
魔女のハーブは、あんまり甘くない 5ー6
◯大きな水晶のそば(満月が輝くころ)
アカリ、セーラ、レオーナ、はあはあと息をきらしながら大きな水晶のそばにくると、ぺたんと座り込む。
ココは、アカリの肩のうえで、前あしをなめている。
アカリ「こ、ここまでくれば・・」
アカリ、ココをなでながら言う。
セーラ「あー、なんかヒラヒラしてて動きにくかったー」
セーラ、銀のドレスのはしをつまんで、両足をふる。
アカリ「いつも、こんなの着てるの?」
レオーナ「もちろん、わたくしは王女ですから、むしろ、この格好でないと落ち着かないくらいです」
レオーナは、意外とすました顔。
セーラ「ねー、ちょっと休もうよー」
レオーナ、首をふる。
レオーナ「いいえ。テティスは、すぐに追ってきますわ。いそぎましょ」
レオーナが立ち上がり、よいしょとセーラの腕をひっぱる。
セーラ「え、もう? すこしは休ませてよー」
セーラ、ぶんぶんと両腕をまわす。
アカリ「(苦笑いして)しょうがないよ、セーラちゃん、いそご」
アカリ、立ち上がって、ホウキをセーラにわたす。
セーラ「もう、しょうがないなあ・・」
しぶりながらセーラがホウキにまたがると、アカリ、レオーナが順にまたがる。
アカリがセーラの肩に手をおき、レオーナがアカリの肩に手をおく。
ココは、アカリの手のなか。
セーラ「・・でも、ふつう、妖精って空飛べるんじゃないの?」
セーラ、レオーナをちらりと見る。
レオーナ、ぷくっとふくれる。
レオーナ「・・わたくしは、人とのハーフですから、その能力はそなわってないんです」
セーラ、ひきつる。
レオーナ「・・なにか、問題でも?」
セーラ「いや、べつに・・。じゃ、いくよ」
セーラ、腕に力をいれると、視線のさきにテティスの姿が見えて、え?と声をあげる。
テティス「レオーナさま、いけません!」
テティスが、アカリたちのほうへ走ってくる。
セーラ「え、はや・・。もうここまで?」
レオーナ「いったじゃありませんか。ああいう人なんです、テティスは。さ、いそいで」
セーラ、うなずくと、ふたたび腕に力をいれる。
ホウキが、地面から浮き上がるが、すぐにすとんと落ちてアカリの足がつく。
セーラ「さ、3人は、やっぱり、キビシイかな・・? 」
セーラ、ホウキを見ながら、力のない声。
アカリ「ね、セーラちゃんなら、大丈夫よ。美魔女なんだから」
アカリが、セーラの背中を両手で押す。
セーラ「美魔女・・」
アカリが、こくんとうなずくと、セーラが、よーしといって、気合いの入った顔になる。
ホウキは、地面から浮き上がり、ふらふらしながら地上へむかってあがっていく。
テティスの姿が、小さくなっていく。
アカリ「や、やった・・!」
アカリ、喜びの声をあげるが、セーラ、かなりつらそうな表情。
ホウキも、左右にゆれたまま。
セーラ「・・あなたが、重いんじゃない?」
セーラ、レオーナにむかっていう。
レオーナ、かーっと赤い顔になる。
レオーナ「し、失礼な。わたくしは、王女としての理想のプロポーションをたもっていますわ」
ホウキが、がくんとかたむき、ジグザグにゆれる。
セーラ「ちょ、ちょっと、冗談だって・・!」
アカリ「わ、わわ・・。ふ、ふたりとも、おちついて・・」
アカリ、セーラとレオーナにはさまれながら言う。
ココ、アカリの手のなかで、あきれたように見ている。
すると、アカリの胸のペンダントが、強く光りだす。
セーラ「み、見えてきた。地上からの光・・!」
ふりそそぐ光のたばが、アカリたちの前にあらわれた。
アカリ「よーし、このまま光のなかへ進もう、セーラちゃん」
セーラ、大きくうなずいて光にむかって飛んでいくと、やがて、アカリたちの姿が消えていく。
しばらくすると、広場のほうから、ミレイユとソレイユが飛んでくる。
立ったままのテティスが、顔をあげて、光のすじを見つめていた。
ソレイユ「あーあ、行っちゃいましたね」
ソレイユが、地上を見上げながらつぶやく。
ミレイユ「レオーナさまは、ちょっとワガママです」
ミレイユ、腕組みをする。
テティス「・・まあ、いいわ」
テティス、肩をおろして苦笑いをする。
ミレイユとソレイユ、?とテティスのほうをむく。
テティス「じつは、わたしも、地上を見てもらったほうがいいかなとは、すこし思ってたの」
ミレイユ「え、そうなんですか?」
ソレイユ「いがい・・」
テティス「だって、あのレオーナさまの顔を見た?あんなに楽しそうな顔してるの、はじめて見たもの」
ミレイユとソレイユ、たがいの顔を見てうなずく。
テティス「それに、亡くなったお父様が言ってらしたもの。いつかは、レオーナさまを外に出してやってくれって」
ソレイユ「・・・・」
テティス「お父様は、地上の人だったから、ずっと地上に帰りたかったんだと思うわ」
ミレイユ「・・・・」
テティス「でも、女王さま、つまり、奥さまのことを、とても愛してらしたから、この国に残った・・」
テティス、地上を見ながら、ふっとほほえむ。
ミレイユ「いーなー。なんか、わたしも行ってみたくなっちゃった」
ミレイユ、うーんと伸びをする。
テティス「大丈夫よ。近いうちに、きっと行かせてあげるわ」
ミレイユ「え、本当に?」
ミレイユが目をかがやかせると、テティス、こくりとうなずく。
テティス「じゃ、あなたたち。レオーナさまがいないあいだは、私たちが、この国を守るのですよ」
ミレイユ・ソレイユ「「はい、わかってます」」
テティス「あら、いい声ね。いつもは、おふざけみたいな声なのに・・」
テティスが苦笑いすると、ミレイユたちは、宮殿へ飛んでいく。
テティス「でも、あのハーブティー、やっぱり飲みたかったなあ・・」
テティス、つぶやきながら、宮殿へと戻っていく。
◯船の中(夜)
ヒカワノ丸は、夜の海を、ゆったりと進んでいた。
月の光が、ゆらゆらと海面でゆれている。
ノア「わあ、きれいな満月・・!」
パジャマ姿のノアが、部屋の窓から満月を見ている。
上のベッドでは、リサが眠りについている。
ノア「デッキからのほうが、もっとよく見えるかな・・」
ノア、リサを起こさないよう、ゆっくり部屋から出ると、エドワウが立っていた。
エドワウ、はっとした顔。
ノア「どうしたんですか、こんなとこで?」
ノア、おどろいた表情。
エドワウ「あ、いや、これを届けに・・」
エドワウの手には、リサのハンカチがあった。
ノア「まあ、ありがとう。届けておきます」
ノア、エドワウからハンカチを受けとり、部屋に入ろうとする。
エドワウ「に、にあうね、それ・・」
エドワウ、ノアのすみれ色のパジャマを見ていう。
ノア、振り向く。
ノア「・・ああ、あたしの家にあった、めずらしい柄なんです」
エドワウ「そ、そうなんだ・・」
ノア、もじもじしているエドワウを見て、くすっと笑う。
ノア「ああ、そうだ。エドワウさん、これ、わかりますか?」
エドワウ「?」
ノア、いちど部屋に入っていくと、すぐにもどってくる。
手に、本を持っていた。
ノア「これ、読めますか?」
エドワウ「それは・・、西洋の本かい?」
ノア「あたし、まだ読めないんです。でも、エドワウさん、ものしりだから、読めるかなって・・」
ノア、つぶやく。
ノア「これ、神話の歴史が書いてあるみたいなんですが・・」
エドワウに、本の表紙を見せる。
エドワウ「じゃ・・、ちょっといいかな?」
エドワウ、ノアから本を受けとると、廊下の小さなベンチに座る。
ノア、ちょこんとエドワウのとなりにすわる。
エドワウ「・・・・・・・・・・」
エドワウ、顔がトマトよりも、真っ赤になる。
エドワウ「じゃ、じゃあ、第一章から・・。まずは、王様の誕生からだね・・」
エドワウ、本をゆっくり読み、ノアに丁寧に説明する。
ノア「ふむふむ、なるほど・・・・」
ノアは、感心したように、うなずく。
船の中には、夜の海の静かな波の音だけが、かすかにながれていた。
やがて、エドワウの説明がおわり、本をぱたんと閉じると、ノアが笑顔をむける。
ノア「・・すごい、どうしてそんなに読めるんですか?」
エドワウ「ああ、ボクがいたエリアは、勉強しないと貧しいままだからね。だから、必死で学んだのさ」
エドワウ、すこし照れくさそうにいう。
ノア「わあ、エドワウさんって、がんばりやさんなんですね」
ノアの言葉に、エドワウ、やや迷ったすえ「はい」と本を返す。
ノア「じゃ、もう寝ます」
ノアが、小さなベンチから腰をあげ部屋にもどると、エドワウに振り向く。
ノア「・・でも、ごめんなさい」
エドワウ「・・・・?」
エドワウ、不思議な表情。
ノア「じつは、半分くらいは読めたんです。あたしも、まえ、勉強したことあったから」
しばらくのあいだ、波の音が、ながれる。
エドワウ「じゃ、どうして・・?」
エドワウ、口をひらく。
ノア「さあ・・・・」
ノア、小さく、首をふる。
エドワウ、ベンチに座ったままノアを見ている。
ノア、「おやすみなさい」といって部屋にもどるとドアを閉める。
エドワウ、ドアをずっとながめていた。
<5ー7に、つづく>