ピンネタ:スイカ割り師
今年のスイカ割りはどうしても成功したかったので、
スイカ割り師を呼んで、やってもらうことにした。
スイカ割り師、めっちゃ手が震えていた。
「震えてるぞカス」
ヤスが野次を飛ばし始めたし、
最初から治安が悪過ぎる。
スイカ割り師、めっちゃ手が震えている。
三百年の歴史があるって言っていたのに。
「震えてるぞカス」
「ちゃんとできまちゅかねぇ?」
ヤスは一言一句同じ野次を、
そして姉貴も野次を飛ばし始めた。
去年、
僕はスイカ割りを失敗した。
全然野次られなかったけども、
あの重過ぎる雰囲気。
スイカが縦に爆散し、
スイカのクズが落下してくるのでは、
と思った僕たちだったが、杞憂に終わり、
スイカは霧状になって、
ゆっくり落ちてきただけだった。
「良い、香りだなぁ」
ヤスが振り絞る声でそう言っただけで、
スイカ割りのくだりは終わった。
その後、姉貴が
身内の集まりじゃなかったらお金を取らないとおかしいほどのエロいダンス
を披露し、盛り上がったが、
スイカ割りという言葉さえも禁句になってしまった。
「震えてんぞマジカスだな、何がスイカ割り師だよ」
「ぜんぜんできないでちゅねー」
相変わらずヤスと姉貴はスイカ割り師に野次を飛ばす。
他の祖母や祖父も、
「おいおいおいおいおいw」
「ダメではwww」
というような単打の野次を飛ばし始めた。
スイカ割り師、めっちゃ手が震えている。
震え過ぎて、目隠しがズレ、目が見えている状態だ。
「震え過ぎだろ! ガキじぇねぇんだからよぉ!」
「そんなんでよくいきてこれまちたねぇ~」
「おいおいおいおいおいおいw」
「ダメwwwおつwww」
あれ。
僕の心に灯った一つの言葉。
否、生命の灯が消えた音。
これって、
もしかすると、
去年、僕に言いたかった言葉だったのでは?
すなわち、
スイカ割り師に言っているのではなく、
今、去年の僕に対して、
この言葉を言っているのでは?
なんだよ、なんだよ、
そういうことじゃん、
絶対そういうことじゃん。
「こんだけ震えてたらヤバイんじゃね?」
「できなさそうでちゅね~」
「おうおうおうおうおうおうwww」
「ダメwwwおつンゴwww」
涙が溢れてきた。
その時だった。
「何で、泣いてるん?」
姉貴が僕の顔を覗き込んできた。
顔を背けた。
また台無しにしてしまう。
またスイカ割りを台無しにしてしまう。
このスイカ割り師ディスで盛り上がっている、
今日のスイカ割りに水を差してしまう。
否、いいや、そうだ、
このスイカ割り師ディスは、つまりは僕ディスなんだから、
じゃあもういい、全部台無しにして、
来年もっとディスられよう。
でももうこの場には居たくないから、
電話でディスられよう。
「姉貴……達(たち)、スイカ割り師ディスしているけども、
それって去年の僕に言いたかった言葉なんだよね?」
場が凍った。
唯一、
スイカ割り師だけ、
「そうなんっ?」という満面の笑みになった。
僕は続ける。
「去年の僕に言いたかったことを、
スイカ割り師に今言っているだけなんだよね?」
スイカ割り師はキラキラした瞳。
希望を掴んだ少年の表情。
やっとトランペットを手に入れた少年のよう。
河川敷で一発で鳴らせた少年。
即スカウトされた少年。
コンクールで一発優勝した少年。
ハラミちゃんとコラボした少年。
ハラミちゃんのサインをもらった少年。
ハラミちゃんと、
ハラミちゃんと、
ハラミちゃんと、
ハラミちゃんと、
少年はハラミちゃんとの思い出をたくさん作っていく。
でも別れは突然訪れる。
そう、
ハラミちゃんの宇宙編だ。
「ハラミ、宇宙で泣くことになったんだ」
(泣くとはハラミちゃんの中で演奏するの意)
少年は言葉が出なかった。
何故なら宇宙空間では呼吸ができないほうだったから。
「ハラミ、宇宙一の泣きになるよ」
(泣きとはハラミちゃんの中で演奏者の意)
「ハラミちゃん!」
少年の声はもうハラミちゃんには届かない。
ハラミちゃんは一発で宇宙へ行ったから。
「そんなわけない!」
少年の……声?
いや少年は
そんな聞き分けの悪い少年じゃないはず。
「そんなわけないだろ!」
……あっ、姉貴の声だ……。
「去年の安二郎に言いたかったわけじゃない!」
するとヤスもこう言った。
「そんなわけないじゃん。
だって良い香り、享受したんだから」
祖母も同調するように頷きながら、
「あれは感動だったんだよ、
余韻に浸っていたから黙った感じになったけども、
そうか、もっと言葉にすれば良かったのか。
不安にさせてしまってスマンな、安二郎」
祖父はフフッと笑ってから、
「うはwww勘違いおつwww」
姉貴は祖父のケツを思い切り蹴ってから、
「去年のスイカ割り、最高だったよ。
でもそうか、そう勘違いしていたのか。
いや勘違いさせていたのか。
じゃあハッキリ言うわ。
安二郎、マジで最高だったよ。
去年のスイカ割り」
ヤス
(僕と同姓同名ってだけで僕らの身内の集まりに来るヤバイヤツ)
も笑顔で、
「俺も最&高だったと思うぜ」
なんだ、
そうなんだ、
僕の勘違いだったんだ、
ならば!
ヤスが威勢よく声をあげる。
「スイカ割り師! 手ぇ震え過ぎだろ!」
姉貴も柏手一発叩いてから、
「おいおいおい! ちゃんとできまちゅかねぇ!」
祖母と祖父も、
「おうおうおうおうおうおうwww」
「うはwwwwスイカ割り師さんwwww」
そして、
僕も!
「マジで何ができるんだよ、こっちはお金払ってんだよ、こっちが客でオマエは仕事で来てんだよ、もっとしっかりしろよ、オマエができないからこういう勘違いだって生まれたんだぞ、全部全部オマエのせいなんだよ、分かってんのか、このカス、ゴミクズ、ちゃんとやれや、マジで、やる気出せや、こんなんじゃまた最低得点とりますよ、オマエがオーバー400したのは最初に最低得点とったからなんだぞ」
自分でも何を言っているか分からないほどの言葉が溢れ出た。
もう涙は止まっていた。
スイカ割り師は、爆散した、縦に。
霧状になって降ってくることもなく、
そのまま消え去った。
きっと宇宙へ行ったんだと思う。
ハラミちゃんの泣くところを見に行ったんだろう。
その後、姉貴が
身内の集まりじゃなかったらお金を取らないとおかしいほどのエロいダンス
を披露し、
ヤスが一万円置いて帰っていった。