時結い人 第6話
時結い人
第6話: 看病と決意
隠れ家の静寂が葵と龍馬を包み込んでいた。小さな民家の中、彼女は坂本龍馬の側に座り込み、その容態を見守っていた。龍馬の呼吸は浅く、意識はまだ戻らない。葵は自分がどれだけ役に立てるのか、自信がなかったが、彼を助けること以外に選択肢はなかった。
「もう少し、頑張って……」
葵は優しく龍馬の額を撫で、持っていた手ぬぐいで汗を拭った。彼の体温が少し下がっているのを感じ、心の奥に不安が広がる。近藤が部屋の隅で座り込み、じっと彼女の様子を見守っていた。
「医者を呼ぶわけにはいかないの?」
葵が問いかけると、近藤は険しい表情で首を振った。
「この時代、坂本様は幕府から命を狙われている。信用できる医者がいない以上、ここで看病するしかない」
その言葉に、葵は強い無力感を覚えた。今、自分がどれほど歴史に対して無力であるかを痛感していた。もしここで龍馬が命を落とせば、歴史は変わってしまうのか、それとも元の流れに戻るのか——その答えはわからない。
「私、どうすればいいの……」
葵は小さな声で呟きながら、龍馬の手を握り締めた。冷たい手に自分の温もりが伝わるように祈りながら、彼女は静かに決意を固めた。
「諦めるわけにはいかない。彼を助ける……それが私の使命」
その瞬間、彼女の胸の奥に灯った小さな決意が、彼女を強く支えた。この時代に飛ばされてきた意味があるのなら、それはきっと、彼を助けることに違いない。
翌朝、葵は龍馬の容態を確認するために彼の額に手を当てた。体温は少し安定してきているようだった。夜の間、何度も水を与え、彼の傷を手持ちの布で手当てしていた。その献身がようやく実を結びつつあるようだった。
「坂本様は……持ちこたえそうか?」
近藤が声をかけてきた。彼もまた、一晩中見張りを続けていたようで、疲れた表情を浮かべている。
「まだ油断はできないけど……少し落ち着いたみたい」
葵がそう答えると、近藤は小さく頷いた。
「しばらくはここに身を潜め、坂本様が回復するのを待つしかない」
葵は再び龍馬の顔を見つめた。彼の容態が安定するまで、自分ができることは限られている。しかし、その間にも彼女は考え始めていた。どうすればこの時代で自分が役立てるのか、そして元の時代に戻る方法があるのか。
「近藤さん、私にできることはありますか?」
葵が決意を込めて問いかけると、近藤は一瞬驚いたように彼女を見つめたが、やがて微笑んだ。
「お前が坂本様の世話を続けてくれるだけで十分だ。だが……お前の素性もいずれは聞かせてもらう」
その言葉に、葵は複雑な思いを抱きながら頷いた。自分がこの時代にいる理由を、いつか説明しなければならない時が来る。その時、自分はどう答えるべきなのか——彼女の心の中には、まだ答えの見えない問いが渦巻いていた。
その日の夕方、葵は一瞬の自由を得て、家の外に出た。林の中を歩きながら、風に揺れる木々の音を聞いていた。この静かな時間が、彼女の心を少しだけ癒してくれるようだった。
「ここで……どうやって生きていけばいいんだろう」
彼女は小さく呟いた。この時代で生きる意味と、自分が歴史に与える影響について、考えることが多すぎた。
ふと、彼女の心に一つの考えが浮かんだ。
「私は、この時代で新しい自分を見つけるのかもしれない……」
その瞬間、彼女は微かに笑みを浮かべた。未来への不安を抱えながらも、この時代での生活を受け入れ始めていた。
次回、第7話へ続く。
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