いまだほろよい
「どんな人だったんですか」
「“彼”かい?」
「そう、神父様。何度かお話ししたことはあるけど、正直あんまり覚えてなくて」
「……そうだな、美しい人だよ」
「……、顔のこと? 写真見たい」
「ふふ、顔も、だな。写真は次までに探しておこう」
「そんなにもったいぶるもの? 持ってるでしょう」
「もったいぶっているわけではないよ。本当に少ないんだ。美しさのあまり教会の人間に恨まれてここに閉じ込められていたから」
「……冗談?」
「半分本当だ」
「……」
「もともと顔見知りだったんだが、この街に遊びに来て北の森で友人と話していたら、ああそうだ、彼も私が拾ったんだ」
「すぐになんでも拾うんですね」
「私が拾うのは美しいものだけだよ。彼、北の森で迷子になっていたんだ。話を聞いたら少し前からここの管理を任されたと話してくれてね。森に入ってみたら出られなくなったと言うから、私が拾って責任を持ってここまで連れてきた」
「あの森ってそんなに広かったっけ」
「彼はそういうのに気に入られやすいんだ。美しさは罪だね。稀代の祓魔師殿も相手を見つけられないとどうしようもないし」
「祓魔師?」
「そう、祓魔師。悪魔祓いってやつだ」
「……あなたは?」
「悪魔だね」
「……うん?」
「つまり、そういう人ということだ。彼の公平さは相手を選ばない。『興味がない』と言い換えることもできる」
「興味ねえ……」
「人間もそれ以外も、彼にとっては全部一緒。些細な違いしかない」
「聖職者ってそういうものなの?」
「いや、あれは特別だろうね。不思議な人間だよ。でも、君だって私にはそうだろう。あぁでも君の場合は、興味がある方か」
「……、全然。全然そんなことない」
「ふふ、かわいいな。そんなに警戒しなくても」
「……。それで?」
「そんなだったから、彼はここに押し込められたんだ。私は彼のそういう姿を好ましく思うが、人間同士ではそうでもないらしい。どうせほかにすることもなかったし、彼は私のお気に入りだったから、話し相手にでもと私もお邪魔することにしたんだよ。私に捕まってしまってかわいそうに」
「そう言う割に楽しそうだ」
「楽しかったからね。青春ってやつかな」
「まあ、聞く限りそうでしょうね」
「あのまま教会に使い潰されるよりかはよほど幸福だったと思うよ。悪いことをしたなと思ったことももちろんあったが、過ぎたことだ」
「ふぅん……」
「どんな人か、だったか。ほかは、そうだな、わがままだな、すごく」
「わがまま?」
「そう、わがまま。あと、よく眠る」
「全然そんなイメージないや」
「それは君、『神父様』をしている彼しか知らないから当然だろう。怠惰でわがままで狡猾で、悪魔みたいな男だな。厄介なやつだよ」
「悪魔が認めるんだ」
「お墨付きだね」
「そんなに」
「しかし、そんな姿は私以外には意地でも見せないから。かわいくて仕方ないだろう、そんなの」
「……」
「つい欲しくなってしまって。あんなに美しくていじらしい人、ほかにいない」
「……愛の告白?」
「そうだよ。私がこの世界で最も愛する人間だ」
「……へえ」
「妬ける?」
「いえ……」
「なんだ、さみしいな。子猫ちゃんの初恋は私の知らぬ間に終わってしまったかな」
「思ってもないことを。ずるい言い方だ」
「そんなことないさ。君が私を好いてくれたら、私はとても嬉しいのだけど」
「……これ口説かれてる?」
「そうだったら?」
「ついさっき他の人への愛を語った口で?」
「君はまだ知らないだろうが、私も彼に負けないくらいわがままで欲しがりなんだよ。私に捕まってしまってかわいそうに」
「勘弁してよ」
2022.09.21 初稿
2024.02.08 加筆修正