魔女のハーブは、あんまり甘くない 1ー2
エピソード2 魔女、本物と会う
○お店の中
<ハーブ&魔女の店>の壁の時計は、朝の6時をさしている。
カウンターには女性が座り、厨房にいるアカリは向かい合って女性を見ている。
女性の前にはハーブティーがおかれ、窓の外に見える港の空には、虹がうすくかかっている。
アカリ「あなたは、魔女・・、なんですか?」
時計が6時1分をさす。
女性がアカリに視線をむける。
女性「ええ、そうよ」
時計が6時2分をさす。
リサ「私の名前は、リサ。本物の魔女よ」
リサ、ハーブティーを一口飲んで、おいしいとつぶやく。
リサ「ふふ、おどろいた? でも、本当よ」
アカリ、ごくりとつばをのみこむ。
アカリ「し、信じます」
リサ「このお店のハーブティーは、本当にすばらしいわ」
アカリ「(深呼吸をして)じ、実は、昨日会ったとき、ゼッタイそうだって思いました」
アカリ「あの虹も、そうなんですか?」
アカリ、港の空の虹の方を見る。
リサ「ええ、そうね、私が魔力で創ったの」
アカリ「(おどろいて)それって、魔女の力で・・」
リサ「ええ、そう呼んでもらっていいわ。まあいわゆる魔法ね」
アカリ「わあ・・!」
アカリ、顔が紅潮し笑顔になる。
アカリ「うれしい! わたし、ずっと魔女にあこがれてたんです!」
アカリ、厨房から身をのりだしリサの手を自分の両手でにぎる。
リサ、しばらく笑顔でいるが、しばらくすると悲しそうな顔で目をふせる。
アカリ「・・?」
リサ「でも、そろそろ引退を考えてるの」
アカリ、両手をはなす。
アカリ「(震える声で)ど、どうしてです?」
リサ「私、病を罹ってしまったの。ほら」
リサ、左腕の袖をまくる。
アカリ「これは・・」
黒いとぐろのような模様が、リサの左腕についている。
リサ「(ため息をついて)魔女特有の病ね。すごくめずらしいんだけど。まあ、これは仕方ないわね」
リサ、袖をもとにもどす。
アカリ「(心の声)そうか、だから、昨夜は高熱で倒れてたのか・・」
アカリ「じゃあ、あの虹はもうすぐ・・」
リサ「(目を伏せて)ええ。申し訳ないけど、見れなくなるわね」
時計が、6時5分をさす。
虹が、消えかかっている。
アカリ、再び、リサの両手を強くにぎる。
アカリ「わたしが、魔女になります!」
リサ「(目を開いて)え?」
アカリ「わたしが、また虹をかけてみせます!」
店の中に、長い沈黙が流れる。
リサ「・・わかったわ」
アカリ、笑顔になる。
リサ、コートのポケットから、小さな冊子を出す。
リサ「じゃあ、これを覚えて」
アカリ「これは・・?」
リサ「<魔女のきまり>よ。これを3ヶ月でマスターできたら魔女になれるわ」
アカリ、目を大きく開いて冊子を手にする。
リサ「あと、これを着て」
リサ、足元に置いたバックから、一着の服を取り出す。
アカリ「これって・・」
リサは、少し恥ずかしそうに笑う。
リサ「私が、むかし着ていた魔女服よ。たぶん、サイズはあうはずだから」
リサ「ちょっと、着てみてくれる?」
アカリ「は、はい!」
アカリ、いったん二階の自室に行くと、すぐに着替えておりてくる。
紺色の魔女服を着ている。
アカリ「(興奮ぎみに)すごい、カッコいい!」
リサ「ええ。とっても、似合うわ」
アカリ<魔女のきまり>を手にする。
アカリ「じゃ、じゃあ、行ってきます」
リサ「ええ。あんまり急がずに、ゆっくりね」
アカリ、店を出て、港の方へ歩いていく。
リサ「まあ、がんばってね・・」
リサ、ハーブティーを飲み干す。
○広場
アカリ、港のそばの「山の下公園」に入り、中央広場のベンチにすわる。
<魔女のきまり>を開く。
アカリ「まず、最初は、と・・」
1ページ目に文字が並んでいる。
アカリ「いつも笑顔でいること、か」
アカリ、手鏡を出し、にこっと笑う。
アカリ「こ、こうかな・・?」
アカリ、いろんな表情をつくり、ぶつぶつひとりごと。
「あれ、アカリー?」
声がしたので、アカリは、手鏡をおろす。
目の前に、ユイが立っていた。
ユイ「(苦笑い)やっぱり、アカリ? こんなとこでなにしてんの?」
アカリ「(ひきつって)あ、ああ・・」
アカリは、視線を泳がすと、ユイの隣に背の高い少年がいるのに気づく。
ユイは、アカリの視線の先を見る。
ユイ「あ、これは、あたしの彼氏でマコト、なかなかいいやつなんだ」
少年は、さわやかな笑みをうかべる。
マコト「(明るい声で)よろしく」
アカリ「は、はじめまして・・」
アカリは、ペコリと頭をさげる。
ユイ「(笑って)ああ、マコト。アカリは友達少ないけど、いい子だから安心して」
アカリ「(ややムキに)だから、それは、よけいなお世話だって・・!」
マコト「は、はは・・」
マコトは、指で頬をかく。
ユイ「ところで、アカリ。あんた、その格好・・」
ユイは、まじまじとアカリを見る。
アカリ「う、うん、これは、こ・・」
ユイ「コスプレ?」
アカリ「そ、そう、コスプレ。コスプレに参加しようと思って・・」
ユイとマコト、フーンと小さく反応。
ユイ「へえ、面白い。でも似合ってるよ」
ユイ「でも、あんたに、そういうシュミあったなんて、知らなかった」
アカリ「そ、そうなの。意外でしょ。えへへ・・」
アカリ、両手で服をつまむ。
ユイ「じゃ、あたしたちは、行くから」
ユイ、港の先の町のほうへ、向き直る。
アカリ「う、うん、じゃあね」
アカリ、小さく手を振り、ユイたちは町の方へ歩いていく。
マコト、いったん足を止めると、アカリの方を向き、しばらく目を合わせる。
アカリ「・・・・・・?」
マコト、ふたたびユイとならんであるき出す。
アカリ「そ、そうだ、笑顔のつぎは・・」
アカリ、<魔女のきまり>をめくりはじめる。
アカリ「両手を空にひろげ、強く念じれば、大きな虹があらわれる・・」
アカリ「って、これだ!」
アカリ、喜ぶが、すぐに真顔になる。
アカリ「強く念じるって、どうやって・・」
アカリ、ベンチから立ち上がり、空にむかって両手をひろげる。
アカリ「んー、んー、虹よ、かかれー」
アカリ、目をつむって口を動かす。
アカリ「んー、んー」
アカリ、やがてぷはあっと大きく息をはいて、両手をおろす。
青い空には、雲だけがある。
アカリ「やっぱ、ダメかあ・・」
アカリ、肩を落としてまわりを見るとギョッとする。
子どもたちや、保護者が、じーっとアカリを見ていた。
アカリ「は、はは・・」
アカリは、パンパンと服を手でたたく。
アカリ「今日は、このへんで・・」
アカリ、公園を足早に出ていく。
○お店の中
アカリ、ストリートを足早に進むが、すれ違う人々が珍しげに見ている視線を感じる。
だんだん、お店の扉が近づいてくる。
アカリ、扉を開ける。
リサ「おかえりなさい」
リサがエプロンをまとって厨房で洗い物をしている。
アカリ「あれ、リサさん? どうして? 」
リサ「(笑って)うん、これくらいだったら、私にもできるかなって。あ、迷惑だった?」
アカリ「(首をふって)い、いえ、ぜんぜんです」
リサ「よかった。あ、ところで、どうだったの?」
アカリ「あ、あの、まだ、虹はダメでした・・」
アカリ、両手の人差し指をあわせる。
リサ「(優しげな口調で)いいえ。最初は、みんなそんなもんよ」
アカリ「ほ、本当ですか?」
リサ「ええ。まだまだこれからだから、しょげてはダメよ」
アカリ、ホッとした表情。
リサ「今日は、もう、休んだほうがいいわ。また、明日から大変だから」
アカリ「そ、そうですね・・」
リサ「あとは、私がやっておくから」
リサ、アカリにウインクする。
アカリ「はい、おやすみなさい・・」
アカリが二階へあがるのを見ながら、リサは口元をゆがめる。
ティーカップの取っ手が、パキッと割れる。
リサは、傷がついた右手親指をそっと口につけると、首にかけたペンダントの石をゆっくりと左手でなでる。
エピソード2 END