見出し画像

(小説)おおかみ少女・マザー編(四・九)

(四・九)おやすみなさい
 ラヴ子にとってマザーとのやり取りは、驚きの連続であった。しかしそれはまだ、ほんの序の口に過ぎなかったのである。
 マザーという人は、神戸にいる。しかも「わたしは狼山にいる。ラヴ子よ、おまえと別れてから、わたしはずっとここにいるぞ」とまで言っているのである。
 それは一気にマザーという存在を、ラヴ子にとって近しき者とさせた。ラヴ子はマザーに、親近感を覚えずにはいられなかった。幼馴染みとか親しい友、否それ以上に例えば家族も同然の如き存在にすら感じられる程であった。
 てことは、マザーさんはわたしが神戸にいた頃から、わたしの事を知ってて、そしてわたしが神戸からこっちに来た後も、ずっと神戸にいるって事だよね?じゃ、あそこにいるってこと?母なる大地の聖母院!あそこ以外、他に考えらんないんだけど、わたし……。
 そして神戸での幼き日々が、今脳裏へと鮮やかに甦るラヴ子であった。
 なっつかしいーーっ、母なる大地の聖母院!
 じゃマザーさんも孤児ってこと?それともわたしを世話してくれた職員さんか、シスター?でも、たとえ誰であってもマザーさんてやっぱり、わたしにとって大切な人なんだ!なのにどうしてわたし、忘れちゃってたんだろ、そんな大事な人を?
 再び胸が熱くなるラヴ子であった。ラヴ子は勢いのまま、マザーへと疑問をぶつけた。
「ねえ、マザーさん。わたし、あなたのこと、マザーって呼んで良い?」
「あゝ勿論だ、ラヴ子よ。何も遠慮するな!」
「分かった!ありがとう。早速なんだけど、マザー。あなたはもしかして、母なる大地の聖母院にいるの?」
 しかしマザーの答えは、ラヴ子の予想を見事に裏切るものであった。マザーはあっさりと言い放った。
「何だ、それは?そんなもの知らんぞ。わたしがいるのは狼山だ!」
 だからこっちだって、狼山なんて知らないんだってば、マザー……。噛み合わないやり取りに、苛々するラヴ子。
 神戸にそんなとこ在ったっけ?それとも新しく出来た地名?うーん、何だかさっぱり訳分かんない、ラヴ子……。ため息を零しながらも、ラヴ子は続けた。
「じゃ、マザー。あなたはどうして、ラヴ子のこと知ってるの?」
 すると呆れたような様子で、マザーから返事が……。
「知っているも何も、ラヴ子よ。おまえはわたしの、双児の姉妹なのだ」
 双児の姉妹?わたしとこの人が……。うっそーーっ、まじで?驚いたのなんのって、息も止まる程、吃驚仰天のラヴ子である。
 えーーーっ。わたし、双児だったんだ!ちっとも知らなかった。双児の姉妹かあ。双児の、姉妹!わたしにも、姉妹がいたんだあ……。
 天涯孤独だとばかり思っていた自分に、実は姉妹がいた!しかも双児の……。じわーっと込み上げて来る感動に、身も心も打ち震えるラヴ子であった。

 しかし我に返って、冷静になるラヴ子。あれっ?でもマザーって何で、マザーなんて変な名前なの?本名じゃないよね?もしかしてネットのアカウント名とか?でもわたしだって勝手に、ラヴ子なんて名乗ってるし、お互い様かあ……。
 あっ、そっか!双児ってことは、マザーだってわたしと同じ、孤児なんだよね。だったら本名というか元々の名前なんか、知る訳ないか……。うーん、それでマザーとラヴ子ねえ。双児の姉妹のマザーとラヴ子かあ。おっ、なかなか良いかも!
 ひとりで納得しているラヴ子に、今度はマザーの方が問うて来た。
「ラヴ子は、何処にいるのだ?」
 えっ?ラヴ子は、不安を覚えつつ答えた。
「ラヴ子は、横浜にいるけど……。分かる、横浜ってマザー?」
 しかし反応は予想通り。
「横浜?分からん。まあ良い。会おうと思えば、いつでも会える」
「えっ、そうなんだ?」
 ラヴ子はまた吃驚。いつでも会えるって……。お互い、相手の場所も分かんないのに、一体どうやって?
 しかしラヴ子が尋ねるより先に、またもやマザーの方から聞いて来た。
「その横浜とか言う場所について、何か目印になるもの、わたしがイメージ出来るようなものがあれば、教えてくれないか?」
 えっ?マザーがイメージ出来るようなものって、行き成し言われても……。うーん、そうだなあ?戸惑いつつ、頭を捻るラヴ子。そして思い付いた場所を幾つか、マザーに挙げてみた。
「そうねえ。大きな観覧車があって……あと、ランドマークタワーかな。それからラヴ子たちが火星に行く為に訓練を受ける、パシフィコホテルもあるよ」
 しかしどれ一つとして、マザーに分かる筈がない。
「済まないが、ラヴ子よ。その各々について、特徴を詳しく説明してもらえないか?」
 ええっ、特徴を詳しく?面倒臭ーっ……。
 それでもラヴ子はご丁寧に、ひとつずつマザーに説明して上げたのだった。大観覧車、ランドマークタワー、そしてパシフィコホテルの、形状やら大きさ、色、佇まい等々………。
「成る程、何とか分かったぞ。ありがとう、ラヴ子よ」
 本当?マザーがそう答えても、ラヴ子としては不安しかない。けれどマザーへの説明に、時間もエネルギーも使い果たしたラヴ子は、疲労困憊。加えて時刻も既に二十三時を回っていた。
 ふーっ、ねみい……。
 ラヴ子は大欠伸。すると流石は双児の姉妹。以心伝心、ラヴ子の様子を察知したのか、マザーはこう切り出した。
「ラヴ子よ、今日はもう疲れたであろう。続きはまた明日にせぬか?」
 せぬか!それに、疲れたであろう、って……。マザーの言葉遣いって、やっぱりなんか古ーい。時代劇のお姫様みたい。でも何か、かわいい!ラヴ子一気に、マザーのこと気に入っちゃったかも!
 ひとり笑みを零しながら、ラヴ子はマザーに即答した。
「OK!じゃ、また明日。おやすみなさい、マザー」

いいなと思ったら応援しよう!