私のかわいい子猫ちゃん 9
アレクサンドルが目を覚ましたときには既に隣にシャルマンの姿はなく、嫌にすっきりとした思考と相反するように重たい体を起こしながらその肌寒さに寝乱れたシャツの前を直す。妙に寒さを感じるのは気温のせいだけではないな、と朝方の記憶をたどりながら気恥ずかしさに布団をたぐり寄せた。
ぼんやりとしか覚えていない昨晩と今朝方の記憶を反芻しながらの状況把握には少しの時間を要し、奔放な、と言ってもいつもよりも随分とマシな髪を掻き混ぜながら周囲を見回す。あまり見覚えのない明るいそこはおそらく彼の部屋で、品の良い調度品と整理整頓された中に積まれたいくつもの本が異分子ながらも溶け込んでいた。起き上がった拍子に床に落ちたであろう彼のカーディガンは、肌寒さを気遣ってベッドに置いていったものだろう。拾い上げるときちりと揃えられていたと思われるスリッパが現れ、また至れり尽くせりだ、といつかを思い出しむず痒くなりながらもありがたくカーディガンに袖を通し、スリッパに素足を突っ込んだ。
ベッドに腰掛けたまま若干大きなシャツとカーディガンの袖を一緒くたにたくし上げ、だいぶ高くなりつつある日差しの眩しさにいまだ開ききらないまぶたをしばたかせる。
彼は一階だろうかと考えているうちに扉の開く音がして、見やると水差しとコップを器用に片手で持ったシャルマンが立っていた。昨晩とさほど変わらない出で立ちは、きっちりとスリーピースを着こなすいつもの姿よりも大分まとう空気が柔らかい。
服装のせいだけでもなさそうなその雰囲気の変化を、アレクサンドルは気付かないふりで通した。
「おや、起きていたのか。ノックもなくすまないね。まだ寝ていると思って」
「いや、大丈夫。こちらこそ色々と、その……」
アレクサンドルの泳いだ目を見て笑ったシャルマンは、気にすることはない、と楽しそうに言ってサイドテーブルに水差しとコップを置いた。隣に腰掛け、ためらいのない手付きでアレクサンドルの顔にかかる髪の毛を掬い上げて撫で付けるように梳く。
「おはよう、私の子猫。気分はどうだい。よく眠れた?」
気を遣われているだけと言うには含みが多すぎる一連の言動の甘さに理解が追いつかないままに、アレクサンドルはぎこちない仕草でシャルマンを窺う。
まるで恋仲の相手に向けるような、と思い至ったところで、アレクサンドルは自分の想起するそれらを追い払うように触れる手から逃れうつむく。その仕草にすら何故か嬉しそうに、シャルマンの口からうふふと笑いがこぼれた。
「昨夜はあんなに甘えてくれたのに、今朝は随分つれないな」
2022.01.05 初稿
2024.02.06 加筆修正