私のかわいい子猫ちゃん 8
まどろみながら薄い布越しの、自分ではない熱源に擦り寄る。包まれる優しく甘い香りと確かな温かさと心地良い重みに、浮上しかけた意識がまた夢へと沈み始める。額を擦り付けたそれからはかすかな鼓動が伝わった。
衣擦れの音とともに身じろぐと、その熱源はアレクサンドルの首を支えるように敷かれた逞しい腕の先を背中に添えぴったりと抱き寄せる。今しがたまでアレクサンドルの手を握っていたもう一方の手が持ち上がり、柔らかくアレクサンドルの頭を包んだ。くすぐるように髪に埋められた少し冷えた鼻先の感触に、あれ、と意識が引っ張られる。
「……ん?」
かすれ響く自分の声に、熱源の身じろぎは大きくなり頭を抱えるように更に強く引き寄せられた。額だけではなく頬までぴたりと接触する。
「お目覚めかい、モンプティシャトン」
頭上と、顔を寄せた温かさから響く甘やかな低い声に目を開くと、眼前に少しよれたシャツと露出する細やかな肌理が飛び込む。
「え……、えっ?」
困惑し胸元に折り畳んだ腕に力を込め突っぱねると、目の前の体はそれを拒み、今度こそしっかりと抱きすくめられた。
「まだ日も昇りきっていない、もう少し寝かせておくれ」
鼻先をアレクサンドルの髪に埋め生え際に唇を落とすと、声と熱の主であるシャルマンは切なげにふうとくつろぎの吐息を漏らす。
「シャルマン、えっ、どうして」
なおも抵抗するように力を抜かないアレクサンドルに、シャルマンは頭を抱えた大きな手で数度その髪を掻き混ぜた。
「昨晩はあんなに欲しがったくせに、もう忘れたのかい」
ふふ、と低く笑いながらアレクサンドルの頭を上向かせ、額の唇を眉からまぶたへと徐々に下へ移していく。柔らかなまつ毛を食むように口付けると、まだ開ききらない深い青い瞳でアレクサンドルを見つめた。君が離してくれなかったから大変だったんだ、と、目尻を下げ甘いため息混じりに付け加えながら。
一連の言葉と行為に見開かれた対象的なスモークブルーの瞳にはわかりやすく焦燥の色が浮かんだ。自分は一体なにをしでかしたのか、と背が震える。昨晩は、確か。
バチン、と突然目の裏に白い光が散り、アレクサンドルは小さく悲鳴を上げた。シャルマンが困ったように笑いまた額に口付けると、違和感は徐々に和らいでいく。
「まだだめだよ。眠っていなさい。そうだな、起きたらまた風呂に入れてやろう。そのあと朝食を食べ、紅茶を飲んで、それから、いつもみたいに少し話そうか。それまではもう少しそのままで」
消える痛みと再度訪れる急激な眠気に、アレクサンドルはシャルマンの手に促されるままその厚い胸に顔を伏せる。
「風呂くらい、自分で入れる……」
アレクサンドルが回らない呂律で的外れにそう告げると、触れている体がかすかに振動しどうやら笑っているらしいことが伝わってきた。
「それは残念だ。もう一度おやすみ、私のかわいい子猫ちゃん」
心地良い声を最後まで聞き終える前に、アレクサンドルは落ちるように意識を手放す。
「睡眠は人類に与えられし甘美なる救いだ」
シャルマンはソープと汗の匂いの交じる柔らかな髪に顔を埋めながらそう呟くと、少し暑いほどの熱を放つアレクサンドルを抱え直し自らもうっとりと目を閉じた。
2022.01.05 初稿
2024.02.06 加筆修正