la veiled de Noël
もう一泊していけば、と気遣わしげに見送りに出てきたシスターにくたびれた笑顔で挨拶しながら教会の通用口を出た司祭は、教会正面玄関の目の前に広がる広場の奥の方、建物から遠いベンチにぽつんと一人で座る人影を認める。時計の針が頂点を越えてかなり経つ時分、あたりには他に誰もいない。雪は降らないまでも数分も立っていれば手足の先が痛み始める寒さの中で誰かを待ちじっと座り続けていられる人物など、一人しか思い浮かばない。
「いつからそうしているんだい」
近寄る司祭に気付き顔を上げてなお、男は立ち上がらずに手が届く距離に来るのを待っている。吹いた風に軽く目を細めて帽子を押さえる姿はいつもどおりで、寒さなど感じていないかのようだった。
「時間は問題ではないよ。君をこうやって出迎えられたんだから」
司祭がすぐ横に立ち手を差し出して初めてきちんと顔を上げ、シャルマンは笑ってその手を取った。お互いの手袋がギュッと音を立てる。
「お疲れ様。おかえり」
「ありがとう。ただいま」
軽やかに立ち上がると、片手は握ったまま反対の手で適当に着込まれた司祭のコートの襟とマフラーを整えた。首と、顔を埋めるように整えられたそれらが乱した髪も当然のように撫でつける。
「寒いだろう。早く帰ろう」
「こちらの台詞だ。帰れるかわからないから迎えは不要と言っただろうに」
「君はいつも、今日の日は遅くなっても帰ってくるだろう」
「中央の教会は息苦しくてね。数日もいれば煙草と家のベッドが恋しくなる」
私のこともだろう、というシャルマンの言葉を無視して司祭は彼の手を引いて歩き始める。楽しげに笑うシャルマンは文句も言わずにそれに従い、そのうちに手を解くと冷たい風から守るように司祭の背中に腕を回した。解かれた司祭の手はいつもそうしているように、名残惜しさもなくコートのポケットに収まる。
「遅くなるのがわかっているんだから、外で待っていなくていいんだよ」
「私がそうしたいんだ。あそこから解放された君を一番最初に労るのは私でなければならない」
「こんな日のこんな時間に、他に誰がいるもんか」
笑いながら石畳を踏み、寒さに急ぐでもなくのんびりと二人は北の教会に向かう。
「寒かっただろう。帰ったらまずは風呂だな」
「従順に君を待っていた私にキスをするのがまず先だ」
「それは家じゃなくてもできる」
くんとコートの襟を引かれたシャルマンは、手を引かれたときと同じくその動きに抵抗しない。触れる唇は方や冷たく、方や冷え始めたぬるさで重なった。一呼吸、ゆっくりとしたまばたきの間、お互いの動きも音も止まる。
「……冷たいな」
「早く帰ろう」
何事もなく同じポジションで歩き出し、何事もなく同じテンポで会話が再開される。
「アドベントの忙しさから解放された喜びで明日は寝坊しそうだ」
「明日のミサが本番だろう。また手伝いに来るのかい?」
「そう。でも大掛かりなものは今日までだから、中央の手伝いは今日まで。明日はうちで過ごすよ」
「なら寝坊もいいだろう。いっそ休みにしてしまえ」
私とゆっくり過ごそうというシャルマンの言葉に、司祭は悩ましげなため息をこぼした。街灯に照らされたそれが白く光るのを、シャルマンが眩しそうに見つめる。
「甘い誘惑だ」
「得意分野だからね」
「クリスマスミサを休むなんて聞いたこともない。それに祈りに休みはないよ」
「朝はたまに寝過ごすだろう」
「気持ちは起きているんだ。夢の中で祈っている」
「それはご立派だ」
こぼれるシャルマンの笑い声が耳に心地よく、司祭はそれに身を任せるように彼に体重をかけた。シャルマンは難なく受け止め、背中に回している腕に少しの力を込め更に引き寄せる。二人は一度足をもつれさせながらも、そのまま進む。
「明日の朝、ベッドの中で検討しよう」
「私は起こさないよ」
「ではもう半分決まりだな。しかし、もう半分の可能性も捨てきれない。私は真面目だからな」
「どうだか」
夜半の街には寒さに身を寄せ家路をたどる二人の声以外何もなかった。
2021.12.24 クリスマス・イヴ