Requiescite in pace.

 暖炉の火に照らされたグラスと二人の男の瞳がちらちらと光る。厚手の絨毯の上にさらにブランケットを敷いた狭いスペースに転がって、司祭はアルコールで少し焼けたため息をこぼす。
「もし僕が死んだら」
「またその話か。最近好きだな」
 おまえが酒を飲ますからとうふふと笑い、司祭は同じく隣りに寝転ぶ男の肩を押した。
「おまえが思うより、人間にとって死は身近なんだよ」
「君が思うより、私はそのことを思い知っているよ」
 左様で、と司祭はいくらか寂しそうに笑った。果たしてそれは、そう述べる男を思ってか、それを思い知らせたのが自分ではないからか。握ったグラスの中の残り少ないぬるいアルコールをもてあそぶように揺らす。
「墓参りくらい来てくれよ。僕の肉体が寂しがる」
「そうだな。私が君の死を悲しまなくなったら行ってもいいかな」
「そんなこと思いもしないくせに」
「どうだろうね」
 喪失感に決まりの名をつけることは難しいんだと、男は片肘をついて司祭の髪をもてあそんだ。揺れる明かりが真っ赤な虹彩に散らばるのを、酔いで滲む青い瞳が追いかける。
「……、おまえは寂しがりだから」
 司祭の甘えるような声音は真意をさらさない。それをわかっていて、何も逃さないようにと男は意識のすべてをそこに預ける。
「いつかおまえが心許せる誰かと訪れてくれたらいいんだが」
 ほんの一時視線を遮る互いの柔らかなまばたきが、互いを許し合う空気を呼んだ。
「はは。それこそそんなこと、思ってもいないくせに」
「どうだろうね」
 ぬるいため息に甘やかす色を乗せて、男が司祭の頭を撫でる。心地よさそうにそれを受け入れる司祭は、自分の願いが果たされることをすでに知っているかのように安らかに目を閉じた。
「君は聖職者として不都合なほど独占欲が強い」
「それはおまえもだろう」
「私は悪魔だからね。似た者同士、お似合いだろう」
「心配してやってるのに」
 くすくすと響く笑い声はどちらのものともつかない。
「仕方ない。そのうち煙草くらいは吸わせてやろう」
 男の声は甘い。
「いつになるかもわからないから、期待せずにいなさい」
 酒で内側から熱があふれるのを外気が容赦なく冷やしていく裸の足がずるずるとブランケットにしわを寄せながらさまよい、すぐ近くにあった男の冷たい素足に触れる。
「約束だ、寂しがりの悪魔」
 やはり酒はだめだ、人間を惑わせる、とうなりながら、司祭はそのまま転がり隣の男に乗り上げた。
「君は愛も肉体も重たいようだ」
「どちらもおまえには負けるよ」
 どちらからともなく今日は一緒に眠ろうかと提案し、重なったままけらけらと笑った。

2022.01.17 汝ら安らかに眠れ