魔女のハーブは、あんまり甘くない 1ー5
5、魔女、とまどいを感じる
○お店の厨房(朝)
アカリ、ハーブティーを作っている。
ハーブの香りと、お湯がことこと煮立つ音が 店内に広がっている。
パジャマ姿のセーラが二階から降りてくる。
アカリ「あ、おっはよー、セーラちゃん」
セーラ「おはよー、アカリちゃん」
セーラ、なにかに気づくようにくんくんと鼻を動かす。
セーラ「あ、すっごい、いい香り」
アカリ、淹れたてのハーブティーをセーラの前に置く。
アカリ「目覚めのいっぱい、どーぞ」
セーラ「(笑顔で)ありがとー。ん、すっぱあい! でも、おいしいー。いっきに目が覚めた!」
アカリ「へへ、おいしいでしょ。お肌にもいいんだ、それ」
セーラ「うん。魔女は、肌の手入れも大事だからね。って、あれ?」
カウンターのイスの背にたくさんの服がかけてある。
セーラ「それ、あたしの服?」
アカリ「えへへ。実は、わたし、洋服もけっこう造れるんだ。たくさん用意したから、好きなの着ていいよ」
セーラ「すごい、本当にいいの?」
アカリ「だって、セーラちゃん、2着しか持ってないんでしょ? サイズもわたしとピッタリみたいだし、どんどん着ていいよ」
セーラ「ごめんね。泊めてくれたうえに、こんなことまで」
アカリ「ううん、だってリサさんが使ってた部屋だし、わたしも一人じゃ、つまんないし」
セーラ「ほんとに、助かりますです」
セーラ、ペコリと頭をさげる。
ココ「ニャオ」
アカリ「おお、ココちゃん、いつの間に?」
セーラ「ほら、ココも、すっごいよろこんでるわ」
アカリ、壁の時計を見ると、制服に着替え始める。
アカリ「(上着を着ながら)じゃ、わたしが学校から帰ったら」
セーラ「ええ、魔女の修行、手伝うわ」
セーラ、グーサインを出す。
セーラ「帰ってくるまで、店番もまかしといて」
ココ「ニャ」
セーラ「(笑って)ほら、ココもいるし」
アカリ「じゃ、お願いね」
セーラ「いってらっしゃーい」
ココ「ニャオ」
アカリ、店を出てストリートに入っていく。
○ストリート
ストリートを元気に歩くアカリ。
だが、街路樹の影から、だれかが見ている。
○学校の教室
予鈴が鳴り、生徒たちが、自分の机につき始める。
ユイ「おっはよー、アカリ」
アカリ「あ、ユイちゃん」
ユイが、一人で教室に入り、アカリの隣の机に座る。
アカリ「あれ、マコトくんは?」
ユイ「(苦笑い)んー。実は、マコトとケンカしちゃってさ」
アカリ「え? 別れたの?」
ユイ「(両手を広げて)いや、べつに、そうじゃなくて。よくある口げんか。すぐにもとにもどるわ」
アカリ「ふーん・・」
アカリ、廊下の方から視線を感じ振り向く。
だが、誰もいなかった。
担任の先生が教室に入ってきて、生徒たちは朝礼する。
○山の下公園(放課後)
アカリ、学校でユイと別れると、ミナト商店街で買い物をすませ、山の下公園を歩く。
アカリ「今日の晩ごはんは、カレーでいいかなー。ユイちゃん、気に入ってくれるかなー」
アカリ、買い物袋からカレースパイスの缶が落ちてしまい、拾おうとすると、だれかが缶を拾いわたしてくる。
アカリ「(顔をあげて)・・?」
マコト「や、やあ」
アカリ「あ、マコト・・さん、ですよね?」
マコト「う、うん。アカリちゃん、だよね」
マコト、缶をアカリにわたす。
アカリ「(受け取って)どうして、ここに?」
マコト「い、いや、たまたま、かな」
アカリ「たまたま・・?」
マコト、視線をあちこちに向けて落ち着かない様子。
アカリ「あの、わたし、急いでるので、いいですか?」
マコト「(右手をひろげて)い、いや、ちょっと。1分だけ」
アカリ「?」
マコト、こほんと咳ばらい。
マコト「俺と・・、いいかな?」
アカリ「・・え?」
マコト「いや、友達からでいいんだ」
アカリ、しばらく考えるが、やがて意味を理解すると顔があかくなる。
アカリ「(心の声) ええええ・・・・!」
マコト「ほら、キミ、友達少ないんだよね? だったら」
マコト、アカリにつめよる。
アカリ「そ、それは、よけいなお世話です!」
マコト、少し照れたように笑う。
マコト「返事、待ってるよ」
マコト、足早に公園から去っていく。
アカリ、ぼうぜんとマコトの背中を見続ける。
○お店
セーラが、エプロン姿で店内をモップがけしている。
セーラ 「あ、おかえりなさーい、アカリちゃん」
ココ「ニャ」
アカリ「あ、ただいま・・。店番お疲れさま」
セーラ「ううん、とっても楽しかったよ。あたし、こんな店で働いてみたかったしー」
ココ、アカリに近づいて、くんくんと鼻を動かすと、ニャと鳴く。
セーラ「ん、ココの鼻が反応した?」
セーラ、アカリに近づき、ココのようにくんくんと匂いを嗅ぐ。
アカリ「(紅潮して)な、なに、セーラちゃん?」
セーラ「(眉をひそめて)んー、この匂いは・・」
セーラ、顔を上げニヤリと不敵な笑み。
セーラ「男といたね」
アカリ「え? な、なに、べつに、そんな・・」
アカリ、みるみる顔があかくなる。
セーラ「(腰に手をあてて)ふふ、そーゆーことか」
ココ「ニャオ」
セーラ「ほらー、ココも、興味しんしんだってー」
アカリ、買い物袋を床に落とす。
セーラ「だれなのー? いってごらん」
セーラ、じりじりとアカリに迫ると、アカリはずるずると後ずさりをする。
アカリ「ほ、ほら、修行に行くよ。すぐ準備して」
アカリ、そそくさと二階へ上がって行く。
セーラ、ニヤニヤと視線を二階へおくる。
○港がよく見える丘公園
丘の上にある公園。
空は青くすんで、人もいない。
アカリ「よーし、今日は、おっきな虹をつくるぞー」
アカリ<魔女のきまり>を出す。
セーラ「あたしは、やったことないけど・・」
アカリ「この前は、ぜんぜんだったけど、今日は・・!」
セーラ「魔女が虹を出せるっていうのは、あたしも聞いたことないなー」
アカリ「ううん。ゼッタイ、できるから」
アカリ、目をつむり、両手を空にむかって広げる。
アカリ「んー、虹よ、かかれー」
セーラ、空を見るが、なにも起こらない。
セーラ「やっぱ、ムリだよー」
アカリ「んーん。もう少し・・!」
セーラ、やや苦笑いをしていると、アカリの胸が光りだすのが見えた。
セーラ「え? なに・・?」
胸の光が強さをましていく。
セーラ、空を見ると、虹が出てくるのが見える。
セーラ「うそ・・!」
アカリ、目を細く開け、空を見る。
アカリ「やった・・」
アカリ、ぷはっと息をはいて、その場にしゃがむ。
アカリ「もーだめ」
空から、だんだん虹が消え、見えなくなった。
セーラ、口を両手でおさえ、信じられないような顔でたちつくす。
アカリ「ほら、やっぱり魔女は虹が創れるんだよ!」
セーラ「いや、その石の力・・・・!」
アカリ「え?」
セーラ「ううん。アカリちゃん、疲れたでしょ? なんか食べにいきましょ」
アカリ、なんとか笑顔をつくる。
○赤いレンガ倉庫ひろば(夕)
<秋のグルメフェア>と看板がたてられ、 帰宅途中の学生や若者があふれていた。
セーラ「すっごい人。楽しー」
アカリ「そ、そうだね・・」
セーラ「アカリちゃん、なんか死にそうな声。ちょっと座ってて。甘いもの買ってくるから」
セーラ、アカリを近くのベンチに座らせると赤いレンガ倉庫の中に入っていく。 アカリ、ほのかな街灯の光を見て心が癒やされた気がしたが、知っている顔が近づいてくるのが見え、体に緊張が走った。
マコト「あ、アカリちゃん・・」
アカリ「マ、マコトさん・・」
マコトが、不思議な顔で立っていた。
マコト「え、今、一人かい?」
アカリ「え、ええ、まあ・・」
マコト「あ、あれさ。返事って、考えてもらえたかな?」
マコトが真剣な顔を向けてくると、アカリは顔をふせる。
アカリ「そんな。ついさっき言われたばっかりで、心の整理が・・」
セーラ「アカリちゃん?」
アカリは声のする方を見ると、クレープを両手に持ったセーラが、ポカンとした顔で二人を見ている。
マコト、困ったような表情を浮かべると、人混みの中に消えていく。
セーラ、しばらく人混みを見ていたが、やがてアカリの方をむく。
セーラ「・・そうか、あの匂いって、彼だったのね」
アカリ「い、いや、だから、これはね」
セーラ「へえー。けっこういい男じゃない」
セーラ、クレープの一つをアカリにわたす。
セーラ「ほら、あったかいうちに食べな」
セーラ、ぱくぱくとクレープをほおばる。
アカリ「まいったなあ・・」
アカリ、かなり、やけになった顔でクレープをほおばった。
エピソード5 END