな彼を目の前に、私の欲求は少し影をひそめました。

とりあえず、今日はカタログだけもらって帰ろう。

私は【BALMUDA The Range】と【Bistro】のカタログを手に取り、オーブンレンジへの憧れの火種を、そっと胸の奥にしまい込んでその場を後にしました。


サンシャインへ。
きみがもしあのスチームオーブンレンジを手に入れた暁には、毎日狂喜乱舞しながら料理にいそしみ、それはもうステキな日々が送れるに違いないから、是非とも買いなさい。


いや、私に買いなさい。


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