(小説)おおかみ少女・マザー編(一・二)
(一・二)サンシャイン
話を、啓示を受けし後のサンシャインに戻そう。
狼山の頂きに降り続く夕立と雷鳴の中、サンシャインは瞑目した。或る場所をイメージする為に。啓示によって告げられた場所『エデン』である。しかしそこが如何なる場所であるかなど、サンシャインに分かろう筈はなかった。ただひたすらサンシャインは、「エデン」と繰り返し心の内で唱えた。唯一それのみであった。
しかし、するとどうであろう。サンシャインの脳裏に、あの三ノ宮のラヴホテル『エデン』の建物の姿が、鮮やかに浮かんで来たのである。と同時にサンシャインは、気合いを入れた。
「えいっ」
するとまた不可思議なる現象が起こった。サンシャインの姿が、その場からすうーっと消えたのである。狼山の頂きから。そして同時にサンシャインの姿は、ラヴホテル『エデン』の建物の中にあった。と言うことはサンシャインは狼山から『エデン』へと、瞬時にして移動した。つまり瞬間移動したのである。
瞬間移動。サンシャインは瞬間移動が出来た。どういうことか?実はサンシャインに限らずオオカミ族の狼たちには、瞬間移動を始めとする特殊な能力が具わっていたのである。オオカミ族とは、物質文明の檻に閉じ込められた人類には想像もつかないスピリチュアルな生命体であり、人智を超越した種々の能力を有していたという訳である。
ではどんな能力か。先ず第一に、テレパシーである。オオカミ族は吠えたり、鳴いたりとは別に、心と心とで意思を伝え合うことが出来た。それはたとえ相手が遠く離れ、互いの姿が見えなくとも可能であったし、不特定多数の相手に同時に語り掛けたり、歌い掛けることさえも出来た。
次に、瞬間移動である。厳しい修行を積み重ねることによって、雑念を払い無の境地へと到達する。そして意識の中で肉体を殆ど無と化すことにより、瞬時にして空間を移動することが可能となるのである。
そして次に、見真の術(けんしんのじゅつ)と呼ばれる眼力であり、これは千里眼のようなものである。この力もまた厳しい修行によって得られ、千里とまではいかないが、大よそ十里(四十キロメートル程度)先まで見通せるようになるのであった。
最後に能力とまでは言い難いが、オオカミ族のみんなは情に厚く、弱き者に憐憫の情禁じ難い、心やさしき生き物即ち博愛主義者でもあった。故に困っている者を見たら、見て見ぬ振りの出来ない性分なのである。
こうして瞬間移動によって、サンシャインは今、ラヴホテル『エデン』にその姿を現した。そしてサンシャインはその鋭い臭覚によって、赤子の居場所をこれまた瞬時にして突き止めた。フロントのカウンターの上に置かれたバスケットの中である。サンシャインは「えいっ」と、カウンターに飛び乗った。
ところが突如、人間の女即ちホテルの中年女が現れ、眩しい光でサンシャインを照らし出した。しかし動揺することなくサンシャインは、冷静沈着に行動した。先ず啓示で指示された双児の一方を、瞬時にして見極めた。そしてその子のベビー服の頭の部分を口に銜え、バスケットの中から持ち上げた。と同時にまたしても、瞬間移動である。サンシャインは気合いを入れた。
「えいっ」
今度は赤子を銜えたまま、ラヴホテル『エデン』の空間から、さっと姿を消した。そして赤子と共に無事、狼山に舞い戻ったのである。
狼山の山頂、オオカミ族のテリトリーに、赤子と共にサンシャインが忽然と姿を現した。そして啓示に従い、女児とオオカミ族との狼山での生活が、始まったのである。