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「風に揺れる時間」story8

新たなプロジェクトの提案が田中のもとに舞い込んだのは、まさに彼が次のステージを模索していたタイミングだった。過去を受け入れ、再び前を向こうとしている最中のことだった。彼はその提案に対し、静かにワクワクする自分を感じていた。50歳を過ぎても、まだ新しいことに挑戦できる自分がいる。それが田中にとって、何よりの励みになっていた。

翌朝、田中は提案をしてきた会社の担当者とミーティングのために、都内のオフィスビルへ向かった。その会社は新しいITベンチャーで、彼が以前関わったプロジェクトと似た性質のものを手がけていた。田中はエレベーターに乗り、20階のミーティングルームへと向かう途中で、ふと過去の自分が見え隠れするのを感じた。彼がリストラされた時、同じようなオフィスで何度も悩み、葛藤していた。しかし、今日は違う。今日は新しいチャンスの入り口に立っている。

ミーティングルームに入ると、窓から広がる都心の景色が目に入った。そして、その窓辺に佇む女性の姿があった。30代半ばくらいの彼女は、長い髪を肩のあたりでまとめており、シンプルなビジネススーツが知的な印象を与えていた。彼女は田中に気づくと、微笑んでこちらに歩み寄った。

「田中さんですね。初めまして、私、斉藤美紀です。今回のプロジェクトを担当している者です。」彼女は手を差し出し、しっかりとした握手を交わした。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」田中も微笑み返しながら、彼女の自信に満ちた態度に少し引き込まれた。

ミーティングは順調に進んだ。斉藤はプロジェクトの全体像を説明し、田中が担当する部分について具体的な提案をした。彼女の説明は非常に明確で、彼女がこのプロジェクトにかける情熱が伝わってくるものだった。田中は彼女の提案に深く引き込まれ、気づけば、自分が再び新しい挑戦に向かって進む決意を固めていた。

会議が終わり、オフィスを出ようとする田中に、斉藤が声をかけた。

「田中さん、もしお時間があれば、少しお話しませんか?近くにいいカフェがあるんです。」

彼は一瞬戸惑ったが、快く了承した。外に出ると、二人は近くのカフェへと向かった。仕事の打ち合わせの後にもかかわらず、どこか気が緩むような時間だった。斉藤は、プライベートでもしっかりした態度を崩さないが、仕事の話から徐々に彼女自身の話題へと移っていった。

「私も、この業界に入ってからずっと挑戦の連続です。田中さんのように、豊富な経験がある方と一緒に仕事ができるなんて、とても光栄です。」斉藤は真剣な表情で語ったが、その目にはどこか柔らかさが宿っていた。

「いや、そんな大したものじゃないよ。むしろ、今はまだ手探りだ。50歳を過ぎて、リストラも経験して、正直自分に自信を持てなくなった時期もあった。でも、こうしてまた新しいプロジェクトに関われるのはありがたいと思ってる。」田中は率直に自分の気持ちを語った。

斉藤はしばらく黙って田中を見つめた後、少しだけ笑った。「それでも、田中さんがこれまで積み上げてきたものは、私にはすごく価値のあるものに思えます。何かを失っても、それをどうやって再び築き上げていくのかが重要なんじゃないですか?」

彼女の言葉は田中の心に深く響いた。これまで、彼は自分が失ったものばかりを見つめていたが、斉藤の言葉によって、自分が今ここにいること自体が再び何かを築き上げている証だと感じた。

その後、二人は仕事以外の話を軽く交わした。斉藤が海外旅行の経験を語ると、田中も昔家族で行った旅行の話を思い出して語り合った。彼女の笑顔や会話のテンポが、田中にとって心地よかった。

カフェを出る頃には、日も沈みかけていた。斉藤がふと、夕暮れの街を見上げて「今日はいい時間を過ごせました。田中さんとはもっとお話したいです」と言った。

田中も軽く頷き、「こちらこそ、ありがとう。また次回の打ち合わせで会いましょう。」と言いながら、彼女と別れた。

その夜、田中は帰り道を歩きながら、久しぶりに自分の心が軽くなっていることに気づいた。新しい挑戦に加えて、斉藤との出会いが彼にとって特別なものになりつつあるのかもしれないと感じ始めていた。

仕事とプライベートの境界が少しずつ薄れ、田中は自分の人生がまた新たな方向に進み始めているのを感じていた。それはかつての彼が想像していなかった未来かもしれないが、今の彼にはその未来が少し楽しみに思えた。

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