sans titre
ただ暑かった。体中から汗が吹き出し、それに加えて触れる先なにもかもが湿っていた。汚れを拭うようにシーツに手も足も身体も擦り付けてほんの一瞬空気の冷たさを楽しんだかと思えば、また自分からその手を湿らせた。
今冷静になってしまえば、そのすべてが汚いと感じてしまうのだろう。アレクサンドルはそう考えながら、濡れた肌を掴もうとして滑る手を再度シーツで拭って、眼前に白く浮く肌のうち、ちょうど掴みやすそうな腰のくびれに手を回す。
「後ろからが好きなのね」
振り返り髪の隙間から覗いた目も湿り気を帯びていて、それなのに視線には確実な渇きが浮かぶ。きっと自分も同じ目をしているのだろう。掴んだ腰をグンと引き寄せると、うめき声にも似た嬌声が上がった。自分の荒い呼吸が不快だった。なにが足りないのか、自分にはわからなかった。この女はわかっているのだろうか。わかっているにしては滑稽な姿だと思った。もちろん、お互いに。
その部屋に満ちるすべてがひそやかさとは無縁な音と湿気に支配されていた。伸びてきた女の手を引き、快感を求め惰性で動く脚腰にあらためて力を入れる。女の声は枯れかけている。
静かな呼吸、衣擦れ、自分の耳に響く鼓動、甘い匂い、心地良い体温。
現実か夢かわからなくなり始めた脳裏に浮かぶのは本能に彩られたやかましい行為でも、女の顔でもなく、何故か静かな夜に見たまつげの黒だった。
身体の熱を逃がすように女の背に覆いかぶさり、湿った髪に隠れた首や肩を探り当てて噛みつく。
「あぁ」
あの人の肌もこんな味がするのだろうか。
タイトル日本語訳:無題
2024.01.06 初稿
2024.02.09 加筆修正