ハヤテくん、VRデビュー(ハヤテのごとく!二次創作小説)

「おい、ハヤテ。こいつを被れ」

 いつも通り執事の仕事をしていると、ナギが話しかけて来て、謎の黒い物体をハヤテの眼前に突き出した。

「お嬢さま、その黒い物体は……?」

 ハヤテはナギが持つ、謎の黒い物体に対し疑問符を浮かべる。

「なんだ知らんのか。VRヘッドだよ、VRヘッド」

「ああ、なんか聞いたことがあります。あれですよね、ソード〇ートオンライン。略してSA〇ってやつ」

「たいぶ知識が偏っている気もするが……。まあ、いい」

「ともかく、ハヤテにはこいつを被って『VRトーキング』をしてもらう」

 説明しよう! 『VRトーキング』とは、VRヘッドを被って、仮想現実上で世界中の人とお話をする大人気サービスなのだ。

 ハヤテはナギからVRゴーグルとサイコガンダムみたいなデスクトップパソコンをもらい、各自の部屋からVRトーキングを始めることとした。


 *

「おお、ここがVRトーキング!」

 ハヤテはあたりをきょろきょろを見渡しながら、感嘆の声を上げた。

 ハヤテの周りには現実世界とは乖離したヴァーチャル空間が広がっている。

「なかなかすごいだろう。ここは入り口のワールドだが、魅力的なワールドがたくさんあるぞ。移動しよう」

 ナギは慣れた手つきで空間上に表示されているメニュー画面を操作する。

「えっと、ワールドの移動の仕方は……」

「検索したり、カテゴリーから移動したり色々あるが、今回はこいつで大丈夫だ」

 もたっとするハヤテと対照的に、自信ありげな声でナギがレクチャーする。VR空間の向こうのしたり顔が見えるようだ。

 ナギは二人の前に『ポータル』と呼ばれる、ワールドを移動するためのオブジェクトを呼び出した。

「え? これ64の3Dマ〇オですか? あと、ク〇ッシュバンディクーでこんなの見ましたよ」

 ポータルはクラッシュ〇ンディクーのステージ選択画面のように空中に浮かんでいる。(伝われ)

「20代後半みたいなコメントされると反応に困る」

 二人はポータルへ移動し、吸い込まれ、別のワールドへ移動した。


 *

「この白いワールドは?」

 二人がたどり着いたのは、一面が白を基調とした、エディタ画面の初期状態ってこんな感じだよねという雰囲気のワールドだ。

 壁面には何やら文字が書いてあり、現実世界ではお目にかかれないようなヴァーチャルらしさを醸し出している。 

「ここはチュートリアルワールドだな、VRトーキングの操作方法が確認できるぞ」

「へー、そういうのもあるんですね」

「おっ。そのビジターのマーク、始めたばかりかな?」

「わっ!」

 突然、謎の人物がハヤテたちに話しかけてきた。
 ハヤテの心臓が少しだけ早鐘を打つ。他に人がいて、急に話しかけて来るとは予想もしていなかったのだ。

「失敬、失敬。驚かせてしまったかな」

 謎の人物の声は、活舌が良く、ハイトーンのアニメ調で聞き取りやすい声色だ。

 リングやアンクレット等の装飾を付け、蛍光色に光る近代的な衣装。いわゆるアイドルぽいの風貌の彼女は無礼を詫びた。

「私はRAHU。このVRトーキングを始めた人に案内をするおせっかいな人です!」

「あ、こんにちはRAHUさん。僕はあや――」

 ハヤテは慇懃にあいさつをし返そうとした時、ナギから甲高い声が上がった。

「ちょっと待て! そんな意識ではこのスーパーSNS時代でこの先生きのこれないぞ!」

「きのこ?」

 はてなマークを浮かべるハヤテを差し置き、ナギはゴホンと一つ息を吐き、言葉を続ける。

「つまりだな、古来の呼び方ではハンドルネーム、ハンネだな。ネットにはネット上の名前があるものなのだ」

「あ、そうなんですね。SNSをやったことなかったので。では、ちなみに僕の名前は?」

「それはメニューの左上を見てみろ」

 ハヤテは慣れない手つきでメニュー画面を表示した。

「『HEYETA』……?」

「ヘイェタだな」

「え、めっちゃ読みにくくないですか」

「名前なんて飾りだ、気にするな。偉い人にはそれがわからん」

「そういえば、おじょ――あなたの名前は」

「わたしか? いや、アッシのことは『ブリトニー』と呼んでくれ」

「ブリトニ……? うわっ、姿が変わった!」

 ナギの声色が低く変わると同時に、ナギの見た目(アバター)が筋肉隆々の魔法少女へと変化した。

「オリジナルアバターね。慣れてくると自分専用の見た目を作ることもできるわ!」

 キリッという効果音が聞こえそうなほどの適切な解説をRAHUが言う。

「そう。現実の私はかりそめの姿。このVRトーキング上ではブリトニーちゃんと呼んでくれ」

 普段の甲高い声を抑え、一般的にイケボと呼ばれそうな声を捻出している。

「確かに。普段とは違う自分を表現できる。それがVRトーキングの面白いところなんですよ!」

 RAHUは「わかる」と言わんばかりに頷きながら言った。

「おじょ――ブリトニーちゃん! 僕もこのVRトーキングがわかってきましたよ」

 純朴な青年はVRの魅力に気が付いたようだ。VR上だが、顔を紅潮させ、速足で言葉を述べる姿が想像できる。

「いい調子だ。このままチュートリアルワールドを案内しよう」とイケボボイスブリトニーちゃん。

「私も一緒に行きます!」

 アイドル風少女ことRAHUが景気よく言葉をはさんだ。
 ナギことお嬢さまことブリトニーちゃんが、チュートリアルワールドを歩きながらVRトーキングについての説明を続ける。

「まずはアバターの説明からだな。
 このVRトーキングでは色々なアバター、つまり見た目を変えることができる。
 無料で選べるものもあれば、有料で販売されているもの、またアッシみたいに自作することもできるぞ」

「ちなみに他の人の見た目をコピーすることもできますよ! センサーを向けて、『くろーんあばたー』でコピーです」

「えっと……」

 ハヤテはもたつきながらも、RAHUへセンサーを向け、画面上に表示される『くろーんあばたー』のボタンを押した。

「おお。姿が変わったのかな?」

 ハヤテの姿がRAHUのコピー。つまり、アイドルの風貌へ変化した。

 ハヤテは目線を足元に落としたり、手元を眺めたりしている。

「自分からだとなかなかわかりにくいですよね。そんなときは『鏡』があります」

「鏡?」

「えっとですね。この壁にある四角形のボタンを押してみてください!」

 RAHUは目の前にある白い壁の一部を指し示した。

 そこには、文庫本程度の表面積のある立方体が壁に接着していた。それがボタンだ。これも現実世界ではお目にかかれない違和感を持って、ボタンとして鎮座している。

「壁一面が鏡になっている。すごい!」

 白い壁は一面の鏡へと姿を変えた。VRトーキングでこういうことができる。

 ハヤテとRAHUは同じ見た目。クールに澄ましているナギことブリトニーちゃんの3人の姿が反射している。

「これで自分の姿をみることができましたね。」

 RAHUの解説に補足するように、ナギが言葉を続けた。

「たまに壁に向かって話している人がいるんだが、それは鏡を見ながら話していることが多いな」

「えっと、そこに植物や電源のないテレビが話しかけてくるとうわ言を言っている人がいるんですが……」

「それは、アッシたちには救えないものだな……」

「ごほん。では、次に行きましょう!」

 世界は広いのだ、色々な人がいる。
 話題転換の意を込めて、RAHUが咳ばらいをし、2人を別な場所へと案内した。 

「ここは写真映えするスポットです! VRトーキングのカメラ機能を使うと……」

 スマートフォンのインカメラで自撮りをするようなしぐさをRAHUがする。

「こんな感じで写真が撮れます!」

 パシャという効果音に続き、RAHUが現像した写真を二人に見せる。

「これをTUMITTERに『#VRトーキング始めました!』で投稿してもらえば、楽しいVRトーキングライフの始まりです!」

 RAHUが空間上で写真をスライドし、ハヤテの元へ写真のデータが渡った。

 そこには決め顔をするRAHUの姿、あっけに取られるRAHUと同じアバターのハヤテ、自作アバターのオブジェクトである魔法のステッキを試すナギの姿が映っている。
VRトーキングではカメラ機能があるので、これをSNSに上げていくのも楽しみの一つだろう。

「ありがとうございます。RAHUさん」

「では、最後に……。ポチッと」

 RAHUは効果音を口ずさみながら、

「フレンドの申請をしました!」と明るい声で言った。

「わあ。ありがとうございます。アクセプト、これで大丈夫ですかね?」

 ハヤテは画面上の『accept』の文字を押した。これでRAHUとフレンド登録が完了した。 

「はい! OKです。あとは『ソーシャル』から、いつでも会えますので、この調子で世界中のフレンドを増やしてみましょう!」

 そう言うと、RAHUがワールド上から姿を消した。

「元気な方でしたね」

 ほっと息を吐きながら、ハヤテは言葉を漏らした。

「何事も初めて会う人は重要だな。わた――アッシもVRトーキングを始めたころには色々な人に助けられた」

「おじょ――ブリトニーちゃん。そのしゃべり方疲れません?」

「うむ。キャラづくりも疲れてきたな。」

「キャラづくりって言っちゃうんですね……」

 戸惑いの声を上げるハヤテをよそに、ナギはブリトニーちゃんから別のアバターに姿を変更した。

「では、使い方も大体わかったと思うし、色々なワールドを旅してみよう」

 仕切り直すようにナギは言葉を発し、目の前にポータルを出現させた。

「あ、クラッシュ〇ンディクー」

「だから、伝わりにくいボケをするな!」

 二人はポータルから別なワールドへ移動した。

 そこから二人はナギの案内の元、様々なワールドを旅した。


 *

 数時間に渡るヴァーチャル空間の旅をした二人はネオ渋谷ワールドのハチ公前で会話をしていた。

「いやー、すごかったですね! 特におじょ――ブリトニーちゃんが溶鉱炉の中へ沈んて行くシーンは涙なしでは見られませんでした」

 すっかり機嫌の良いハヤテは、まくしたてるようにVRトーキングの感想をナギへぶつけた。

「そんなワールドあったか……?」

 ちょっと困惑気味なナギだが、気にせずにハヤテは言葉を続けた。

「実際、VRトーキング上で即売会があったり、日本の街並みがあったりと驚きの連続でした」

「そうだろう。これでもまだまだVRトーキングの一部分に過ぎないのだ」

 実際、ナギもハヤテの様子にはご満悦のようだ。

「色々紹介してあげたいが……時間もないし、そうだな」

 ナギはメニュー画面を吟味するような手つきで操作し、1つのポータルを出現させた。

「最後はここに行こう!」


 *

「ここは……?」

 非常に広い空間なのだが、寂寞とした雰囲気の場所だ。

 あたりには白い無機質なスクリーンと、誰もいない客席が連なっている。

「見ての通り、ライブステージワールドだ。
 ここでは音楽と映像を流したり、イベントなどでライブイベントが開催されているぞ」

「今はイベントがないみたいですね」

「そこのあなた、ティンときたわ!」

 謎の声が二人を襲う。早口だが、声色が高く、聞きこごちがよい声だ。

「ヘイェタ。いや、ヘイちゃん。ウチに来ないかしら」

「エッ」

「なんなのだ、お前は!」

 急な登場に驚く、ナギとハヤテ。

 ふと冷静になったのか、謎の人物が謝罪の意を述べる。

「興奮してごめんなさい。私はKURA。このVRトーキングでアイドルをやっているわ」

 KURAと名乗る人物。アイドルの名乗り通り、シルバーのギンガムチェックを基調とした衣服に身を包んでいる。この服を着ているだけでダンスに長けているように見えてしまう。
 さらにアバターも独自制作のものだと思われ、かなりクオリティも高い。ダンスに耐えられるような精密な制作がされているのだろう。

「VRトーキングでアイドル……?」

 ハヤテがオウム返しのように言葉を発する。

「ええ、このステージ上でダンスをしたり、歌を歌ったりしているわ。
 ヘイちゃん。あなたからはアバターを超えて、いえ、VR空間を超えて才能を感じるわ!
 私とデュエットデビューしましょう」

「え、ちょ。まっ。」

 KURAはアクセルを踏み込んだレーシングカーのように語調を強め、呆気にとられたハヤテの手を取り、ステージへ爆走する。その姿はまさに重力に逆らうタイガーのようだ。

「おじょ――いや、ブリトニーちゃん! 助けてくださいよ!」

「アッシのような魔法少女でも、救えぬものもあるんだな。古いものは過ぎ去り、全てが新しくなる。
 流れに乗る、それもVRトーキングの側面なのだな……」

 助けを求めるハヤテの声、虚しく。

「いや、なに中二ぶってるんですか! てか、急にキャラづくりするのやめてくださいよ!」

 ナギは客席の下を覗きこんだ。客席には、ただ、黒洞々たる赤いシートがあるばかりである。

 ハヤテの行方は、誰も知らない。


 *

 後日。

 ナギは目覚ましのベルが鳴り、自室いつもの席に座り、何の欲求に従い、従うべきかを考えていた。

「自粛、自粛で暇なのだ。まあ、ずっと家にいるから関係ないのだが」

 退屈な心、刺激さえあればと、ご自慢のゲーミングPCが今日も真価を発揮せずに動画再生に費やされる。

「今日もようつーべで動画を見るか。まずは急上昇ランキングと」

 世界的動画共有サイト『ようつーべ』でナギは動画のチェックを始める。

『新生VチューバーHEYちゃん登場!』

 ランキングの急上昇1位のサムネイルにはでかでかと、その文字が表示されている。

「まさか……な」

 ナギは恐る恐るサムネイルをクリックし、動画を表示する。

 何かを悟り、ようつーべのチャット欄に数字を打ち込む。

「投げ銭しておくか」

 デスクトップには、数字の0が6つ並ぶ。

 その後、HEYちゃんがインターネット上でバズり、ネット界隈を騒がせたのは言うまでもない。

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