性犯罪は「指一本触れなくとも人にトラウマを生む」ということを知ってほしい

自分の憩いの場、癒しの場、落ち着ける場所のはずの家が、
恐怖の場、監視の場、心が休まらない場所になってしまったという話。

私には兄がいる。2歳年上の兄。
私が中学校1年のころ、兄は3年であり、受験生だった。
進学校に通っていた私たち。
兄は県外の私立を受験することになった。

中学3年。まだ15歳だ。
受験には母が同行して連泊することになった。

父。働き盛りの父は、帰りが遅い。
母たちが旅立ったその日も父は帰れないことが分かっていた。

「何かあったとき、もしかしたら電話するかもしれないから。」

念のため。万が一。
それは家族間で交わされた気遣いのための策だった。

心配が招いた悲劇。

中学校1年の私は、家で1人で過ごすその夜、普段は枕元に置かない家の電話の子機を設置してもらい、眠りについた。

そして深夜。

プルルルル、プルルルル。

何もなければ鳴らないはずの電話が鳴った。
家族以外からかかってくることは考えていなかった。

.........

「あなた、先週○○にいましたよね?」

その声は唐突にそう言った。
私はまだ、疑問を持たなかった。

「??…行ったかもしれないです、日にちは覚えてないですけど…」

その場所は学校と家の間にある、みんなの遊び場だった。塾に通う合間に行くこともあれば休みの日にも行っていた、通い慣れた場所。

いただろうと言われれば、いただろうと答えるしかない場所だった。

そして言質を取ったその声は、静かな口調で私を恐怖に陥れた。

ーーあなた、そのときトイレに入りましてね、あとをつけたんですよ          ーー写真を、撮ったんですよね。あなたの                                                   ーーよく撮れてますよ、顔もわかるし                                                        ーーそのあと家までつけて、あなたのことを調べたんですよ


性器も、描写された。

頭が真っ白だった。

「これ、ばら撒いたらどうなりますかねえ?」


この言葉だけはクリアに聞こえた。

「やめてください…」

「ふぅん、嫌なんだ…じゃあ取りに来て僕としたらやめてあげますよ」

何を求められているのかは漠然と分かった。

「私中学校1年ですよ…」

「まあねえ、でもどうですか?手とか口とかできるんじゃないですか?それともばら撒かれてもいいんですか?あなたの学校とかねえ、お父さんの会社とか…」

「嫌です…やめてください…」

「じゃあ買い取るんですか」

ここからは平行線だった。

してくださいよ。
じゃあ買い取りなさい。
いいんですか?近所の人に見られても
あなたのお父さんの会社も調べましたよ

嫌です…できません…
お金ないです…
やめてください…
ばら撒かないで…

何分話したのか、何時なのかも分からなかった。

いつもなら寝ている深夜。
叩き起こされた電話に陥れられた恐怖。

感覚が麻痺していた。

でも、相手も疲れてきていたのかもしれない。

ーーお父さんの会社のねぇ、部下たち、いるでしょう?                             ーーお父さんの会社の偉い人たちにも見られちゃうねえ…

お父さんの「会社」…?

ふとその言葉が耳に残った。

あれ…?
うちのお父さん、会社、じゃない、よね
あれ…もしかして…
この人、、、調べてるってウソなのかも…

13歳なりの精一杯の頭を働かせた。
心臓が、ドッドッドッドッと脈打ち、そのことしか考えられなかった。

そして覚悟を決めた私はその声に嘘を言い放った。

「本当は怖くないですうちのお父さん、社長なん」

「社長だからじゃないですか娘のそんなところを見られたら困るのは」

!!!…この人…!

「じゃあもうばら撒くてもなんでも勝手にしてください!!!!!」

ガチャッ

子機を叩きつけるように切った。
そしてそのまま父に電話をかけた。

父は出た。

「変な…へんな電話がかかってくるの!!
早く帰ってきて!!!!」

すぐ帰る、と父は言った。
大丈夫だから、待ってなさい、と。

そして電話を切ると

プルルルル、プルルルル

音が鳴り響く。電話を取る。

「…ひどいじゃないですか切るなん」

ガチャッ

あの声だった。私はもう限界だった。

プルルルル、プルルルル
プルルルル、プルルルル
プルルルル、プルルルル
プルルルル、プルルルル

おそらく父が帰ってくるまでは20分もかかっていないだろう。
その十数分が地獄だった。

鳴り止まない電話。
耳に残る、あの粘りつくような声が頭をめぐる。

布団に顔を押し付けて耳を覆い、限りなく小さくなって、私は待った。

プルルルル、プルルルル
プルルルル、プルルルル
プルルルル、プッ

唐突にそれは止んだ。
代わりに、違う音が聞こえた。

ガラガラガラガラ…

電動シャッターの音だ。
父の車が、父が、帰ってきた。
これで助かるという気持ちではなく、私が感じたのはさらなる恐怖だった。

シャッターが開く、その瞬間に鳴り止んだと言うことは。

あの声は、それを見ていた。
それは近くにいたということ…。

シンとする部屋。
父が入ってくる。
何もない、何も起きていない部屋。
泣きじゃくる私だけが残されている。

..................
私がカマをかけたとき、父のことは調べていなかったとしてもあの声の主が私の写真を撮ったのは本当だったかもしれない。

そのあと、もしかしたらばら撒かれていたかもしれない。
実際には写真がばら撒かれることはなかったし、その後電話がくることは幸いにもなかった。

でも近くにいたということは、一歩でも外に出ていたら私は性被害に遭っていたかもしれない。

怖かった。すごく、怖かった。

でも、現実には指一本触れられていないんです。

その日だけ家の近くで見張っていたの?
近所の人なの?
母と兄が出かけるのを見ていたの?
父がまだ帰らず私が1人だと知っていたからかけたの?
電話番号はどうやって知ったの?

もし窓をやぶられたら?
明日からはどうなるの?
毎日見られてるの?
いつから見られていたの?
私、何か悪いことしたの?

疑問疑惑不信不穏。

性犯罪の被害者は、何もしていないのにたまたまターゲットにされてしまうものです。非は何もないのに、目をつけられてしまう…。

未成年にとって、大人は絶対的な存在です。
大人に言われたらそうかなって思うし、大人に怒られたら反論なんて普通はできないです。

性犯罪自体が許せるものではないけど、「守ってくれる」はずの大人が未成年の自分に牙をむく瞬間の恐怖は想像を絶する。
逃げなかったのが悪いとか、二人きりになったのが悪いとか、そういうことではないんです。想像もしてないことが起こるんです。

頭は真っ白になるし、体は硬直して動けないと思う。

私は運良くおかしな点に気づけたから、実害は免れました。

でも心にはずっと残ってる。

何年も経った今でも、鮮明に記憶している。

性犯罪は身体だけではなく、心も傷つける行為です。それはたとえ未遂でも、深く心に刻まれます。

その後の恋愛観、性交渉にだって影響があったのかもしれない。

性犯罪は、罪深い。
許しては、ならない。



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