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(小説)おおかみ少女・マザー編(四・二)

(四・二)火星エデン計画
 その名も『火星エデン計画』と名付けられた。無論これは、あの『火星環境適応調査プロジェクト』の大成功、即ち人間が火星で生存可能であるという実証を基礎とし、前提としたものであるのは言うまでもない。
 では具体的に、どんなプロジェクトなのか?ずばり、火星への移住!である。既に建設済みの火星基地、あそこで暮らす人間たちを、この地球から火星へと移送する。火星での暮らしを希望する人間を送り出そうという、実に大胆不敵かつ大規模にして壮大なる計画なのであった。
 しかも何と!早速本年から開始し、かつ開始から僅か約一年という短期間で完了させよう!そんな目論見であると言うのである。余りにも無謀かつ過激であり、ハード過ぎるスケジュールと言わざるを得ないのだが、果たして実現するや否や……。
 しかしこれは寒冷化対策であり、その為に我々に残された時間は余りにも少ないのであーーる!よって我々はどうしてもやらねばならぬ、急がねばならないのだっ!とも仰る国連様。
 善は急げ、という訳である。但し何人と言えども地球上の人間であれば、大半の者は宇宙旅行の経験など有ろう筈も無い。そんな者たちを行き成りロケットに乗せ、宇宙空間の中で長期間ロケット内に閉じ込めておくなど無茶な話である。そこで国連は以下の手順、条件を定めて、計画を遂行する事とした。
(一)先ず各国にて国内の火星移住者を選ぶが、該当者は前もって必ず宇宙旅行の為の一定の訓練を、国内で済ませておく事。
(二)各国の火星移住者を国内の旅客機または軍用機を用いて、火星への出発地である米国のヒューストンに輸送する事。
(三)ヒューストンに到着した移住者は順次ロケットに乗船し、ロケット一機の定員である四万一千百人程度に達したら随時ロケットを火星に打ち上げる事。
(四)ロケットは一日に百回打ち上げ、一日で計四百十一万人の移動を目標とする事。
(五)以上を三百六十五日実施し、一年間で計約十五億人を火星に輸送する事。
 尚ロケットによる火星への移動時間は、約二ケ月(往復四ヶ月)を要する。従って計画遂行には、最低でも一万二千機のロケットが必要である。各国の更なる資金援助をお願いしたい……。

 確かに無謀、絵に描いた餅と言えなくもない。が、一先ずここまでは良い、OKとしておう。後はそれぞれの国で、火星移住を自ら希望する者を募る。そして手順通りに、どんどん火星へと送れば良いのだから。世界中の誰もが安易に、そんなふうに考えたに違いない。少なくとも旧人類たちは……。
 ところがである。後日国連は次なる条件を、しれーーっと追加したのであった。
『(六)火星への移住は、旧人類のみを対象とする事』
 ええっ!つまり『火星エデン計画』とは、その正体たるや、旧人類約十四億五千万人のみを対象とし、そしてその全ての旧人類を、一人残らず火星に移住させるというプロジェクト!だったのである。何と!悪く言えば旧人類を体良く地球から追い出す、人類にとってはまことに都合の良いプロジェクトであった。
 旧人類たちは皆こぞって、不満を漏らした。当然である。
「はあーっ?何だ、それ」
「何で、わたしたちだけ?」
「幾ら何でも、そりゃねえだろ」
「これじゃ、後出しジャンケンじゃないの!」
 旧人類たちは、まんまと騙された心境だったに違いない。皆世界中の旧人類たちが、唖然、呆然、顔面蒼白のパニック状態に陥った。みんな焦りまくった。しかし、しかし時既に遅し、万事休す!である。なぜなら人口の差は勿論のこと、政治、経済、国家権力……人間社会の有りと有らゆる面に於いて、既に人類の方が圧倒妁優位に立っていたからである。今更旧人類たちがジタバタした所で、無駄な抵抗、全ては後の祭り、でしかなかったという訳である。
 それに対して人類たちが本プロジェクトを大歓迎したのは勿論、言うまでもない事である。と言うか人類の同胞コネクション、情報網によって、実は既に彼らは皆、事前に知らされていたのである。何という事か!知らぬは平和で呑気な、お人好しの旧人類ばかりなり、という訳。あゝ残念無念。

 さあ、焦りまくった旧人類たちはもうパニック、パニック……。世界中の旧人類の間で、たちまち大混乱が起こったのは言うまでもない。旧人類たちは皆悲観し、悲嘆に暮れたのである。
「火星になんか、行きたくなーい!」
「本当に生きていけんのかよ、あんなとこで?」
「冗談じゃないわ!頼むから、地球の上で死なせてよ」
「くっそーーっ、あいつら。俺たちから地球まで、奪うつもりかよ!」
 旧人類による暴動と反対運動が猛烈な勢いで、日本を除き世界中で巻き起こった。これに焦った国連は速やかに対処すべく、緊急総会を開いて対策を協議した。軍、警察を用いて旧人類の反乱を鎮圧し、強硬に計画を押し進めるか?それとも旧人類共が納得し、自ら喜んで火星に行きたくなるような条件でも付けてやるか?
 協議の結果国連は、先に追加した条件を見直し、以下のように修正した。
『(六)火星への移住は、旧人類のみを対象とする事。また火星での統治は全て火星に住む者の手に委ね、地球からの干渉は一切しない事』
 つまり旧人類が火星に移住した場合、火星での旧人類の暮らしに対して、地球即ち人類からは何も口出ししない。資金面での協力と、技術的サポートのみを行うという事である。火星で暮らすのが旧人類のみとなれば、当然と言えば当然の道理かも知れない。
 が正直な所、国連即ち人類側としては余り期待はしていなかった。最悪の場合、強硬策もやむ無しという考えでいたのである。ところが予想に反しこの条件は、意外にも旧人類の間で好評を得た。
「そう来たか」
「本当に、本当?」
「でもだったら、良いんじゃなくて?」
「まじい?だったらわたし、火星に行ってもいいかも」
「わたしを火星に連れてって!」
 こんな調子で旧人類たちは概ね歓迎し、更には火星行きに対しても前向きになるという、思わぬ効果をもたらしたのであった。つまり結果的に功を奏したという訳である。
 しかしなぜ旧人類たちは前向きになったのか?それは旧人類たちがそれ程までにこの地球上で人類から差別され、圧政にもがき苦しんでいたという実情から。最早彼らには、貧困と不満とそして絶望しか残されてはいなかったのである。
「それに比べれば、まだましではないか?」
「本当に今の状態から、抜け出せるのであれば……」
「火星という全く未知なる空間ではあるけれど、新しい星、新しい地で暮らしてみるのも、悪くはないかも知れない」
「いや新天地、火星でやり直す方がいい。やり直したい!」
 そんな想いが旧人類たちの中に芽生え、その想いは日増しに強くなっていった。そしてやがて旧人類にとって大きな唯一とも言うべき、文字通り希望の星となっていったのである。
 火星!我等の火星!火星こそ我等のシンボル、我等の願い、我等の救い、我等の神……。
 こうして遂に世界中の旧人類が火星行きを決意し、『火星エデン計画』を受け入れるに至ったのであった。時は既に、五月下旬のことである。

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