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時結い人 第8話

第8話: 揺れる記憶

龍馬の目がゆっくりと開かれた瞬間、葵の胸には驚きと安堵が混じり合った感情が溢れた。彼の目はまだ少しぼんやりとしているが、確かに意識を取り戻し、彼女の顔を見つめている。過去と現代が交錯する中で、目の前にいるこの歴史上の人物が再び命の鼓動を取り戻したことに、葵は自分が今いる場所の現実を再認識させられた。

「……お前は、誰だ……?」

彼の声はかすれ、まだ力が入っていない。それでも、彼の視線は鋭く、彼女の顔に疑問を宿していた。どう答えるべきか——彼女は一瞬迷ったが、できるだけ冷静に微笑み、口を開いた。

「私は葵。あなたを助けたのよ」

その言葉に、龍馬は微かに目を細め、さらに彼女の顔を見つめた。彼の表情には警戒と困惑が混じり合っている。

「葵……か。俺は……どうしてここに?」

龍馬は少し混乱した様子で辺りを見回し、そして再び葵に視線を戻した。彼が状況を完全には理解していないのは明らかだった。

「あなたは負傷して、ここに連れて来られたのよ。少しの間、安全な場所で静養する必要があるわ」

葵は穏やかな口調で説明し、彼が落ち着けるように努めた。龍馬はそれを聞いてしばらく黙り込んだが、やがて小さく息をつき、わずかに微笑んだ。

「そうか……命拾いしたわけだな」

彼の笑顔には、彼らしい無邪気さと強さが垣間見える。葵はその瞬間、彼が歴史上の偉大な人物であることを再認識し、胸が高鳴るのを感じた。

しばらくすると、近藤が龍馬の元へとやってきた。彼は龍馬の意識が戻ったことに安堵の表情を浮かべ、頭を下げて敬意を示した。

「坂本様、無事に意識を取り戻してくださって……本当に良かった」

近藤の言葉に、龍馬は頷き、軽く手を挙げた。

「世話になったな、近藤。俺がここまで戻ってこられたのはお前たちのおかげだ」

その言葉に、近藤の目にはほんの少し感情がこもり、彼は深々と頭を下げた。葵は二人のやり取りを見ながら、歴史の流れの中にいる感覚を改めて味わっていた。

その日の夕方、葵は龍馬の容態を見守りながら、彼と少しずつ話をする機会を得た。彼はまだ完全には回復していないが、少しの間だけ話をすることができるようになっていた。

「葵……お前は、どこから来たんだ?」

龍馬は突然、彼女にそう問いかけた。その質問は、葵の心を一瞬凍りつかせた。自分が現代から来たことを話すべきかどうか——彼にとって、信じがたい話であることは明らかだった。

「私は……少し遠い場所から来たの」

葵は慎重に言葉を選び、彼が疑問を抱かないように気をつけた。龍馬はしばらく彼女の顔を見つめていたが、やがて小さく頷き、それ以上は何も聞かなかった。

「そうか……それでも、命を救ってくれたことには感謝する」

彼の言葉には、心からの感謝が込められていた。葵はその言葉に微笑み、彼の手をそっと握り締めた。この時代で彼を守ることが、自分にとっての使命であるように感じ始めていた。

夜が更ける頃、葵は龍馬の寝顔を見つめながら、自分がこの時代で何をすべきかを再び考えていた。歴史に対して自分がどれだけ影響を与えるのかはわからないが、今は目の前の命を救うことが最優先であると感じていた。

「この時代で、私にできることは何だろう……」

彼女の心には、未来に対する不安とともに、少しずつ芽生え始めた使命感があった。そしてその感情が、彼女をこの時代に根付かせるように感じられた。

次回、第9話へ続く。

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