monologue.
私の子猫はよく眠る。それは私の前や、この家で過ごす時間に限るようだが、それ以外で消耗したなにかを取り戻すかのようにくつろぎ、警戒心など全て捨てて意識を手放す。つい今しがたまで楽しげに笑っていたかと思うと、気付けばまどろみ寝息を立てはじめる。
薄いまぶたの奥に気に入りの淡い清涼な瞳を隠されてしまうのをいくらか残念に思うこともあるが、目覚めた彼がまだおぼろげな視線を一番に向けてくる姿を見れば、そうして焦らしてくる邪悪さも悪くないと気付く。
無防備にすり寄る体を抱え、汗ばむ首筋を撫で、絹糸の髪を梳く。指の間をくすぐる柔らかくなめらかな感触はさながら長毛の猫のそれで、一度覚えてしまうともう手放せない。一晩中飽きずにそうしていたことも一度や二度ではなく、彼がそれに気付かない故に、あるいは気付いていながら受け入れているのだから、こうして眠ることを咎めようとは思わない。
何日か、ときには何週間かごとに疲れた様子で私のもとを訪れ、疲れを隠すように振る舞い、静かに眠りに落ちる彼を、私は好ましく思う。何日も浅い眠りを続け、長いまつげの影のようにも見える隈を擦り、緩やかなまばたきを繰り返す姿は人間らしく美しい。彼のそうした影の部分は色気を伴う。翌朝のうららかではつらつとした姿にすらその名残を見せる彼を、どうして嫌いになれようか。未熟さや不完全さを受け入れその影と過ごす彼を、その影を私のもとでのみ手放し奔放に眠る彼を、私は「私の子猫」として匿い独り占めする。その時間は、なんと贅沢で甘美なことか。
うなされ、妙に冷えた足先をさらい、自身の足と擦り合わせる。あるいはシーツの冷えた場所を探しさまよう手足を捕まえ、熱を奪う。ほどなくして徐々に整う呼吸に、いつからか私自身も安堵しため息が溢れるようになった。子猫が初めてなにもなく静かに眠り続け朝を迎えた日を、私は今も覚えている。そんな日が少しずつ増えていることにも、私は気付いている。
それなのに、紛れもない私自身が、子猫が一人で眠れるようになることを実のところ望んでいないと、はっきりと自覚している。か弱くあれと願っているわけではない。彼の幸福の中に自分の存在が組み込まれ、なくてはならなくなればいいと望んでいるだけ。その形はなんだっていい。子離れを惜しむ親よりも強く、純粋で嘘のないまっすぐな欲。私はそれを、彼には滅多に見せてやらない。それを望むような仕草をされてもかわしてみせる。ヒトにとってのこの感情の致死量は、案外少ないのだと知っているから。
いつか一人で眠れるようになった彼が、それでも私を求めるように。体を蝕む毒を、人々が「愛」と名付けるこの感情を、私はほんの少しずつ、その口から、指先から、目から、鼻から、耳から与え続ける。
「おやすみ、サーシャ。私のかわいい子猫」
自分の世界を持つ君が、どうか私に溺れ、たとえ私のそばから離れても二度と忘れられぬように。
2022.05.22 独白