Une petite cigarette.

 勝手口の外から盛大なくしゃみが二度、三度。夕食の下ごしらえをと厨房を訪れたシャルマンは調理台の上の準備途中で放棄された茶器を無視してまっすぐに勝手口に向かい、少しきしむ扉を開く。室内の暖かさを荒らすように吹き込む最初の空気は特段に冷たい。扉のすぐ横のベンチでは紫煙をくゆらすローマンカラーの男が、膝に落ちた灰をぱっぱと払っていた。
「やあ、見つかってしまった」
「君、またこんなところでサボって」
「失敬な。休憩中と言ってくれ」
 着込んでいるわけでもないいつもの姿でどれほどの時間をそこで過ごしているのか、顔も指先も血の気が引いて青白い。すんと鼻を鳴らすと、司祭は何を気にするでもなく隣りに置いた灰皿に短くなった煙草を押し付けた。
「もう真冬だというのにそんな格好で。せめて上着くらい着たらどうだい」
「ちょっと一服する間くらい大丈夫さ」
「君が一服する間にミサが半分終わる」
 灰皿に散らばる吸い殻の本数を見咎められ、今朝と昼の分もある、と悪びれずに肩をすくめた。
「僕のこれは念祷だよ。誰にも咎められん」
「先程休憩と聞いたばかりだが、ものは言い様だな」
 司祭はわずかに残った膝上の灰を立ち上がって振り落とし、煙もないのに白くなる息を吐き出し伸び上がる。勝手口のレバーハンドルを握ったまま待つシャルマンを振り返り、満足そうに笑った。
「そろそろ部屋に戻ろう」
「そうしてくれ」
「おまえまで冷たくなってしまったら、僕を温める人がいなくなるからな」
 感覚が残っているのかも怪しい温度の指先でひたりとその手を上からなぞる。相対して温かい感触を楽しむようにじわじわと接触範囲を広げていく司祭を意に介さず、シャルマンはさっさと司祭を屋内に引き込み扉を閉めた。抱きとめられるような格好になったのをいいことに、司祭はそのままシャルマンの背に腕を回す。
「煙草を吸い終わるととたんに寒いな。ちょっとぎゅっとしててくれ」
「冷たい君を抱いていたら私が寒いだろう」
「いつかおまえが寒がっているときに温めてやるから」
「それはいつになるんだ」
「さあ」
 機嫌よく笑う司祭を呆れたように片腕で抱き、並べられたティーセットといくつかの紅茶缶を指す。
「あのカップたちはどうした」
「どれを淹れようか迷っているうちに気付いたら煙草を咥えていた」
「重症だな」
「そう、病気だ。おまえが選んで淹れてくれたら治るかもしれない。少し辛い香りのがいい」
 香りは強めで味はなめらかでミルクに合って、とどんどん追加で注文が増えていくのを横目に、シャルマンはネクタイを少し緩める。
「私は今朝君がシチューが食べたいと言ったから、その支度に来たんだが」
「いい、過去の僕よりも目の前の僕を優先してくれ。支度は手伝うから」
「後で文句言うなよ。まずは離れてくれ」
「だめだ。僕を温めるのが最優先」
「はいはい、司祭様の仰せのままに。暖炉のそばに行こう」
 脇の下から腕を回し司祭を抱え上げそのまま運ぶシャルマンに息が苦しいと文句を言いながらも、司祭は落ちないようにシャルマンの肩首に捕まって楽しそうに笑った。
「それでよろしい」

2022.01.24 ちょっと一服