きたる冬
「お前、今年のクリスマスはどうすんの」
つい今しがたまで下品な話で盛り上がっていた同僚のベンからの突然の真面目な問いかけに、アレクサンドルはスモークチーズを摘む手を止める。両者ともすでに随分とアルコールが回っている様子で、顔や手足の血色は行き過ぎたほどに良好だった。
「どうもこうも、独身組は今年も当番に駆り出されるだろ」
「そうなんだけどさ」
「幸せなファミリーの一夜を支えるのが俺たち独り身の使命で宿命だ」
ほとんど人が出払った昼の官舎の共有ダイニングは静かなもので、当番明けに酒を煽る二人の声以外は冷え始めた風が時折窓を叩くだけだ。
「彼氏どうすんの」
「彼氏はいないな」
「あの人、絶対寂しがるぞ」
「彼氏ではないんだよな」
またまたぁ、と笑いながらも、ベンは手元のグラスを空にして次の酒を物色する。
「それは冗談としてもだ。俺は感心したんだよ。あのときお前、教会に行ってただろ」
「……行ったな」
「お前がつらいときに教会に駆け込むほど信仰深いクリスチャンだとは思ってなくてさ。ほら、この時期はアドベントとか、礼拝とか色々あるだろ」
「あるなぁ」
教会目当てで行ったわけではないいつかのことを思い出す。心配した同僚たちにどこに行っていたのか問われ「教会にいた」と答えたことから広まった誤解に妙な罪悪感を覚えるアレクサンドルが目も合わせずに適当に相槌を打つ姿を見て、彼はゴンとアレクサンドルの椅子を蹴り上げた。
「そういうの、参加しなくていいのか? 本当は行きたいのをずっと仕事でおろそかにしてたんじゃないかと思ってさ。俺たちの仕事、休みもバラバラだろ」
「お前がそんなに人を思いやれる心優しい人間だとは思わなかったよ」
ゲラゲラ笑うアレクサンドルの椅子をもう一度蹴り上げると、心優しいベンは大きなため息をつきながら適当に切ったライムをかじり手近にあるビールの栓を開ける。
「休みになるようなんとか調整してやろうかと思ったのになんてやつだ。心優しい俺の善意を無碍にしたお前なんか地獄行きだ」
「足グセの悪い心優しいお前は俺の分も天国で楽しんでくれ」
いやだい、誰がお前のために、とくだを巻きながら瓶に口をつけ、ぐいと一気に半分ほどを飲み干した。
同じグラスに注いでいるためにもはやなんの酒なのかもよくわからないそれを飲み込み、アレクサンドルは改めて休みの件は大丈夫と断る。そうかぁ、と何故か残念そうに口を尖らせるベンを横目に、体にこもる熱を逃がすために深く息を吐き出した。
「そんなことでは見捨てられない」
もうだいぶ酔いが回っている様子の眠そうなアレクサンドルの、誰にとは明言しない言葉にも、同じく酔いの回るベンは都合よく「カミサマ」を当てはめる。
「宗教ってのは都合がいいんだな」
「そんな重たいものじゃない」
噛み合っているようでいない会話もアルコールがぼかし、二人はどちらからともなくあくびをしてガチャガチャと空き瓶やグラスをまとめ始めた。
「本当にいいんだな。あとから言っても遅いからな」
「大丈夫だ、たぶん」
「煮えきらねえな。彼氏に苦情言われても知らねえからな」
「だから彼氏じゃねえんだよ」
「ちっ。お前が休まないなら俺が変わりに休もうかな」
「いいんじゃねえの」
「そっけねえな! 俺がこんなに心配してやってるのに!」
「うるせぇ……」
「お前ら、仲いいなぁ」
起き出してきた休みの同僚に見るともなく見守られながら、酔っぱらい二人が騒ぎながら散らかしたダイニングを片付ける。
2021.12.17 初稿
2024.02.09 加筆修正