私のかわいい子猫ちゃん 11

 軽いブランチを済ませると片付けるからといつもリビングのソファに誘導され、少し待っていて、とまた新たな紅茶が準備された。「ストレートもいいが、今日はミルクがおすすめだ」とほんのり温かいミルクポットがカップのすぐ横に並ぶ。シャルマンは続けて砂糖、いくつかのジャム、はちみつと思しき瓶と、甘味料はお好きにとでも言うように目の前に揃えてダイニングに消えた。
 言われるがままにミルクと少量の砂糖を入れ濃すぎない味と香りを楽しんでいると、すぐに戻ってきたシャルマンがいつもの一人がけではなく、アレクサンドルの隣りに座る。驚きで取り落とさないよう持っていたソーサーとカップを両手で包むように支えるアレクサンドルが様子を窺うのをにこりとかわして、シャルマンはそのまま自分の紅茶を準備する。
「……なにか、問題でも」
「問題? 問題はないよ」
「何故、隣に?」
「覚えていない? 私が強く眠らせすぎたかな。少しずつ思い出してくれ。君はここに、私と話をしに来たんだ」
 シャルマンはストレートのままの紅茶を一口、二口飲み込むと、テーブルに茶器を戻しアレクサンドルの方に軽く膝を向けた。触れるほどは近くないながら、いつもの甘い香りが感じられる程度には遠くもない。
「物理的に近いほうが話しやすいこともある。君の声を聞き漏らすこともない。それに」
「それに?」
「君が昨晩、私にそばにいてくれと言った」
「そっ……、あー、そうですか……」
 袖を握って離してくれなかったんだ、君は握力が強いね、と感心した様子で話すシャルマンを遮るようにアレクサンドルもカップとソーサーを少しの音を立ててテーブルに置く。朝見たら君が握っていたところがしわくちゃで、と解説が続けられるのを耳に集まる熱を無視しながら止めた。
「わかりました。とんだご迷惑を。もういいです。大丈夫だから」
 距離を取るためにソファの上で後ずさるアレクサンドルをいくらか不満げに見やり、シャルマンは静止のために向けられた手を取り引き止める。
「……迷惑なんかじゃないよ。もうだいぶ眠たそうだったから君自身は覚えていないかもしれないが、私は昨日の君との約束を破るつもりはない」
 その声は真摯で、合わせられた視線は緩やかに笑んでいるもののごまかす色を一切含まず、アレクサンドルにまっすぐに向けられている。
「私はどこにも行かない。君がそれを望まない限り」
 一瞬アレクサンドルの呼吸が止まり、握られている手から伝わってしまうのではと思うほどに心臓が鳴った。

2022.02.06 初稿
2024.02.06 加筆修正