彼は如何にして迷える子猫となったか 2
「鳥ですね」
放置されているわけではないものの長らく誰も訪れていなかった様子の、もとは礼拝者宿舎と思われる建物の中は埃とカビの匂いが充満し、まさに「備蓄庫」然と荷物が積まれていた。窓の割れた部屋には散乱した窓ガラスと大きな鳥の死骸が転がっていて、積もった埃には今しがた入ってきたばかりの自分たちの足跡だけが残る。
「ああ、なんてことだ」
「鳩が……」
動揺して立ち止まってしまった二人の修道士に遮られたアレクサンドルは背伸びをして覗き込みそれを確認すると、バレないようにため息をついた。ベンからは長くなる前に退散するぞというボディランゲージが密かに送られる。
「これ、お返ししておきます」
「そうだ、ありがとうございます……」
後ろから声をかけると修道士たちは大袈裟に肩を震わせ振り返った。革のケースを受け取った二人の顔は薄暗い室内でもわかるほど青く、いくら気分のよいものではないにしてもこの歳になって鳥の死骸ごときでそんなに驚くのか、とアレクサンドルが片眉を持ち上げる。
「窓は早急に修理しないと二次被害もありますから、ひとまずなにかで封鎖しておいてください。雪や雨なんか入ったら床も傷む。あー、コレの処分はそちらのほうがお詳しいかな。俺たちだと可燃ゴミ行きだ」
「なにかの凶兆かもしれないから主任司祭にお知らせすべきでは……」
「でも……」
「……」
ベンの話を聞いているのかいないのか、修道士たちは焦った表情と身振り手振りでああでもないこうでもないと話し合い始めてしまう。わざとだとあからさまにわかるように口角を下げたベンが、話にならんと顔を振った。
「……本部からももう一度教会に連絡して応援に来るよう伝えておきますので、お二人はひとまず窓を。道具なら探せばありそうですし」
「ああ、ええ、はい。ありがとうございます……」
「……事件性もなさそうなので、我々はこれで。なにかあればご連絡ください」
アレクサンドルの「教会に連絡」という言葉に救われたようにほっとため息をついた修道士たちが、丸まった背中をさらに丸めて会釈する。事件じゃなくてよかったじゃないですかと事の収束と解放に満足したように言って出ていくベンに、修道士たちは曖昧に笑ってまたぼそぼそとまた話し始めた。
「北の教会の話が決まってからこんなことが起こるなんて」
「不吉だ」
「あそこ、なにかあるんですか?」
ベンに続いて扉をくぐる前に引っかかる言葉を拾ってしまい、アレクサンドルは半ば反射で質問を投げかける。しまった、と思ったときにはすでに修道士たちは不安を共有するかのごとく口早に話し始めていた。
「取り壊すことが決まったらしくて」
「……教会を?」
「珍しいですよね。古い建物ほど大切にされるこの国で取り壊しなんて。私達はまだ日が浅くてよく知らないのですが、昔からよくない噂があるからと」
「へえ」
「悪魔がいるとかいないとか、もう時効だとか、上層部が揉めに揉めていまして」
「まだ内々の話なので下っ端の我々も詳しくはわかりませんが、だからこそ恐ろしくて」
「物騒な話ばかりでどうにもこうにも……」
「そっ、そうですか。それこそ、なにかあればいつでもどうぞ。役に立つかはわかりませんが」
想定していなかったほどの勢いで話し始めた修道士二人に圧されながら、アレクサンドルは無理矢理話を終わらせてベンの後を追う。剥き出しの手を寒さと不安から守るようにしきりにさする修道士たちはその後も動き出す様子はなく、背後からは話し声だけが聞こえていた。
「教会に興味あるのな。そういやクリスチャンだったか」
「昔行ったことのある場所だしな」
ふぅんと興味なさそうに車に戻るベンが寒さを拒絶するように一度肩を震わせる。つい先程よりも明らかに重たいジャケットを無視して、アレクサンドルもそれに続いて冷たいドアハンドルに手をかけた。
2022.07.14 初稿
2024.04.25 加筆修正