Sentimental
灯りを消していくらかの時間が経ち、司祭はとっくに暗闇に慣れた目をしばたかせた。天井は変わらずそこにあり、シーツは体温と混ざり合うように同じ温度になっている。脚を少し開けば、隣で同じく仰向けで眠る男のぬるい肌に当たった。
「シャルマン」
目を覚ましたのか、まだ眠っていなかったのか、すぐに衣擦れの音とともに寝返った揺れが伝わってくる。同時に、触れた司祭の脚は男の長い脚に絡み取られた。
最後に見たときには目をつむり緩やかに胸を上下させていたその男が薄く目を開きこちらを向く姿を、司祭は天井を見つめながら鮮明に思い浮かべる。
「どうした?」
「キスしてくれ」
「お安い御用だ」
布団の中を男の手がまっすぐに進み、空気にさらされた司祭の少し冷えた頬を撫でた。大きな手は天井を向いたままの顔を誘導するために顎をなぞる。
「ほら、こっちを向いて」
男と同じようにベッドを揺らし、億劫さを隠さない緩慢な動きで司祭は男の方を向いた。そこには司祭が想像したままの、穏やかに笑う男がいる。
寄ってきた男がもう一度司祭の頬を撫で、包む。ちゅっと音を立てて司祭の鼻にキスすると、猫のように鼻を擦り付け、唇を重ねた。司祭は目を閉じもせず、至近距離にある長いまつげと赤い瞳を見つめる。
軽く押し付けられた唇はすぐに離れた。司祭はまばたき、やっと呼吸ができるようになったと言うようにふうと息を吐き出すと、男の腕を布団の中で握った。
「もう一回」
司祭の要望に、返事のかわりに唇が寄せられる。二度目のキスに落ち着いた様子でまぶたを下ろす司祭を、男はじっと見つめる。
先程よりも少しばかり長く重なった唇は、離れるときにほんのかすかな音を立てた。
「もっと」
「もっと長く、深く、それともたくさん?」
「わからない」
「では、わかるまでしよう」
頬を包む男の手に、腕を握っていた司祭の手が重なった。それが離れるまで、男の唇は触れることを許される。
ささやかなリップ音が時折聞こえるだけの空間では、互いに時間の感覚もなく、二人はそうするのが当然のように唇や頬や鼻を寄せ合った。司祭の呼吸が穏やかになっていくごとに、男はゆっくりとまばたく。
男の手に重なっていた司祭のそれがおもむろに離れ布団の中に戻っていくと、唇を離した男はこつりと額を合わせる。
「もっと?」
「もういい」
パチパチと二、三度まばたいた司祭は礼を述べるように額をすり合わせると、男の手から逃れてすぐに仰向けに戻り目を閉じた。そのまま二度目のため息を吐き出す司祭を見て、男も同じく元の体勢に戻っていく。触れた足先だけがお互いの体温を名残惜しんでいた。
「私も一つお願いがある」
「ものによるが、聞くだけ聞こう」
「手を繋いで眠ろう」
司祭の返事はすぐには返ってこなかった。ともに目をつぶり、お互いの呼吸を聞くともなしに聞く。ベッドの上には二人分の眠気がわだかまる。
少しの間をおいて、トン、と男の太ももに司祭の手が当たった。
2023.06.24